17
「さぁ、入ってちょうだい」
「はい。失礼します」
リリックとヤマトが退室した後、ルルはレア国王の私室へと案内された。
もう空には月が昇っていた。
ルルは勧められた椅子に腰かける。
初めて入る国王の部屋に物珍しくて、礼儀がなってないと分かりつつも思わず室内を見回してしまう。
棚や壁には、おそらく先王----レアの夫であろう人とレアと幼いエドワードが描かれた肖像画がいくつか置かれている。
他には精巧な細工の施された家具や美術品などで華やに装飾されていた。けれどごてごてとした嫌味は感じさせない。レアをそのまま表すような部屋だった。
王城の離れに作られた、王族の住まう館には現在レアとエドワードしか住んでいない。
美しい庭に囲まれた美しい館。けれどとても静かで、寂しい場所だ。
一通り室内を見たルルは、自分を見つめるレアの視線に気付く。
「あの」
「なぁに?」
椅子に座らされたルルは自分を射抜く強い視線に耐えられず、冷や汗を流しつつ固い動作で目の前に置かれたカップを手に取り、喉を湿らせた。
どうしてかレアは傍らに立ったまま。
王様なのに。身分の低いのはこちらなのに。私は座った状態でいいのかと自問するも、座るように言ったのはレアの方だ。
いい加減視線に耐えられず恐る恐る彼女を見上げてみた。
「レア陛下。私に御用なんですよね?」
不安そうに揺れるルルの青い瞳を見返しながらレアは頷く。
レアは目を細めてルルの後ろへとまわりこみ、何故かくせ毛でウェーブのかかった少女の金髪へと手を伸ばした。
「あの…?」
「触らせて?もし女の子が出来たら結ってあげたかったのよねー。実際に出来たのは不思議ちゃんな息子だったけれど」
鼻歌を歌いながら、レアはルルの髪を編み込み始めた。
「細いのね。ねこ毛で可愛い」
「できれば陛下みたいな真っ直ぐな髪質が良かったです…」
くせ毛は雨など降ると必要以上にあっちこっちに飛び跳ねて大変なのだ。
「そう?でも年々くせが緩くなっているのだから、大人になるころにはストレートになる可能性もあるわよ」
幼いころはくりくりと渦巻いていた髪も、近年は柔らかく波打つ感じの癖になっていた。
ひょっとすると本当にストレートになるのかもしれないと、ルルは頬を緩ませる。
…レアはやけに時間かけてルルの髪を結っていた。
その間、ルルは髪を捕らわれているので立ち上がることも振り返ることも難しくて、正面を向いているしかない。
時間が立つに連れて戸惑いと不安は大きくなっていく。
しばらくしてレアは腰を屈めて、少女の耳元に密やかな声をかける。
「ルルちゃん、魔物が好き?」
「っ!!」
「ふふ。変わった子よねぇ」
「あ、の……」
(あれ?ばれてる…?ばれてる!!完全にばれてる!!何で?!どうして!)
リリックが報告したことなど知らないルルは、レアが知っていることに驚き、パニックに陥った。
(えぇぇ、ど、どうしよう…!!)
