第二話 動き出した出会いⅡ
みさこが連れてこられたのは先ほどいた部屋のさらに奥でさらにゴチャゴチャとした部屋だった。
5、6個ほどのディスプレイが壁にひしめきり合い、それらが映し出しているものはどこか異国の風景だったり、先ほどまでみさこ達がいた部屋だったり、そこは本当に地球なのか?と疑ってしまう場所であったりと実にバライティー豊かなものだった。他にも食べかけの弁当や脱ぎ散らかった下着など生活感のあるものも散らばっている。
「君がみさこちゃんねー!ヨロシクッ」
そう軽く話しかけてきたのはディスプレイの前のイスにだらっと座っている短髪黒髪の白衣の少女だった。
見た目は自分や永作と名乗っていた少女より少し幼そうで中学生くらいの年齢かとみさこは予想をつけた。
「私の名前は奈良千夏。千夏ちゃんって呼んでね★」
続けて千夏は立ち上がりながら持ち前のテンションの高さで話す。
「よ、よろしく?」
みさこはふぬけた返事をした。
「へぇー!あなたが噂のみさこちゃんなんだねー北氏家の女の子って感じじゃないねー!へぇー!」
千夏は興味深そうにみさこを至近距離で観察する。
だが、それよりもみさこには気になる事があった。
(北氏家‥?家はそんなに由緒正しい家柄じゃあないし、感じじゃないってどいういこと?)
さらにみさこは思案をめぐらせる。
(そもそも私があの男の子に連れ去られた理由は?そして、魔術師っていう自己紹介にこのいかにも怪しい場所‥ただの誘拐犯じゃあないよね‥)
「あー!みさこちゃんシカト!?えいっ!」
そういって千夏はあろうことかみさこの胸をもみしだきだした。
「え?ちょっと、や!あっやめて!」
「これは顔に似合わず大物ですなー!D,E?やっわらかーい★」
「あっあぁ‥‥もうっ!」
顔を赤らめながらもみさこは魔の手を振り払うことに成功した。
「コホンッ」
そういって咳払いしながら二人の元へやってきたのは部屋の隅の壁にもたれかかっていた赤面の魔術師。もとい赤毛の魔術師だった。
「ここは女子更衣室か?俺が頼んどいたものはあるんだろうなぁ千夏?」
やれやれといった感じで彼は言った。
「はいはーい★あっちの奥にあるよーん」
そう言って千夏は彼女の右方向の扉を指さした。この部屋も比較的奥に位置しているがさらに奥があるらしい。
「ご苦労だったな。」
そう言って歩き出そうとした彼を千夏は腕を掴んで引きとめる。
「赤毛くんに頼まれたのは完全魔術無効化用ローブだったよね?」
「あぁ。そうだな。」
「あれを身につけるには今のみさこちゃんの服装じゃあちょっと危ないんだよねー!専用のインナーに着替えてもらわないと★」
そう注意された赤毛の魔術師はみさこを見る。彼女が今身にまとっているのは白いワンピースだ。
「だーかーらー赤毛くんは入ってきちゃあダメ★」
そう言って千夏はウインクするとみさこの手を引いてそそくさと奥の扉に消えていった。
残された赤毛の魔術師はめんどくさそうに先ほどまで千夏が腰かけていたディスプレイの前の椅子に座るのだった。
◆ ▼ ◆ ▼ ◆ ▼ ◆
扉の奥は倉庫になっていた。しかし、普通の倉庫とはそこにあるものが圧倒的に違っていた。
ざっとみさこが見ただけでも、大きな杖や、ダンボールにつまった大量の羽根のついたペンや、フクロウの剥製や、やたらと細長い剣。他にも説明しようのない得体の知れないものが転がっている。
(あの男の子は自分のことを魔術師って言ってた‥)
みさこはそこらじゅうにある非日常的な物体を見ながら思った。
「それじゃー!これに着替えて!」
そう言って白いティーシャツと青い短パン、茶色がかったローブを千夏はみさこに手渡した。
「えっと、それじゃ」
みさこは千夏を見る。
「ん?どうしたの?」
「着替えるんだよね?」
みさこは首をかしげた。
(出て行ってくれないのかな‥)
「もしかして、出て行って欲しいと思ってるのー?千夏さみしい‥」
泣きまねをしながら千夏は言った。
「いやーそう言われたって‥」
「まぁ冗談はこのくらいにしておくよ。」
みさこは急な千夏の真面目な声を聞いて少しびくっとした。
「北氏みさこ。みさこちゃんのことすこーし調べさせてもらったの!」
明るさを再び取り戻した千夏は続けて言った。
「調べたって?」
「うん。私はこの組織では魔術的な道具を開発したり、ミッションのサポートをさっきの部屋でしたり、裏方的なポジションなの。だから、あなたを誘拐するにあたって情報を集めたのは私なの。」
「そ、そうなんだ‥」
淡々とした会話が続く。
「みさこちゃんの今後の生活は間違いなく狂っていくよ。今日の事件をきかっけに。」
意味深な事を告げる千夏を見ながらみさこは考える。
(これからの生活に影響するの?私が誘拐されたこの事件はやっぱりそんなあっさりしたものじゃないんだ。さっきの永作さんはすぐに終わるって言ってた。解放してくれるって、そう簡単に彼女を信じちゃダメなんだ。でも‥
(この人だって簡単に 信 じ ら れ な い)
みさこは再びここに来た恐怖、赤毛の魔術師に襲われた恐怖を思い出していた。
(そうだ。この子、千夏ちゃんのノリのよさで忘れかけてた。私はこの先どうなるか分からない。まずはいち早く家に帰る事を考えなきゃ。そのためにはそう簡単にここにいる人達を信用しちゃダメ)
だが、そんな彼女の決意は次の千夏の言葉でかきみだされる。
「私は、みさこちゃんの探してる人を知ってるよ。」
思わぬ言葉に目がチカチカするみさこ。彼女の人生の大きな目標と言っても過言ではないもの。ある人の捜索。もっと言えば、幼馴染の捜索。自分のせいでどこかに連れて行かされた少年だ。
「何を言ってるの?あなたが何でその人をしってるの?そもそも、なんで私が人を探しているのを知って‥」
「さっき言ったでしょ?調べさせてもらったって。もしも、まだみさこちゃんがその人を探してるならこの事件は千載一遇のチャンスだよ。」
「チャンス?」
「そう。ただ私達、特に永作っちの言ってることに従ってたらダメ。上手く永作っちを出し抜けたらその人を見つけ出せるかも」
みさこは千夏の一言一言を慎重に聞いていた。決して聞きもらさないように。
「でもなんで、なんでそこまで私のことを手助けしてくれるの?」
彼女は立派なことにまだ決意を崩されきってはいなかったようだ。
「うふふー!おっぱいのお礼★」
弾んだ声で千夏は答えた。そして今度は対照的に小さな声でつぶやいて部屋を出て行った。
「‥あなたとは長い付き合いになりそうだからね‥‥」
残された部屋でみさこは新たな覚悟をもう一つ固めていた。
(あの人の言っていることが本当かどうかは分からない。でも、たださらわれて言いなりになるよりは希望を持っていた方がいいに決まってる。訳も分からないまま巻き込まれたけど、手ぶらでは帰れないよ。)
「待っててね。けんちゃん!」
小さな手を力強く握りしめたみさこの大一番が幕を開けようとしていた。