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---翌日の正午。
ルルとエディ、ロイドは3人で王城を訪れていた。
兄と父に挟まれて歩きながら、ルルは始めて訪れた城内を興味深く観察する。
(シンデレラみたいなきらきらのお城を想像してたんだけどなー。)
石造りの城は煌びやかさや美しさよりも、むしろ外的からの攻撃を遮るかのような強固さを重視して作られたようだ。
装飾も少なく重厚な雰囲気で、周囲は静寂に満ちている。
とても軽口が叩けるような雰囲気ではなかった。
「さぁルル、エディ。ここだよ。」
ロイドの言葉に、ルルとエディは足を止める。
目の前には鉄製の両開き扉。
扉の前には剣を佩いた兵士が立っている。
兵士はロイド達の来訪を事前に知らされていたのか、小さく目礼すると扉を開けてくれた。
「ロイド・シュトレーン公爵様と、ご子息様、ご令嬢様がおいでです。」
室内に兵のきびきびとした声が響き渡る。
直ぐにそれを聞いたらしい凛とした女性の声が返事を返してきた。
「お入りなさい。」
女性の声に、兵は扉の両脇に下がり道を開けてくれる。
「…どうぞ。」
「ありがとう。……国王陛下、失礼いたします。」
「失礼いたします。」
「し、しつりぇいいたちまつ。」
ロイドとエディに続いて、ルルはふかふかの赤い絨毯の上を歩いた。
3歳児の小さな足は絨毯の長い毛足に埋まってしまい、どうしても優雅に歩くのは難しい。
結局、ひょこひょことした変な足取りになるのだった。
広い部屋に居る兵や側近と思われる人々が、幼い足取りを見てくすくす笑うのが聞こえた。
(ううー、恥ずかしい!やっぱり早く成長したいよ。)
嘲笑では無く、可愛らしい子供に対するほほえましい笑いなのだが、ルルにとってはどんな理由であっても注目を浴びて笑われるのは好きでないのだ。
やがて一段高く作られた上座に置かれた玉座と思われる豪奢な椅子に腰掛ける人物の前に辿りつく。
「ルル、顔を伏せて。」
足を止めながら、エディが小声でルルに話しかけた。
ルルは慌てて顔を伏せると、スカートを指先で摘み片足を後ろに下げながら僅かに腰を落とす。
母であるフローネに教わったこの世界の礼儀を忠実に守りながら、玉座に座る国王陛下の様子を窺った。
「ロイド、昨日ぶりね。」
「えぇ、ご要望通り息子と娘をお連れしましたよ。レア・ブルダリアス陛下。」
(国王陛下って、女の人だったのね。)
父とレアの会話を聞きながら、ルルは内心驚いた。
凛と響く声も、伏せた眼の端にちらちらと映る美しく白い生足も、まちがいなく女性のものだ。
「さぁ、エディとルル…だったかしら。顔をあげてちょうだい。」
「…はい。お初にお目に掛ります。エディ・シュトレーンです。」
隣で緊張した声色で返事をするエディに並んで、ルルも顔を上げた。
(この人が、王様?)
ルルは目を見張って呆然とレアを見上げる。
「きれー…。」
「「…ルルっ!」」
思わず漏らした呟きに、ロイドとエディが同時に諌めるような声を上げた。
驚いて身体を強張らせるルル。
瞬時に部屋に帯びた緊張感。
しかしレアがゆったりと手を挙げて降ると簡単に霧散した。
「いいのよ、ロイド。エディも。」
「…不躾で申し訳ありません。家できちんと教育致しますので。」
「あら。変なお世辞を並べてくる奴らより、ずっと真っ直ぐで正直。嬉しいわ。」
そう言って微笑する彼女の存在感と美しさは、彼女が身につけているいくつものジュエリーと華やかなドレスの煌びやかさにも負けてはいなかった。
すっきりとした薄茶の流し目は、大人の色香を感じさせる。
複雑に編み込まれ、宝石で飾られた焦げ茶の髪は艶やかで繊細。
「エディは、コンスタンタン学校に通ってるのですって?」
「はい。経営学を学びたくて。」
「そう。あそこは商業関係の分野では優秀な講師が揃っているものね。でも本当に残念、とっても美味しそうな魔力なのに。」
「お…美味しそう?」
「出来れば王立の魔法学校で国家最高魔法師の資格でも目指して欲しかったわ。」
「申し訳ありません。」
「いいのよ。シュトレーン家の跡継ぎは必要だもの。国家魔法師になって城に仕えても仕方がないものね。」
にっこり笑ってエディにそう言いながら、レアは次にルルに視線を移した。
