10
(うわー!可愛いなー!この世界でウサギ見るの始めて。あ、でも額にツノがある。)
額から真っ直ぐ伸びる白く長いツノ。
ほんの少し違うところは有るけれど、可愛らしさは寸分も変わらなかった。
(抱っこしたいっ!!)
小動物を撫でまわしたい衝動に駆られ、ふらふらと近づいて身をかがめた。
つぶらな赤い瞳と目があうと、ルルはだらしなく相好を崩す。
「おいでおいで。」
優しく呼びかけながらウサギ(?)に手を伸ばした。
「ルルっ!!」
伸ばしたルルの手を掴んだのは、エドワードの手。
慌てた様子で大きな声まで出している。
近ごろ男っぽく骨ばって来た手に手を取られ、ルルは驚きで目を瞬かせながらエドワードを見上げた。
「何?あ、エドワードも抱っこしたい?」
「っ………。」
(え?なんでそんな大げさにため息吐くの。)
エドワードは珍しく怒ったような厳しい表情。
更に珍しく、普通の話し方で口を開いた。
ルルに自覚はなかったが、どうやら相当緊迫した状況らしい。
「ルル。あれはロタロタって言う魔物で僕らの討伐対象だ。絶対に触らないで。」
「え、この子が魔物?!」
(こんなに可愛いのに!)
驚くルルに、ヤマトが責めるような視線を浴びせる。
「討伐対象も調べて来なかったのか? 一体どうやって討伐するつもりだったんだ。」
「いや、何とかなるかなーと…。」
本気で何とかなるだろうと楽観的に考えていたルルは、ごまかすように乾いた笑いを出してみる。
場を和ませようと発した笑い声は、ますますエドワードの眉間のしわを深め、ヤマトの冷たい眼差しが細まるだけだった。
ルルは彼らからの視線から逃れるように、足元のロタロタを指した。
「でも可愛いよねー。こんな子が悪いことするなんて信じられない。」
「悪いこと?特に被害は出てないはずだが?」
「刺激しない限りは攻撃してこない、大人しい魔物だからね。」
「…食べ物も…森の、木の実で…十分…」
「へ?」
(それならどうして討伐するの?)
首をかしげるルルを余所に、リリックが突然腰の剣を抜いた。
止める間もなく。
リリックの剣は、ルルの足元に居るロタロタの胴を上から串刺しにするように貫く。
「っ……!」
赤い血がながれ、地面にしみ込んで行くのをルルは呆然と見つめる。
「っ……ど…して?」
震える声で、呟いた。
「どうして殺すの? この子、悪いこと何もしてないんでしょう?」
「何を言っている。魔物なのだから当たり前だろう。」
そのヤマトの台詞に、当然だとばかりに同意して頷くエドワードとリリック。
「ここに居るのはこの一匹だけみたいだね。」
「群れは東の森にいるんだろう?」
「群れから……はぐれた、の…かも。」
「…もしくは出没範囲が広まっているのかもしれないな。」
「何にしても早めに東の森一帯を叩いてしまった方が良いだろう。」
3人のやりとりを聞きながら、ルルは呆然としていた。
おそらく彼らはルルが血に怯えたとでも思ったのだろう。
けれど実際は違う。
ルルは何のためらいも無く命を奪う彼らの行為に、動揺しているのだ。
(……あー…こう言う時が…。)
こう言う時が、一番つらい。
死にあがらおうと時折動くロタロタの赤い瞳を見つめて、泣きそうな気分で奥歯をかみしめた。
心臓の位置を的確に突かれている。
治癒を行っても無駄なことは明白だった。
手をきゅっと握って、激情を抑える。
「ルル?……大丈夫?」
「………。」
心配そうに顔を覗きこんでくるエドワード。
ルルは彼に無言のまま、首を横に振った。
今のルルの気持ちは彼らには伝わらないと思ったから。
日本で生まれ育った記憶のあるルルにとって、理解できない感覚。
もし前世の世界でなら、人の居る場所に出て来て危害を加えるなどの危険性がある場合以外は駆逐対象にならない。
たとえ毒蛇だろうがスズメバチだろうが、森の奥深くで繁殖してくれる分は一切かまわないし、むしろ生態系が豊かになるのは歓迎すべきことだった。
でもこの世界では違う。
『魔物』と言うだけで、この世に存在してはいけないらしい。
(悪いことしてないのに。共存しようと思えば出来るのに。)
刺激しない限り敵意は向けない。
草食で人を襲う可能性もない。
何も怖いことはない生き物。
なのにどうして殺して消そうとするのか。
魔力を持つ人間は良いのに、魔力を持つ動物は許されないのか。
この世界の常識が、ルルには理解できなかった。