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その1

「はじめまして、おにぎりさん。わたくし、こういう者です」


 ご丁寧に名刺に左手まで添え、差し出す女。


「あ、どうも」

 だが誰かさん同様、上下逆さまに出してきたし、おまけに


「全部カタカナ?」


「ええ。ほら、上から読んでも下から読んでも」


「ホシナシホ?」


 瞬時に、ソファーで紫煙を吐いてる女に目をやった田部助手。まったくもって、同じような名刺なのだ。


「そう、星名志保です。この片仮名表記って」

 その女、やはりソファーに目をやり


「誰かさんが真似したんですよ、オッホッホ」


 だが、これに対してソファーより


「嘘をつくな、嘘を! 真似たのは星名志保、おまえさんの方じゃないか!」


「またまた寝ぼけたことを。相変わらずねえ、この木俣マキめが」


 何だか雲行きが怪しくなったので、田部君さっさとキッチンの方へ向かっている。

 一方の新来者は部屋中を見回し


「案外素敵な部屋じゃない? 木俣マキよ」


「さっさと座れ、星名志保。こちとら忙しいんじゃ」


「ほう? こりゃまた平気で嘘を。カレンダーがサラのように真っ白じゃん、ね? 木俣マキさんよ」


 ようやく対面に腰を下ろした志保さんだったが、そこにニヤリと


「さすが、星名志保だな。相も変わらず、目ざといのう」


「職業病だよ、木俣マキ」


「それに、初対面にくせして、いきなりおにぎりなるあだ名で呼んでくるとは……星名志保、我がライバルに相応しいぞよ」


 これにニコッと


「お褒めいただき光栄ですわ、木俣マキ」


 ここに、恐々コーヒーを持ってきたおにぎり君


「コ、コーヒーです」


「あらま、震えちゃって。おにぎりさんって可愛いんですね」


「え? ど、どうも」


 田部助手、いまだ本名を名乗ることもできない。

 ここで、本日二桁目のハイライトに火をつけた木俣さんが


「それにしても星名志保。益々、その土管スタイルに磨きをかけたな?」


「どうもアリガト! そういう木俣マキも、相変わらず服の上からでもあばら骨がわかるぞ」


 何かに引火しそうなくらい、二人の女の間で火花が激しく散っている。

 ここで確かにそうだと、田部君は思った。一方は百七十半ばもあるけれど異様な痩身だし、片やゲストの方は百五十そこそこで、かなりのふくよかさだ。身近な物で例えると、そう、箸と茶碗に近い。


(体重が入れ替わればちょうどいいんだけど)


 だがこの時、四つの視線が一斉に彼氏の目に集まってきた。


「悪かったな、おにぎりのくせしおって」

「案外失礼なんですね、おにぎりさんって」


 これに焼きおにぎりはイヤとばかり、そそくさと離れる田部君。


「で、何しにわざわざ来たんだ? 星名志保」


 これにいきなり相手が両手をテーブル上につき、頭まで下げてきたから、さすがの木俣さんも驚いている。


「木俣マキ、協力してくれい!」


「へ?」


 田部君も我が耳を疑い、振り返っている。

 だが、そう吐き終わった女は再びふんぞり返ってしまった。


「一回ポッキリだ。これからは木俣マキ、おまえさんの客として振舞うからな」


「きゃ、客だとお? ならば星名志保、依頼内容を話してみよ」


 ここで、田部助手から嬉しい提案が出てきた。


「いちいちフルネームで呼ぶの、やめませんか? 皆さんきっと飽きちゃいますし、誰かさんも大変でしょうから」


 これに木俣さん


「わかた。皆さんが誰なのかは知らんけど」


 そしてお客も


「了解。誰かさんって誰かは知らないけど」


「どうも。じゃあ、お話を再開してください」


「おうよ。で、えっと」

 目の玉だけを上に向けた依頼人だったが、すぐに


「お、依頼内容だったな? き……マキよ」


「そうだよ、ほ……志保」


 何とか合格である。

 そしておもむろに、バッグより煙草を取り出してきた星名さん。


「ほう? エコーとは、なかなかの節約家とみた」


「煙が出さえすればいいんだよ、こんなもの」

 そう言いながら、鼻から紫煙を噴射してきた女


「でさ、とある家にて遺産相続の真っ最中でな」


「ほうほう」


 平静を努めている木俣さんだったが、すでに


「おい、マキ! 涎、たれてっぞ」


「おお、すまんこって。それで?」


「ああ。そこの爺さんが危篤状態でな、十一月三日の文化の日に、家族全員の目の前で遺言状を公開する……こんな遺言一歩手前のことをほざいてるんだ」


「うざいやっちゃな。で、何ゆえ文化の日なんだ?」


「そら知らん。でな、一族は実の娘三人と、それぞれの亭主たち。それに加えて、各娘たちにはそれぞれ一人娘までいるのだ。つまり、爺さんから見たら孫だ。そうそう、おまけにその昔、跡取りがいない事を嘆いた爺さんが施設から頂戴した若者までいる。これが案外とイケメンなんだがな」


 大好物の四文字を耳にし、俄然やる気を見せる男好き探偵


「どっかで聞いた風な話だが、まあよいわ。それでこのマキさんの役柄は何だ? まさかエキストラでもなかろう」


「ああ、主役も主役、おまえさん以外には演じられるわけがない」


「何気にチカラ入ってね?」


「そ、そうか? でな、役柄は長女の一人娘なのだ」


 だがそこは海千山千の女


「何か隠してないか?」


「うっ……さすがはマキだな。実はな」

 ここで相手が身を乗り出してきて


「顔の大火傷を負ったという設定で、マスクをかぶってもらうことになってるのだ」


 これには、さすがの女流探偵も驚いている。


「マ、マスクだって? あ、あたしゃ……」

 ここで声を大にし


「平成のスケキヨかい!」


 だが、これに首を傾げる相手。


「誰なんだそいつ? まあ、この体験、案外癖になるかも? だぞ」


「誰かじゃ!」


「でさ」

 またもや志保さん、バッグの中より取り出してきたのは


「ジャジャーン! これこそが、スケキヨマスクなのだ!」


 そのマスク、白一色で、両目と鼻の穴二つと口だけに穴が開いている。


「おい? 今、スケキヨって言っただろ? スケキヨマスクって言っただろが?」


「あらま、つい」

 短き舌をペロッと出してきた志保さんだったが


「ちょっとかぶってみてよ。案外イケテルかもよ?」


「だ、誰がこんなマスク……」

とは言いながらも、木俣さん気になるとみえ


「ちょっとだけ待っててくれ」


 こう言って、テーブル上のマスクをつかんで奥へと消えてしまった。


 そして一分後。


「こんなもんだ」


 一目見た志保さん、心の底より


「おお! お似合いだぞ! ヒューヒュー」


「そ、そうか」


 どうやら木俣さん、マスクの下で照れてるようだ。

 だが一方の田部君といえば、その辺りで立ちくらみを覚えている。


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