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一応迷宮モノ  作者: Chroro
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第二話







第二話







 オルトが受付に戻ると、黒髪紅眼の彼女が予想通りの無表情で待っていた。

 周囲から向けられる視線もほとんど無くなり、緊張していた先程とは違い精神的な余裕を持って彼女の前へ座る事が出来た。

 そこでようやく胸のところにネームプレートを着けている事に気づく。


〈ノア〉


 彼女はノアというらしい。なんともゲームらしいありそうな名前だ、とそんな思いを抱きながら彼女に報告をする。



「終わりました。認識の円環ってこの腕輪でいいんですか?

 それからいつの間にか指輪も着けていたんですけど、これは何ですか?」


「え……あ、失礼致しました。

 それは認識の円環ではなく〈誓約の証〉と呼ばれる冒険者の証です。

 認識の円環は黒地ではなく白地の物です。

 以前にも認識の間に入って認識をした事がありますか?

 それから何か冒険者になるという意思表示の様なことをしましたか?」


「いえ、初めてです。名前を聞かれたので答えただけです」


「一度認識の円環を与えられた後、一日置いて誓約を行わないと誓約の証にはならない筈なのですが……。

 それから、その指輪については私も存じません。

 他の者に聞いて参りますので、しばらくお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「構いません。よろしくお願いします」



 オルトがそう答えると、ノアは少しも申し訳なさそうに見えない相変わらずの無表情で「申し訳ありません」と一言残し席を立った。

 オルト自身は気にしていないから良いものの、受付嬢としてそれでいいのかと思ってしまう。もしかして着任してから日が浅いのだろうか。

 やわらかな匂いを残して奥へ歩いて行ったノアを見ているとそんな考えが一瞬頭をよぎったが、そんな事よりも冒険者になってしまった事の方が気になった。

 よく分からない内に冒険者になってしまったという事が不安を助長する。


(迷宮に潜らなきゃいけないのか?)


 迷宮に潜るとなると必然的に戦闘をする事になる。ゲームの時でさえびびりまくっていたのだからかなり不安だった。まともに戦えるとは思えない。

 そもそも武器を扱う事すらろくに出来ないだろう。

 ナイフならばまだしも、剣やその他の武器にいたっては握った事すらない。辛うじて学校の剣道の授業で竹刀や木刀を握った事がある程度だ。

 とりあえず第一層からしばらくの間の敵ならば動きも遅く、大して強くない、それこそ一般人でも倒せるはずなので何とかなるだろうとオルトは自分を落ち着かせる。

 攻撃パターンを知っている事が助けになるだろう。ゲームではないのだから全く同じ動きをする筈もないが、少しは役に立つと思いたい。

 もし上手くいくようなら、この町で生活する事に慣れるまではお金も稼げるので迷宮に潜るのも良いかもしれない。

 それに、何か役に立つかもしれない指輪を手に入れるという幸先の良い出来事もあった。


(そういえば、この指輪は……)


 左手の指にはまった指輪をしげしげと眺める。この二つの指輪は何なのだろうか。少なくともゲームの初期アイテムにこんな物は無かった。

 ノアの様子からすると、普通はもらえる物では無いという事は推測出来る。

 指輪を眺めながら考えに耽っていると、ノアが戻ってきた。



「お待たせ致しました。

 まず指輪の方ですが、それは〈天恵〉ではないかと思われます」


「天恵、ですか?」


「はい。三百年ほど前に数百年ぶりの初認識事項があり、創世神より褒賞が与えられたそうです。

 それ以降、初認識事項があると褒賞が与えられるようになったとか。

 当時のギルドでは、これを天からの贈り物、即ち天恵と称することにしました。

 天恵は価値的にも性能的にも素晴らしい物で、同時に二つも与えられたという記録は過去にも無いそうです。

 そのままでは使えないようなので鑑定所で鑑定してもらうといいでしょう。

 次に誓約についてですが、こちらは原因不明としか申し上げられません。

 認識をすることなく誓約が起きてしまった、ましてや本人の意思確認も無いという事態など考えられないのですが……。

 誠に申し訳ありません」


「いえ、仕方の無い事でしょう。

 それより、戸籍がどうなるのかと冒険者について教えてもらえませんか?

