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「よし。じゃあ話もまとまった事だし帰ろうか。抜け出したことが知られたら面倒だしね」
「だな」
「…………」
「……エドワード?」
返事のないエドワードに目を向けると、彼の体がぐらりと傾くところだった。
もともと弱っていた身に、夜更けにルルを探して森を探索して回ったエドワードは、自身が思うよりも衰弱していてた。
ぼやける視界が傾いていく状況にあがこうとエドワードは足に力を込めるものの、それはかなわず膝から崩れるように落ちていった。
「っ…エドワード!」
ルルが声をあげて駆け寄るよりも早く。
ヤマトが腕を伸ばすよりも速く。
崩れ落ちるエドワードを抱きとめる腕が、他には人のいないはずの暗い森の中でエドワードの背後から伸ばされる。
ルルとヤマトはその太くたくましい腕の持ち主である男を目でとらえて見開いた。
本当に。いままで影も形もなかった存在が瞬きする間もなく突然現れたのだから、2人が驚くのは当然だった。
「リリックさん!」
「いつの間に…」
ルルが駆けよりながら男の名を呼ぶ。
「やれやれ。無茶をする…」
「いつから居たんですか?まったく気づかなかったんですけど」
かつて国王直属の特別部隊『焔』の隊長を務めた男はいわくありげに笑みを漏らす。
「ふふ。内緒だよ。それよりも早く、王子を運ぼう。昼間の失血が原因ですから休ませて栄養とらせれば大丈夫だろう」
「本当ですか?よかった…」
エドワードの顔を覗き込んだルルが、安堵の息を吐いて頬にかかった髪を指先で払ってやる。
そのまま首筋や額に手をそっと当てると、やっぱり熱くて呼吸も荒かった。
血の気の無い顔色に、無理をさせていた事実に改めて気づかされルルは自己嫌悪する。
眉間にしわを寄せる少女の様子に、リリックは苦笑しながらエドワードを軽々と抱き上げた。
とたんにルルの落ち込みはあっと言う間にどこかへ吹っ飛んで行く。
(お…お姫様だっこ…!!おかしいな…私そっちの趣味は無かったはずなのに)
屈強な騎士と儚げな美青年王子の図。
たとえ男性同士の恋という特殊な思考に興味の無いルルにとっても、これはかなりの目の保養だ。
ルルはとにかく可愛いもの、綺麗なものが大好きなのだ。
前世ではキャラクターグッズとぬいぐるみに埋もれた部屋で生活をしていた。
(この世界にデジカメかケータイがあったら連写してただろうなぁ)
鼻血を出さん勢いでその光景に満面の笑みを見せている金髪の美少女。
興奮からか頬もほのかに赤く目も潤んでいて、人によっては好意を持たれているのかと勘違いしてしまいそうな表情だ。
心を乱しすぎて魔力が安定しなくなったのか、周囲を照らすために浮かんでいる灯り玉の光が不安定に揺れた。
幸せそうに呆けて立ち尽くすルルをよそに、リリックはエドワードを軽々と抱いたまま森の出口へと歩き初めてしまった。
基本的に彼は王族であるエドワードが最優先らしい。
その後に歩き出そうとしたヤマトも、一応は数歩進んだ。----が後ろをついてこないルルにため息を吐いてから振り返る。
ものすごく怪訝そうな顔だ。出来れば放置しておきたいと言う内情がありありと表にでている。
しかし若干14歳の少女をこんな真夜中の森に放置するのは真面目な彼には出来なかったのだろう。
「おいルル、何をしている。こんな場所に置いてきぼりになりたいのか?」
「…はっ!いえいえ、まさか!」
ルルは慌てて我に返り、首を何度か振ってからヤマトの後を追うために地を蹴った。
----------翌日。
ロタロタの姿が消えたことで、村人たちはルル達が退治したと信じ込んだ。
「ありがとうございます!これで安心して生活できる」
「お役にたてて光栄です」
手を握って笑顔で感謝の意を伝える村長を前に、リリックは意味ありげにルル達に視線を送ったが、結局は何も言わなかった。
ルルは彼が見逃してくれたのだと安堵した。
実際はすでに王都に全ての報告を済まされていて、罰を受けるのは確定なのだが。
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エドワードの眠るベッドの傍ら、ルル達3人は帰宅のために荷物を整理していた。
窓からは村人たちの騒ぎ声が響いている。
「真っ昼間から始まった宴なのに、まだ終わる気配はなさそうですね」
ベッドの端に腰かけて、エドワードの柔らかい髪を漉きながら窓の外に目を向けると、赤ら顔のおじさんたちが半裸で踊り狂っていた。