「ルルちゃんも、とっても美味しそう。まるで砂糖菓子のような甘い香りのする魔力だわ。」
「…ちゃん?」
(この世界でちゃん呼びは初めてだなぁ。)
レアはドレスのスリット部分から伸びた白い生足を組みかえて、玉座の肘掛けに肘を置いて頬杖をついた。
色っぱい流し目でルルを観察するかのように眺めると、手を伸ばして小さく手招きをする。
「え…あの。」
「近くにいらっしゃい。」
ルルは困惑して思わず父であるロイドを見上げてしまう。
するとロイドは無言のまま促すように頷いた。
逆らわずに従いなさいと言う意味なのだろう。
おずおずと国王レアに近づいて、一段高くなっている部分をも昇って、ルルは玉座のすぐ目の前まで招かれた。
「あの…へいか…。」
レアが白くほっそりとした腕を伸ばし、ルルの顎を捕らえてしまう。
指先を顎下に添えて、小さな顔を上向かせた。
「っ……。」
強い。支配者の目に射られて息をのむ。
ルルはさながら狼に睨まれたウサギのような気分だった。
レアがルルの顔をまじまじと見つめながら、面白そうに口端を上げた。
(国王陛下って、本当に頂点にいる人なんだ…。)
…この時になって、ルルはやっと気付いた。
彼女は、決して逆らってはならない人なのだと。
普段はルル第一で、簡単に手を貸してくれる父や兄さえもが、ルルが困った顔をしているにも関わらず国王の願いを従順に聞いている。
少なくとも、多少ルルが嫌がったところで止めようとはしないのだろう。
もちろん本当に傷つけられそうならこんな状況でも助けてくれるのだろうけれど…。
初めて事態を理解して、ルルは緊張がすぎて完全に固まってしまった。
泣きそうに強張る表情を見て、レアが面白そうにくすくす笑う。
綺麗な、ささくれ一つない指を伸ばしてルルのくりくりの金髪を優しく撫でてくれる。
「あらあら。思っていた以上に可愛らしいのね。ロイドほどにぼけぼけもしていないようだし。」
(ぼけぼけ…まぁ確かにお父様はのんびり屋だけど。)
「ねぇ、ルルちゃん?」
「は、はい。」
「あなた、うちの子に会ってみる?」
「うちの、こ?」
「そう、私の子。エドワードと言うのよ。年はルルちゃんより3つ上だけど、仲良くして貰えると嬉しいわ。」
(仲良く?…友達ってこと?)
家族と使用人くらいしか遊び相手の居ないルルにとって、友達が出来るという話は魅力的だった。
しかもレアの言う事に逆らってはいけないと悟ったルルに断るという道は残されていない。
自分の後ろでロイドが複雑な表情をしていることには気が付かなかった。
だから何のためらいもなく、こくりと頷いたのだ。
ルルの反応にレアは満足したように目を細める。
「本当、純粋で可愛いわ。」
嬉しそうに呟いたあと、レアが身をかがめた。
近づいてくる美しい顔。
思わず見とれていると、気がついたときにはちゅっと小さな音と、額に柔らかな唇の感触。
(キ、キスされちゃった…!)
突然、周囲に控えていた兵や側近がざわめきだした。
キスをされた額に手を当てながら、驚いたルルは目を瞬かせる。
「なっ…!『王の祝福』だと?!」
「あんな小さな子供に…。」
「一体何をお考えなのだ。」
(…な、なに?! 駄目だったの? もしかして避けるべきだったとか?!)
「静まりなさい。お客様の前でみっともない。」
凛とした声が、玉座の間に響き渡ると、いままでのざわめきが嘘のように、場が凍った。
驚いて目を丸くするルルを見て、またにっこりと笑い髪を撫でてくれる。
「エドワードは自室にいるはずよ。……あなた、連れて行ってくれる?」
「…っは。了解しました!」
王に命じられた兵は、胸に手を添えて恭しく礼を取る。
「会っていらっしゃい。きっと仲良くなれるから。」
「……はい。」
頷きながらも、ルルは背後にいるロイドとエディに不安げに視線を送った。
ロイドはルルを安心させるかのように微笑しながら頷いてくれる。
「行って来なさい。私とエディは陛下と話があるからもう少しここに残るが。」
「終わったら迎えにいくよ。」
「おとうしゃま、にいしゃま…。分かかりまちた、いってきまつ。」
ルルはにっこり笑ってレアに振りかえり、スカートの裾をつまんでお辞儀をする。
「それではレアへいか、しつれいいたしましゅ。」
「えぇ、また会いましょうね。」