 あと、それから、冒険者の迷宮探索は義務なんでしょうか?」


「戸籍については、冒険者として登録されるだけなので問題ありません。他は通常の手続きと同じです。

 冒険者の迷宮探索は義務ではありませんのでご安心ください。

 冒険者についての詳しい説明は、戸籍登録が終わってから改めて行おうと思うのですがよろしいでしょうか?」



 オルトはその問い掛けに肯定の返事をして戸籍登録に取り掛かった。

 しかし、申告が必要か否か一つ一つ項目をチェックしていくも、結局住居以外に申告が必要な項目は無かった。

 ところが、一番の問題はこの住居なのである。オルトはこの世界に来たばかりで家など当然持っていないし、宿とも契約していないので仮登録になる。無一文なので宿に泊まる事も出来ないのだ。

 その旨を伝え、ノアが登録手続きをしている間にこれからの生活について考えようとしたが、手続きはすぐに終わってしまったようで冒険者についての説明となった。

 その中で興味を引いたのが冒険者支援制度だ。これは50000zelをギルドから無利子で借りることが出来るが、半年以内に返済出来なければギルドで強制労働をさせるという制度だ。

 50000zelという金額は、駆け出しなら贅沢をしない限り宿の1ヶ月契約をして装備を揃えても余る程の金額だが、普通のペース――駆け出しなら二日に一度程度――で迷宮に潜っていれば死なない限り返済出来ない者はほとんどいないという。

 町で働いたとしても真面目に働けば十分に返却できる金額だそうだが、週に最低1回の迷宮探索と半月に1層以上の進行が義務付けられるらしい。

 オルトの場合は、この制度を利用するならば、不可解な事態が起きたことに対するお詫びということで返済期限は1年、迷宮進行のノルマ無しでよいというので、是非も無く手続きをお願いした。

 さらに、宿の紹介までしてくれるらしい。ギルドが駆け出しの一冒険者にそこまでしてくれるのかと疑問に思い聞いてみたところ、ギルドの冒険者に対するサポートは元々厚いが、宿を紹介してくれるのはノアの個人的なお詫びという事だ。

 本人曰く「この仕事に就いたばかりで拙い対応だった上に、不可解な出来事が起きてしまった事に対するお詫び」だそうだ。ちなみにノアが受付嬢としてこのカウンターに配置されたのは、ほんの数日前のことらしい。

 相変わらずの無表情で表情から内心はうかがい知れないが、何となく雰囲気が違う様に感じる。誓約についてはノアに責任は無いのだが、気にしているのだろうか。


(まぁ、ありがたいから気にする事もない、か?)


 少々疑問に感じつつも、紹介してくれるという宿について聞くと、「月明かりの宿」という名前でノアの知り合いが経営しているとのこと。街の外周部、通称城下街にあるのだが、街路沿いのちゃんとした宿で、他の町なら立派な方だという。

 他の町なら、という言い回しが気になったのでその事について尋ねると、ウィトガルドの城壁内には他の町ならば高級とつくような宿しかないらしい。

 とりあえず、城壁内の宿は自分には縁が無さそうだとオルトは思った。




◇◇◇◇◇◇




 宿も決まり、戸籍登録の訂正が終わるとその後の説明は問題無く終わったので、最後に支援金をもらい、お礼を言ってから受付を離れた。

 そのまま指輪を鑑定してもらうために鑑定所へ向かう。鑑定所は個室タイプで、一見、木製に見える扉には担当者の名前が書かれたプレートがぶら下がっている。

 鑑定所の扉は閉めると自動的に鍵が掛かり、さらに盗聴対策の結界が張られる仕組みになっている。この時外から見ると扉の色が茶色から壁と同じ白色に変わり、壁と一体化して見えると聞いた。

 実は受け付けでも似たような結界が掛かっているらしい。受付カウンターの前に立った時に周囲の雑音が消えるのはその結界の効果の一部だそうだ。

 受付は外から見えていたので読唇術があれば会話の内容が分かるのではないかと思ったのだが、認識阻害の効果もあるので問題は無いとの事。

 それなら鑑定所の様な個室は必要無いのではないかと思ったが、そこは心理的な物が原因のようだ。

 ノア曰く、「高価で希少な物ほど人に見られたくはない、ということではないでしょうか」とのこと。オルトからすれば、情報というのも馬鹿に出来ないものであり、むしろ、場合によっては情報の方が大事なのではないかと思うところではあったが。

