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「エドワードは、魔法使えるの?」
ルルの純粋な疑問に、エドワードは相変わらず小さな声で答える。
「…魔力は…ある。でも……使えない…から。」
魔力を持っていたとしても、魔法学の勉強や練習なしでは魔法は使えない。
勉強をしても技術を身につけられない者も少なくなかった。
もちろん極少数の例外もいて、特に努力せずとも取得してしまう者も存在はしている。
その代表格がルルなのだが。
ともかく魔力を持つ者が魔法を使えないことは良くあること。
だからルルは何一つ疑問を持たずに、エドワードの回答に納得したのだ。
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東の森の魔物討伐を引き受けるにあたり、最大の難関はルルを愛してやまない兄エディだった。
父ロイドと母フローネはルルのやりたい事をやりたいようにさせてくれるから問題ない。
ルルが自由に好きなことをしている姿を見るのが幸せだと豪語しているほどだ。
だから家にもどったルルは一番に兄の私室に足をむける。
丁度ソファに腰掛けてお茶を飲んでいたエディに、魔物討伐の経緯を話すと、予想通りエディは良い顔をしなかった。
「あのね、エディ兄様、全然まったく危険なんかじゃないの。大丈夫なの。」
「でも魔物だよ?」
23歳になった立派な大人であるエディは、心配そうに眉を下げた。
「兵も一緒で守ってくれるし。」
「でも心配だなぁ。」
「魔法学の勉強よ、課外授業みたいなものだから。」
「でも何かあったら…。」
(うぅ。普段は甘々デレデレなのに、こんな時だけ厳しいんだから。仕方ない、ここはもう最終手段で!)
幼少のころはよくやっていたけれど、14歳の今では少し恥ずかしいおねだり作戦に移行することにする。
ルルはソファに座るエディの傍によると、ちょこんと彼の膝の上に腰掛けた。
おもむろに抱きついて、広い胸に頬ずりをする。
「にいさま、大好きっ!」
「ルっ…ルル…。」
背伸びをして頬に丁寧に親愛のキスをすると、上目づかいで兄を見上げた。
きゅっとエディの上着の裾を握ってから、甘えた声で囁いてみせる。
「……お願い…だめ?」
最後の仕上げに可愛く小首を傾げるのも忘れない。
「っ~…!! …負けた。行っておいで。」
苦悩した様子を見せたあと、エディは諦めたように嘆息した。
「本当?! ありがとう、お兄様!」
ルルは感謝をこめてもう一度、兄の頬に親愛のキスを贈った。
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--------------3日後。
身支度と学校への休学届けの提出を済ませたルル。
出発の前に王城の通用門の前で討伐のメンバーと顔を合わせていた。
ルルとエドワード以外の人間は2人。
「わぁ。リリックさんと一緒なんですね。宜しくおねがいします。」
初めてルルが王城に訪れた時に、エドワードの自室まで案内してくれた顎鬚が特徴の年配の兵士リリックだ。
3歳のルルと出会った頃。
リリックはレア国王陛下の近辺を警護する特別部隊『焔』の隊長だった。
しかし現在はいくつか降格した一般兵だ。
なんでも年の離れた若い奥さんと可愛い子供との時間を優先したいと言う理由で降格を希望したらしい。
家族想いで暖かいところも、ルルがリリックを気に入っている理由だった。
リリックは人当たりの良い笑顔をルルに向ける。
「こちらこそ宜しくお願いします。足を引っ張らないように尽力させて頂きますよ。」
「で、もう一人は…。」
ルルはリリックの一歩後ろに控えている、190cmは超えるだろう高身長の男を見上げる。
こんな所で会うとは思いもしなかった良く知っている顔だ。
「どうしてヤマト先輩がいるんですか。」
「それはこちらの台詞だ。王子と高名な魔法使いと共に行う討伐任務だと聞いて仕事を受けたのに。何故お前がいるのだ、ルル・シュトレーン。」