ぐるぐると考えこむルルを、レアは後ろからじっと見つめていた。
何かを探るかのごとく。焦点を少女から離さなかった。
「あ、あの!私…」
ルルは口を開くものの具体的な言葉が出てこない。
何度も何度もやりすごす方法を考えるけれど、それほど頭のまわらない彼女には国政を操る理知な王に反するなど無理な話だった。
けれどこのままだと家族をも巻き込むかもしれない。
結局のところ自分は親の保護下にあり、子供の仕出かしたことの責任は親がとらなければならないのだ。
自分だけ責められるならいいけれど、それは我慢できなかった。
膝の上に置いた手が、固く握りしめすぎて白くなっている。
家を出て絶縁する方向にまで考えはのぼり、家族の顔を脳裏に描いたルルは目頭が熱くなる。
じっとルルを見ていたレアが、不意に吹き出した。
「-----ルルちゃん。怒っているわけではないのよ?」
「へ?」
「私だって、人には言えないあんなことやこんなことをやって来ているもの。ルルちゃんをどうこう言える立場ではないわ」
「あの、でも。私、悪いことしたんですよね?」
「そうね。今の体制では悪いことに入るわ。国民感情的にも、魔物に対する法を変える時ではないもの。でも大事にはなっていないから、今は見逃してあげる。あなたの様子を見る限り危ない思考に走っての行動ではないようだし。」
レアもほかの人間と同じく魔物の味方をしたルルの行動を理解できなかった。
『魔物は悪』が常識なのだから。かつてのように魔物に味方をして人間を支配しようとする者---魔族が現れるのは困るのだ。
しかし魔物側になって国に反旗を翻すような考えはこの子には無いと断言できる。
今の様子ももちろん。何年も彼女の成長を見てきたのだ。誰かを悲しませるようなことをする子では絶対ない。
だから現状での危険性は低いと判断したのだ。
「万が一。あなたの行為が公になれば私はあなたを責めなければならなくなる。公にならなくても、国に大きな損益が出ると判断すればそれなりのことを起こすわ」
「はい…」
「今回はどちらにも当てはまらないから見逃してあげるだけ。今度からは私にも知られないように、上手にやりなさい」
「え。今度、から…?今度があってもいいんですか?」
「それはあなたが考えることよ」
「………」
ルルはレアの台詞を何度も頭の中で繰り返した。とても大切なことのような気がしたから。
「…ありがとうございます」
「今日は泊まっていきなさい。朝になればエドワードも目を覚ますだろうし、ルルちゃんがいれば回復も早いわ」
「はい」
今、レアがルルを処せない理由はもう一つあった。
唯一の王子であるエドワードが精神的にルルに頼り切っているのだ。
もしルルが罰を課されて、彼の前から居なくなった場合どうなるのか。
次期王のエドワードがおかしな方向に走れば国事態が混乱に陥ってしまう。故に変な真似をして2人を引き離すことは出来なかった。
侍女を呼んだレアは、ルルの部屋を用意するように命じる。
「では、私も失礼しますね。お休みなさい」
「おやすみなさい。あ、そうそう」
「はい?」
侍女に続いて廊下へと一歩踏み出したルルが、レアの声に振り向く。
レアはいたずら心を含んだ、面白そうな笑いをたたえて台詞を放つ。
「討伐できなかったのだからご褒美はなしよ。あと私を騙そうとしたた罰として休んでいた分の補習授業を3倍にして貰ったから。お勉強頑張ってね」
返事をする間もなく閉じられた扉を前に、ルルは碧い眼を瞬かせてしばらく固まった。
意味を理解するとともに半泣きになり、肩を落としてとぼとぼと用意された部屋へと向かうのだった。
しょげたルルの頭はものすごく複雑に編み込まれていて、借りた湯殿でほどくのに苦労する結果になる。
「つっかれたぁ~!」
大きく伸びをしながら、与えられた寝室のベッドに飛び込む。
「森で駆け回るより、ここの方が精神的につかれた…」
柔らかい枕に顔を押し付けて心地よい感触を楽しんだあと、寝返りを打って仰向けになった。
たまにお泊りさせてもらうこの部屋は、ルルの自宅にあるベッドと違って天蓋がついている。
物語の中のお姫様のベッドと言う感じがして、とても気に入っていた。
「ベッドはいいんだけどなー…」
胸元の薄い生地をつまんで見下ろして、ルルはため息を吐く。
やけに沢山レースがついている。
そしてやけに薄いから体のラインがそのまま出てしまう。
肌触りは極上だから良い品なのだが、14歳の子供に着せるには扇情的すぎるのではないか。
実際ルルにはとても似合ってはいたのだが、とにかく恥ずかしいのだ。
(ここに泊まるたびにこの系統の服が出てくるのよねー。…誰の趣味だろう)
レアか、ひょっとしてエドワードか…二人とも有り得そうで怖い。
きゃっきゃと夜着を選ぶレアとエドワードを想像してしまった。
(いやいやいやいや)
浮かんだ光景を打ち消すようにかぶりを振った。
(王族がわざわざ客に貸す衣装まで選ばないって。侍女よ。侍女の人!うん!)
そう一人で結論づけたルルが、強く頷いた時。
ボトリ----
突然何か小さな塊が落下してきて、ルルの顔面に落ちて視界が真っ暗になった。
「っ?!」
生暖かい。 明らかに生き物。
(ななななな何ーーー!!!)
得体の知れない生き物が顔の上にいる。
ネズミ。 イタチ。 黒いあいつ。
天井から落ちてくる可能性のある生き物を色々考えて想像して、気持ち悪さで白い肌が泡立つ。