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魔法世界に生まれて  作者: おきょう
第二章
11/21

11

「浄化の炎」


ヤマトが唱えると、ロタロタの白い遺体が炎につつまれた。

人の手にかかって死んだ魔物の遺体を放置しておくと更なる魔物を呼び寄せる。

魔法で浄化し、遺体もろとも消さなければならない為、魔物討伐には魔法使いが必要なのだ。


「じゃあ出発しようか。」


周囲に他のロタロタが居ないか一回りしたあと、リリックが促す。


「っ……。」

「ルル?」

「……ううん。」


エドワードに引っ張り上げてもらい、ルルも馬に跨がった。

ルルは黒い灰がわずかにのこる場所を振り返る。

一瞬だけ目をつむり、黙祷(もくとう)をした。


(……ごめんなさい。)



ヤマトの乗る馬に続いて歩き出した馬の上で、しばらく無言のまま遠くを眺めていたルルに、エドワードが口を開く。


「……昔。」


片手で手綱を操り、片手でルルの腰に腕を回して添えながら。

いつもより近い位置。 

耳元で小さな声で話すのは、ヤマトとリリックに聞かれないように意図しているのだろう。


「500年か…1000年か、分からないくらい昔。」

「エドワード?」


何の脈絡もなく始まった昔話に、ルルは不思議そうに顔だけを後ろにむけた。


「…魔物を…従えて、大きな戦を始めた…人間が…いたんだ…。」

「戦争ってこと?」

「うん。たくさん…、犠牲が、出た…らしい。」

「…………。」

「同じ…ことを、起こせないよう…人は、魔物を……殲滅させる、ように…。だから今は…もう。強い魔力を…持った魔物は……少なく、なった……。」

「皆、殺されちゃったの?」


悲痛なルルの呟きに、エドワードは溜息を吐く。


「魔物の、味方をする人は……。魔族と…呼ばれて……いい目で…みられないから…。」


だから、魔物の味方なんてするな。とエドワードは言いたいのだろう。

ルルが誰かに罵倒を浴びせられるなど、嫌だからと。


(魔物を使って悪いことをする人がいたから、同じことをする人が出ないように魔物を殺す? …それって悪いのは人間の方じゃないの?)


ルルは整った眉を寄せて、口を不満げに突きだす。


この世界の人が、大昔の話を未だに引き摺っているわけではないのだと思う。

おそらく長い年月の中で、魔物を悪と捉える風潮だけが根強く残ってしまったのだ。


なぜ誰もおかしいと言い出さないんだとか。

あんなに可愛いものを畏怖するなんてふざけるなとか。

文句ならいくらでも出てきそうだった。

どうしても納得出来なかった。


「……ルル?」


エドワードが心配そうにルルの名前を呼ぶ。


(納得、出来ない。出来ないけど。でも…。)