育ちの良い公爵令嬢的には衝撃の後継だろうが、一般庶民だった前世があるので呆れた気分で眺めるだけだ。
魔物討伐を果たしてくれたことへの感謝の宴なはずなのだが、主役であるはずのルルたちが宴会場にいないことを気に掛ける人はいないらしい。
感謝はしていても所詮よそ者なのだろう。
「これはもう夜中か、ひょっとすると朝までつづくかも知れないな」
苦笑するリリックの言葉にルルは窓から目を離して、ヤマト達へと顔を向ける。
「---エドワードの体調もあるし、明日の朝早くに転移魔法で帰っちゃいましょうか」
村人たちは体調が回復するまで滞在を進めたが、魔法で王都に帰って王族専属の医者に見てもらった方が安心できる。
「……お前は…」
ヤマトが目を眇めてため息をつく。
人間を転移するなんて高位魔法をさらりと、この少女は口にするのだ。
「失敗すればうっかり一部の内臓を置き忘れてしまったり、場所が悪くて壁に埋まってしまったり、取り返しのつかないことになりかねないのだぞ」
「大丈夫ですよー。たぶん」
「………」
あっけらかんとした様子のルルへとヤマトは黒い目を眇めて睨んではみせるものの、彼女が特異体質であること。そして王の祝福を受ける身であることを知ってしまった今、出来てしまうのだろうとは分かっている。
(少し優秀な子どもだとばかり思っていたのに…)
この旅でヤマトのルルへの評価は確実に変わった。
どうやってもヤマトがルルに魔法で敵うことは永遠に無いのだろうと知らしめられたのだ。
勤勉な努力で優等生として立っているヤマトには、努力など何の意味もなさない屈辱的状況。
「……もう少し悔しがるべきか」
「え?何か言いました?」
「いや」
---ヤマトは、どうしてか悔しくはなかった。むしろ心が軽くなっている。
すんなりと納得してしまった自分を自分で理解できないが、子供に追い抜かれることにキリキリしていた少し前の己はもう居ない。
「…とつぜん大人しくなって、先輩どうかしました?」
「なんでもない。それより帰るなら朝と言わず今夜にでも帰ろう。1日でも早く学園に復帰して遅れた授業分を取り戻さなければいけないからな!」
「えー…。そういえば帰ったら休んでいた分の追試とかあるんですよね…やっぱり馬で帰りましょうか!」
「何を言う!魔法で帰ると決めただろう!さぁ、早くしろ!教科書と学園が待っている!」
「はぁ」
出来れば勉強はしたくないルルには、生真面目なヤマトの発言はさっぱり理解できない。
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赤い絨毯の上に円形の陣が唐突に表れる。
居合わせた衛兵は何事かと慌てふためいたが、玉座に座る王が片手で制した。
光を放つ陣から風が渦を巻いて巻き上がり周囲にいた者は皆目を眇めた。
再び目を空けたときにはもう、円陣は消えていて。その場所には4人の人間が(一人はお姫様抱っこされていたが)佇んでいた。
「お帰りなさい。ルルちゃん、皆も」
レア国王の高い声が彼らにかけられ、声の主に振り向いた少女は金髪を翻して頭を下げる。
「ただ今帰りました。レア国王陛下。それと…エドワードがこんな状態になってしまって申し訳ありません!」
「あらあら」
ルルが腰を折り頭を下げると同時に、長身で黒髪を一つに結んだ青年ヤマトも片膝をついて礼をする。
リリックはエドワードを抱いているために出来なかったが、ルルとヤマトと同じ面持ちで目を伏せた。
そんな3人の様子と息子を眺めて、上座におかれた玉座に腰かけたままのレアは足を組み替えつつ笑いを漏らした。
拍子にドレスに深く入ったスリットから色気たっぷりの生足が覗く。
「大丈夫よ。男の子なんだから多少の怪我はつきものでしょう?」
たれ流している色気に反して、母親の表情で息子を見るレアは、手を叩いて侍女を呼び寝室と医師の準備を命じた。
怒った様子のないレアに、ルル達は胸をなでおろす。
運ばれていくエドワードを見送ったレアは、3人を見つめて鮮やかな赤い口紅のひかれた唇で弧を描き、美しく笑って見せる。
「みんなご苦労様。討伐成功の報告は貰っているわ。ゆっくり休みなさい。…でもルルちゃんは、残りなさいね?」
「へ?私だけですか?」
「えぇ」
とてもとても優雅に、レアは笑う。
ひたすらに笑みを形作る。
そんな彼女の眼に捕らえられた3人の背筋に、ぞくりと悪寒が走った。怖い。
リリックとヤマトは互いに顔を見合わせ頷きあうと、ルルの小さな背を前へ押し出して呆ける少女をよそに機敏な動きで腰を折る。
「「失礼いたします」」
「ふふふ。さようなら」
そして、もの物凄く素早く王座を後にした。
「え?えぇ?!」