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顎鬚を生やした大柄な兵に連れられて長い廊下を歩いていくと、突然開けた庭に出た。
いままで見ていた面白みのない灰色の石造りの城とは違う。
色とりどりの花々が咲き誇り、陽の光の下でさわやかなそよ風が吹ぐ庭は、丁寧に手入れを施され大切にされているのだと分かる。
「わぁ。すてき!」
「これより先が王族の方々の居住地となっております。」
石畳にそって歩き、蔓薔薇の巻かれたアーチを幾つかくぐると、庭の奥に白い建物が見えた。
「あれが、エドワード王子のすむおうちですか?」
「えぇ。そうです。」
(これこれこれ!やっぱりお城って言ったらこうじゃないと!)
ルルは目を輝かせて緑の中に建てられた建物を見上げる。
王族の居住地と言うそれは、3階建ての白い壁に深い緑色の三角屋根。
両端には円柱状の塔のような部分がくっついて、他の部分より1階分高くなっている。
庭の奥には大きな湖も見えて、フランスかスイスののどかな片田舎にある城と言った雰囲気だった。
(シンデレラ城とはちょっと違う系統だし大きくもないけど、こう言うのもいいよねー。絵本に出てきそう。ごっついだけの灰色のお城は趣味じゃなかったのよー。)
もの凄く幸せそうに城を眺めているルルに、兵は苦笑し声をかける。
「あの、ルル・シュトレーン様?」
「え…あっ、は…はい! しゅみません!」
「いいえ。お気に召していただいた様で良かったです。…さぁ、エドワード王子の私室はこちらです。」
「はい。」
警備の居る扉から中に入ると、大きな玄関ホールの正面にある階段を上る。
途中、使用人の女性たちと何度かすれ違いつつも、3階まで上がってすぐの部屋で、兵は足を止めた。
「こちらが、エドワード王子の自室でございます。」
「あいがとうございましゅ。」
ここまで案内してくれた顎鬚が特徴の兵に、にっこり笑ってお辞儀をいた。
ルルを王族の居室まで簡単に連れて来れると言うことは、彼はかなり上位の身分でレナ国王の覚えもめでたいのだろう。
しかし残念ながらルルはそんな偉い人に案内して貰ってるとは露とも考えない。
そこまで考えられるほど、頭の回転は速くないのだ。
兵は扉を何度かノックして、室内に聞こえるように大きめの声をあげた。
「エドワード王子、リリック・ハイメスです。国王陛下のお客人をお連れしました。」
「………。」
…30秒ほど待っても、返事は帰ってこなかった。
ルルはリリックと名乗ったった顎鬚のおじさん兵士を見上げて眉を下げる。
「おでかけでちょうか?」
「いいえ。室内にいらっしゃいます。これはいつもの事ですから。」
「いつも…?」
意味が分からずルルが首をかしげたとき、扉が僅かに動いた。
きちんと手入れされているらしく、少しのきしむ音もたてずに静かに開く扉。
ルルはゆっくりと開いていくそれに、中を覗きこんでみる。
すると、紫色の綺麗な瞳と目があってしまった。
「………。」
「…………。」
「………。」
無言。
出方を窺っていると、ひたすらの無言が続いた。
目があった王子らしき男の子は、ぼうっとした様子で半分口を開けたまま呆けている。
「………あの。」
困惑したルルは、思わず兵であるリリックを見上げて助けを求めた。
リリックはルルを安心させるようににっこり笑って頷いてくれた後、膝を折ってルルとエドワード王子の視線に高さを合わせた。
「エドワード王子は口数の少ない方なので、だいたいいつもこんな感じです。……エドワード王子、レア陛下のお客様のルル・シュトレーン様です。陛下のご命令でお連れいたしました。」
リリックが優しくエドワードに話しかける。
エドワードは紫の目をゆっくり瞬かせて、リリックの意味を理解したのかゆっくり頷いた。
「………ん。」
(なに、この子。)
髪は緩やかにウェーブの聞いた薄茶色。
年はルルより3歳上と言うことだから6歳のはず。
白い肌に、とろりと溶けだしそうな大きな紫の瞳は、まぶたが重そうに半分下がっていた。
ぼうっとして焦点の合わない視線は何もない宙を向いている。
ルルは一抹の不安を抱きながらも、スカートをつまんで礼をする。
可能な限り愛想の良い子供らしい笑顔を作って、エドワードに話しかけた。
「はじめまして、エドワードおうじ。ルル・ちゅトレーンでつ。」
「…………。」
「レアへいかにおともだちにとしゅしゅめられまちた。」
「………。」
「よかったら、わたちとあしょんでいただけまてんか?」
「………。」
「…あのぅ。」
「……。ん。」
僅かに。本当に僅かに。
じっと見ていないと分からないくらい小さく。
エドワードは頷いて返事をした。
(ねむいの? お昼寝中だった? いや、でもいつもこんな感じって言ってたし。)
どうすれば分からず突っ立ったままのルルと、ぼうっと呆けているエドワード。
2人の子供の背をリリックが押して室内に入れると、彼は立ちあがってにっこり笑いながら扉へと引き返す。
「では、私はこれで失礼します。」
「えぇ?!」
「大丈夫ですよ、エドワード王子は優しい方ですから。」
(優しいとか優しくない以前に意思疎通が出来る気がしないのですが!)
リリックにより閉じられていく扉。
悲痛な心境のルルの意思は一切聞き入れられず。
少女はこの無口すぎる王子様と2人きりでとり残されてしまった。