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先頭にヤマト、最後尾にリリック、間に挟まれるルルとエドワードの乗る馬。
3頭と4人で討伐の拠点となる東の森近くの町ラルーアを目指し始めて、2日たった午後のこと。
爽やかな風の吹く、明るい日差しの下。
木々が生い茂る林の中でルル達一向は休憩を取っていた。
木陰で幹に座って凭れながら、リリックが地図を広げて確認する。
「このまま順調に行けば夕方には着くだろうね。」
ヤマトが皮革で出来た水袋に口をつけつつ、身をかがめてリリックの手元を覗きこむ。
後頭部で結んである長い黒髪が風になびいていた。
「ラルーア。聞いたことの無い町名ですね。」
「小さい町だよ。確か宿屋も一軒しかないはず。空いているといいね。」
「空いていなかったら?」
「もちろん野宿。」
「魔物の居る森近くで? 危険すぎるでしょう。」
眉を寄せて厳しい表情になるヤマトに、リリックが苦笑する。
「嘘嘘。きちんと話を通してある。部屋の準備もしてくれているはずだよ。」
そんなやり取りをする2人の男の傍で、エドワードは周囲を見渡していた。
幼子が母親を探すかのごとく、不安そうに視線を彷徨わせる。
ヤマトは立ちつくしているエドワードを見上げて片眉を上げた。
「エドワードおう…いや、エドワード。どうかしたのか?」
「……ない…。」
「ない?」
「……ルル……いない。」
金色の髪の幼馴染の姿が、見当たらなかった。
----エドワードがルルが居ないことに気付いた時。
ルルは直ぐ近くの、しかし彼らから死角になる木の陰にいた。
たまたま死角だったわけでなく、わざと隠れているのだ。
そびえ立つ大木に手をつき、小柄な身体を前かがみにして苦悩の表情で震えている。
(い…痛い…。)
乗馬中、ルルはひたすらお尻の傷みに耐えていた。
慣れない長距離の乗馬にふくらはぎとお尻が擦れて悲鳴をあげたのだ。
(でも14歳の乙女としては、お尻に魔法施してる所なんて見せられないのよ。)
だからこっそり治癒できる場所まで我慢していた。
もう一度、自分の姿が木の陰に隠れていることを確認した後で、後ろに手をあてて術を行う。
「……治癒。」
お尻を包む淡い光に癒されて、ほっと息を吐いた。
(ふぅ。これで町までもちそう。良かったぁ…。)
「ルル? ……どこ…?」
エドワードの声と、草葉を踏みつけて歩いてくる音。
「え…あ、ちょっ、ちょっと待って! すぐ行くから! 絶対来ないで!」
お尻に手を当てて幸せそうな顔をしている姿を見られるわけにはいかない。
断じて。 絶対に。 何があっても。
慌てて治癒を終えたルルは、木の陰から顔を覗かせる。
「…どうし…たの?」
「ちょっと…。」
「……ちょっと?」
「うー! 女の子の事情です! これ以上聞かないで! ばかっ!」
「…………。」
顔を真っ赤にして怒鳴るルル。
僅かに涙目なのは、どう考えても羞恥からくるもの
しかしエドワードには怒られた理由が分からない。
彼は相変わらずの眠そうなぼんやりした表情で、可愛く小首をかしげるのだ。
(あー、駄目だ。通じてない。何か、何か紛らわせる話題を!)
ルルはふとエドワードの腰に佩いた剣を目に入れた。
城を出てからずっと剣を携えている姿は、ルルには見慣れないものだった。
「…エドワードが長剣提げてるの珍しいよね。」
式典などで正装する時以外、エドワードが長剣を持っているのを見た記憶が無い。
魔法が使えない以上、剣で討伐に参加するつもりなのだろう。
ルルの疑問にエドワードは剣の柄に手を添えて答える。
「……いつもは、小型のナイフ…。懐に…持って、る。」
「あ、そうなんだ。」
(王城でも丸腰ってわけじゃなかったのね。)
ぽやぽやしているから毎日呆けて生きているようにしか見えないけれど、一応王族として近辺に気を配ってはいるらしい。
「エドワード、ルル。」
今度はまったく足音を立てず、リリックとヤマトが近づいてきた。
「どうしたんですか?」
リリックとヤマトの表情が硬く強張っているのに気付く。
なにがあったのか訪ねようとしたルルだったが、リリックが人差し指を口元で立てて制する。
「静かに。」
彼の言葉通りに息を殺して視線の先を辿る。
すると、背の高い植物が密集した場所から小さく音が聞こえた。
よくよく見てみると、葉が不自然に揺れている。
「何か居るようだ。」
ヤマトの台詞を聞きながら、腰の剣に手を添えるリリックとエドワード。
無音のままに魔法で大振りな弓を出現させ、同じように魔法で出した淡く光る矢を弓にセットするヤマト。
ルルもいつでも魔法を使えるように、緊張しながら頭の中で攻撃魔法や防御魔法を組み立てる。
凛とした緊張感が、周囲を支配していた。
…しかし、数十秒後にそれが草根を分けて顔を出したとたん。
ルルの目は見開かれくぎ付けになった。
「う…うさぎさん…。」
歓喜に震える声でルルは呟く。
ルルの青い目は恍惚としていて、幸せそうに頬を赤らめ口元を緩めた。
雪のように真っ白な毛に、つぶらな赤い瞳。
ぽてっと丸い体。
時折動く長い耳。
両手で抱き上げられるほどの大きさの、愛らしい生き物。
-----間違いようもなく、ウサギだった。