この世界では、ルルの考えがおかしいのだ。

そんなおかしな考えを主張すれば、身の回りにいる家族や友人さえも変な目で見られてしまう。

非難されるのを分かっていて、己を貫き通せるほど意志は強くない。

自分の気持ちに嘘をついてでも周りに合わせて、変に思われないように装ってみせる日本人気質な己に自己嫌悪を感じながら、泣きそうな気分で頷いた。


「……分かった。魔物とは出来るだけ距離をおく。」


近づきたくない、と思った。

これ以上魔物と関わって情を持ってしまえば、この世界の人間として、してはいけないことをしてしまいそうで。

取り返しがつかない行動に出てしまいそうで、怖かった。


「……でも私。ロタロタ殺せないかも…。」


軽い気持ちで討伐を決めた数日前の自分が本気で恨めしい。


「ルルが……いなくても、大丈夫。」


項垂(うなだ)れるルルを安心させるように、エドワードは金色の頭を優しく撫でた。




************



------夕刻。


4人は予定通りラルーアの町に到着した。

村長と名乗る杖をついた長い白髭のお爺さんが、人の良い笑顔で迎えてくれる。


「このような辺鄙な町にようこそおいで下さいました。」

「よろしくお願いします。さっそく明日には討伐にかかろうと思います。」

「ありがとうございます。」


表向きリーダーとなっているリリックが、村長と挨拶しつつ握手を交わす。


「心ばかりではございますが、(うたげ)の用意をしております。宜しければご参加いただければと。」


恐ろしい魔物を討伐しに来たルル達一行は、彼らにとって英雄にも見えるのだろう。

やけに恭しく、腰の低い対応でもてなしてくれるようだ。

ルルは一番下っ端の魔法使いと言う事になっているので、目立たないように後ろに控えていた。


「どうぞどうぞ。こちらです。」


----案内されたのは、村長の家だった。

1階建ての小さく簡素な木造だが、清潔感があって居心地が良い。

テーブルに村長とルル達4人、そして町の有力者らしい数人の小父(おじ)さんがつく。

すぐに台所で待っていくれてたらしい小母(おば)さん達がたくさんの料理を並べてくれた。


「さぁ、旅の疲れを癒して。どうぞ明日に備えてください。」

「ありがとうございます。頂きます。」


お酒が運ばれて来ると、そこはあっと言う間に宴会場だ。


(どこの酔っぱらいも変わらないよねー。)


さっきまでかしこまっていた大人たちが、砕けた口調と赤ら顔で楽しそうに飲み合っている。

こういう状態の小父さん連中には近づかない方が賢明だろう。

からまれたら面倒くさい。

村長達とリリックを、未成年のルルは一番遠い席から観察していた。

この国の成人は18歳の為、エドワードとヤマトも酒は飲めず、必然的にリリックに酌が集まっている。



「………ん。」


スープの入った椀を、エドワードが手渡してくれた。

ふと見るとルルの目の前の小皿には、より分けてくれたらしい沢山の食べ物。

ルルはゆっくりと目を瞬かせて、椀とエドワードを交互に見る。


(普段は私が面倒みる方なのに。)


ぼうっと呆けてばかりのエドワードは色々な事が遅い。

こういう宴の席で料理を取り分けてあげたり、きちんと食事を摂れているか見てあげたりするのは、いつもルルの役割だった。

なのに今呆けているのはルルで、逆にエドワードが常になくきびきびと動いている。


「ふふっ…。」


思わず笑いが漏れた。


「……ルル?」


首をかしげて覗き込んでくる紫の瞳に、口元をゆるめて笑って見せる。

ルルがいつもの調子に戻っていないと気づいてくれて、気遣ってくれることが嬉しかった。


「大丈夫だよ。…ありがとう。」


ルルの柔らかい笑みに、エドワードがほっと息を吐く。

眠そうに半分降りた目元が、安堵したように下がった。


(……あ。)


ルルの笑いにつられたのか、エドワードも優しく笑う。

大好きな癒し系笑顔に、幸せな気持ちになった。

ますます笑みを深めながら、ルルは手に持った椀を傾けて口元に持っていく。

ふと、懐かしい香りが広がった。


(うん?)


一口飲んでみると、ルルの表情は驚きに変わる。


「……どうし…たの?」

「こ…これ! 誰が作ったんですか!」


(お味噌汁!お味噌汁だ!!)


まぎれもなく、懐かしき日本の味だった。

いままで大人しかった少女が突然興奮して椀の中をさす姿に、給仕をしてくれていたふくよかな小母(おば)さんが苦笑して教えてくれた。


「お連れの黒い髪のお兄さんに分けてもらった珍しい調味料よ。えーっと、何て言ったかねぇ…。」

「MISOだ。なんだ、気に入ったのか?」


勢いよく首を縦にふるルルに、ヤマトは機嫌を良くしたらしい。

得意げに説明を始める。


「俺の故郷の調味料だ。3日に1度は食べないと落ち着かなくてな。頼んで作ってもらったのだ。」

「そういえば先輩、確か東方の島国出身って言ってましたよね。」

「あぁ。よく覚えていたな。」


(東の島国!日本と似た環境だから、同じような調味料が出来たのかなぁ。)