「うーん。どうしてと言われましても。」
(進級というご褒美に釣られました。…なんて言ったら怒るんだろうなぁ。真面目くんだから。)
襟足で一つに結んだ黒い髪に、黒い瞳。
名前はヤマト・タカダ。
確か年はエドワードと同じ17歳で、東洋の島国出身。
「………ルル。」
エドワードがルルの手を引っ張った。
言いたいことを理解したルルは、子供みたいな彼の仕草に苦笑しながら説明する。
人前だから、もちろん敬語だ。
「魔法学校の先輩ですよ、エドワード王子。私、魔法学の授業だけは中等部のレベルだと物足りないので上の学年の授業に出させてもらっていまして。」
「…………そう。」
(それで、何でかライバル視されているのよね。)
ルルが史上最年少の10歳で取得した国家中級魔法師の資格は、高等部卒業までに1割の人間が取れれば良い方と言われている。
必死で勉強してやっと今年合格したヤマトには、軽々と取ってしまったルルに対してさぞ複雑な思いがあるのだろう。
だからルルは多少強く当たられても特に言い返すこともしない。
変にトラブルにならないようにのらりくらりと交わしていた。
(あまり深く関わらないことがお互いの為だと思っていたのになぁ。)
こんな意外な場所でうっかり関係をもつことになってしまった。
「お前は、エドワード王子と親しいのか。」
「幼馴染です。親が従兄同士なので、一応はとこですね。」
「そうなのか。学内で身分制を持ち出すのは禁止されているから知らなかった。」
「でしょうね。人には聞かれない限り言ってませんし。」
「まぁいい。…エドワード王子、ヤマト・タカダと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
ルルから視線を外したヤマトは、エドワードに向くと胸に手を当てて丁寧に腰を折った。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「……。」
ひたすらの無言。
エドワードは半分降りた瞼でぼうっとヤマトの方を向きながら、片手では未だにルルの手を握っている。
ヤマトは腰を折ったまま辛抱強くエドワードの言葉を待っていた。
几帳面な彼の性格的に王族に失礼をするわけにもいかないらしく、ひたすら待っている。
「……あの、エドワード王子。挨拶されたらどうですか?」
さすがに可哀そうになったルルは、エドワードを促す。
「………い…。」
「………?」
「……身分…隠して、行くのだから……敬語は…いらない。」
「っ…そんな訳にはいきません! 王族に不敬など出来ません!」
ヤマトが慌てて顔をあげた。
「……でも、年齢的に……リリックが一番、偉い…。」
エドワードが王子だと言うことは、当然表ざたには出来ない。
王子が討伐に来たなんて知られたら町人たちは大騒ぎで畏まるに決まっているから。
ルル達は国から派遣された雇われ魔法使いと下っ端兵士と言う設定なのだ。
「確かにリリックさんがリーダーで、私達が部下ってことにした方が自然ですよね。」
「私はかまいませんよ。王子にお許し頂けるのならば。」
「………ん。」
ルルとリリック、エドワードが同意して、反対はヤマト一人。
「いいじゃないですか先輩。臨機応変にいきましょう。」
「………仕方ないか。」
完全に納得はしていなさそうだったヤマトは、しかし一人でごね続ける訳にも行かず、不承不承頷いた。
「…では出発しましょうか。ルル様、馬には乗れますか?」
「慣れる為にも今から敬語無しで話して下さい、リリックさん。」
「そうですか? 分かりまし……分かった。」
「馬は、一応乗れますが長距離の経験は無いんです。」
迅速さを優先する為、馬車を使わず乗馬して行く。
「だったら馬は三頭にしてルルは私と一緒に……じゃない方が良いみたいだな。」
「あははー。すいません…エドワード、分かった。一緒に乗ろっか。」
「………ん。」
王子と同乗などと良い顔をしなかったヤマトも、エドワードの訴えの籠った無言の眼差しには敵わなかった。