 オルトが素直にそう言ったところ、ノアは特別重要な話をする際などは別室に移動する事もあると教えてくれた。

 ノアとの会話を思い出し、情報の重要さを再認識しながら、オルトはメルティアと書かれたプレートを探す。

 タイミングが良かったのか受付と違っていくつか空いている部屋はあったのだが、オルトは担当者を指定されていた。というのも、天恵などという大層な名前は伊達ではないようで、鑑定するのにもそれに応じたスキルの高さが必要なのだそうだ。

 メルティアという担当者の部屋を見つけ、これまた運良く空いていたので入室すると妙に陽気な声を掛けられた。



「お、いらっしゃ~い。座って座って~!」


「はあ……」



 思わず曖昧な返事をしてしまう。先程までの怖いくらいの美しさを持ち、落ち着き払っているノアとは一転して、今度はやたらテンションの高い可愛い女の子だ。

 ところどころぴんと跳ねている赤茶色の髪はショート位の長さで、前髪の片側だけピンで留めている。こちらを見つめる翡翠色の眼は、持ち主の明るさを反映するかのようにキラキラと輝いているかのようだ。

 見かけ12歳か13歳くらいなので幼女とは言えないが、外見では最年少に見えた受付嬢と比べても随分と幼く見える。

 ギルドでは16歳未満の未成年は職員として働いていないと聞いたから16歳以上だと思われるが、オルトにはどう見ても16歳以上だと思えなかった。

 どういう対応をすればいいのか非常に困る。いきなり子供扱いは失礼だろうが、子供のように溌剌とした様子の少女を大人として扱うのも厳しい物がある。



「あ、キミィ、子供だと思ってるね?

 ボクはドワーフだから、小さいし童顔だけどもう立派な大人なんだよ!」


「なるほど。でも見た目だけじゃなくて性格も子供っぽいとかよく言われません?」


「む、初対面なのに言うねぇ、キミ。まぁ、確かに? ひじょーに不本意だけど、よく言われるんだよねぇ。

 こう見えても三十過ぎてるんだよ?」


「三十っ!?」



 これには流石にオルトも驚いた。

 ドワーフは小柄で、その中でも女性は童顔だとは確かに聞いていたが、話を聞くのと実物を見るのではインパクトが違う。「百聞は一見に如かず」とはまさにこういう事だろう。

 とはいえ、見た目はともかく、歳の方は「娘」というようなものではないが。

 驚かせてくれた当の本人は、どうだとばかりに胸を張っている。だが悲しいかな、胸は控えめだった。いや、あの体格なら普通なのかもしれない。

 というか女性に年齢の話はタブーだとオルトは思い、歳を聞くのを躊躇っていたのだが、普通に暴露しているのは構わないのだろうか。

 このドワーフのハイテンションボクっ娘はオルトの反応に気を良くしたのか、勢い良く喋り出した。



「ふっふ~ん、分かればよろしい! まあ、この町じゃあ三十台なんて十分小娘だろうけどね」


「あなたも俺のことキミ呼ばわりしてますけど、俺が年下じゃなかったら失礼じゃないですか?

 まあ、年下ですけど。ってか一応客なんですけど」


「んん~? そのへんは雰囲気雰囲気。ま、実際何となく分かっちゃうんだけどね。

 ってかキミ、ドワーフ見るの初めてなんだね。

 この町にも結構いるはずだけど。ドワーフの女はボクみたいなのなんて当り前だよ?

 もしかしてこの町に来たばっかり? 見た感じ冒険者でもないみたいだし。

 それなのに鑑定しに来るなんて珍しいねぇ!

 そうそう、この町じゃあクリスタルがあるから寿命が延びたり若返ったりして外見と年齢が一致しないなんてよくある事だよ。

 あ、霊魂結晶〈ソウルクリスタル〉って分かる? 迷宮のモンスターが落とすやつのことね。

 そうだ、自己紹介してなかったよね。

 ボクはメルティアっていうんだ。メルでいいよ。なんと鑑定スキルのランクはEX!!