実に14年ぶりの懐かしの味に、思わず泣きそうになる。


日本の味が恋しくても、今まで作れたのは塩おにぎりくらいだった。

残念ながら賢くもない女子高生に味噌やら醤油やら作る知識はなく、知っているのは大豆から出来ていると言った基本的すぎることだけ。

手に入る日本っぽい食べ物はお米くらいだ。


(でもお米だって、日本人向けの品種改良がされてないから何か違うのよね。甘くないし、ぼそぼそだし。でも味噌はそのままだ。あー、幸せ。)


幸せそうに味噌汁を味わうルルを見て、エドワードとリリックも未知なる食べ物を啜ってみる。

しかし一口飲んだとたん、眉間にしわを寄せて難しい顔になってしまった。


「まずくは無いけど。何だか変な味だな。」

「………無理。」


味噌を初めて食べる外国人の反応なんて、こんなものだろう。


「先輩。MISO、分けてもらうことって出来ます?」

「あぁ。実家から大量に送って来るからな。 王都に帰ってからで良いならいくらでもやるぞ。」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「それにしてもMISOの味が分かるとは。見込みがあるじゃないか。」


ルルをライバル視し、どこか厳しく当たっていたヤマトが心を許した瞬間だった。

食べ物の好みが合うことは、人間関係を築く上で重要なのだ。


思いがけない和やかな空気が場に流れ始めた。


しかしそれは長くは続かなかった。


「ん? 表が騒がしいしいのぅ。」


長い白髭をなでながら、村長が玄関に続く木戸に目を向ける。

バタバタと近づいてくる複数の足音に、ルル達も食事を止めて戸へと視線を移した。


「た…助けてくれぇぇ!!」


転がりこんで来たのは、年若い青年たち。

おそらくエドワードやヤマトと同年代の10代後半と言ったところだろう。

目を丸くするルル達に向かって、青年の一人は汗を垂らし息を荒げながらも声を張り上げる。


「ま、魔物が!ロタロタが友達を襲っているんだ!!」

「何っ!?」


村長がひっ迫した表情で椅子から腰を浮かせた。

青年をにらみつけ、その小柄な体からは想像できない怒気を露わにする。


「ロタロタはこちから手を出さん限り襲ってくることは無いはずだ!よもやお前たち!!」

「お、俺たちでもいけると思ったんだよぅ!!」

「それで変に刺激して凶暴化させてくれたと…やってくれるなぁ。」


リリックの落ち着いた声に、ルルはきゅっと手を握り締めてうつむく。

エドワードが不安そうにルルを見ていた事には、気付かなかった。


「この馬鹿もんが!!」


更に若者を怒鳴りつけようとする村長を、リリックが肩を叩いて落ち着かせる。

いつ立ち上がったのか。いつ村長の真後ろにまで移動したのか、ルルにはまったく分からなかった。

落ち着いた優しい彼の声は、不思議と周囲の空気をも穏やかにさせた。


「大丈夫。我々が行きます。」

「っ…!!かたじけない! どうか、どうか頼みます!」


何度も何度も頭を下げる長老達に送られて、リリックとヤマトは急ぎ足で外へ駆けだす。

エドワードも彼らに遅れながらも剣の柄に手をかけて立ち上がった。

相変わらずの瞼の半分降りた眠そうな目で、未だ椅子に座ったままのルルを見下ろす。


「……待って、る?」

「…………。」


人を傷つけた以上、もうロタロタを助ける理由なんて無いのだろう。


生き物を殺す勇気なんてない。

だからと言って止めるなんてしてはいけない。

呑気にここで待っているのも違うと思った。


(まだ…どうしたら良いかわかんないけど。)



「………行く。」



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