 すごいでしょ! ランクEXなんてこの町にも数人しかいないんだよ?」



 客であるというオルトの主張はさらりと流されてしまったようである。

 しかし、エッヘン! とばかりに胸を張って自慢げに語っている様子はどう見ても子供だ。


(ダメだ、どう考えても年上とは思えない……)


 うっすらと頬を紅潮させた姿は、容姿も相まって非常に可愛らしかった。そんな気は無いオルトでさえ、思わず何かに目覚めてしまいそうだった。

 というか、ギルド職員とはいえスキルやそのレベルをあっさり教えてしまってもいいのだろうか。

 通常、自分のクラスやレベル、スキルやそのランクなどは秘匿すべき情報だ。軽々しく教えていいものではない。

 特に希少なスキル(いわゆるレアスキル、低ランクでも強力なものが多い)や強力・有用なスキルを持つ者は、パーティーに参加するときには優遇されるが嫉妬の対象となりやすく、レアアイテム同様、しばしば騒動の原因となる。

 あるスキルを得られるかどうかは、そのスキルごとに条件が違うため何とも言えないが、スキルのランクは生まれ持っての才能やその時のステータスなど様々な要因によって決まり、修練や実戦、その他様々な経験により上昇する。

 それがEXともなれば才能にしろ努力にしろ相当なものだ。どちらが欠けてもその高みまで至れるものではない。つまり、それだけ狙われやすいということだ。

 ギルドの職員とはいえ、というのは、ギルド職員は奴隷、正職員を問わず厳重に保護されているからだ。

 ギルドの職員、特に人前に出るような者は容姿、技能ともに優れた者が多い。むしろ、「多い」と言うより、「しかいない」と言った方が正しい。

 それゆえにギルド職員を力ずくで従えようとする愚か者もごく稀にいるそうだが、全て破滅の道を辿っているそうだ。

 ギルドは冒険者をはじめとしたウィトガルドの民に対して手厚いサポートを行う反面、罪に対しては厳しく対応しているそうである。

 これらの知識はノアの受け売りだが、納得できることは多かった。

 希少なモノ、優れたモノに対する反応というのは、どんな世界でも変わらない、ということだろう。

 メルがあっさりランクを教えた上に自慢げにしているのは、それだけギルドの保護を信用しているのか、単に何も考えていないのか……。

 どちらにせよ年上だという認識が薄れるのを止めることはできないが。

 ちなみに、オルトは「何も考えていない」に一票である。



「ねえねえ、キミは?」


「あ、ああ、オルトです。

 何というか、成り行きで今日から冒険者です。

 よろしくお願いします」


「オルトくんね。 よろしくよろしく!

 んで、今日は何を鑑定すればいいのかな?

 おね~さんに鑑定出来ない物は無いから何でも任せなさい!」


「鑑定してほしいのは、この指輪二つです」



 誰がお姉さんか、とオルトは内心で呟きつつ指輪を渡す。

 いくら子供っぽくてもプロだという事か、指輪を見せると真剣な顔になった。メルはしばらく指輪を眺めると尋ねてきた。



「へぇ、片方は見た事があるよ。

 ……これって天恵じゃない? もしかして、もう片っぽも?」


「そうらしいです。認識の間でもらえたんですけど。

 見ただけで分かるものなんですか?」


「流石にちょっと見ただけで鑑定出来る訳じゃないけど、片方はギルドの名鑑で見た事あるからね。

 でもすっごいよ!! これ片方は間違いなくランクEXだよ! EXなんて久しぶりかも!」


「EXって……その指輪ってそんなにすごい物なんですか?」


「神様のくれるご褒美なんだよ? すごいに決まってるじゃん!

 それにボク天恵を鑑定するのなんて初めてだよ!

 うわぁ、やっぱりこういうのってドキドキするなぁ!

 これ、初めてEXのアイテムを鑑定したときくらいのドキドキ感かも!

 もう片方のもすごいんだろうなぁ!」



 すごい物と分かって、元々高かったメルのテンションがさらに高くなった。

 自分の物になる訳でもないのに小躍りしそうな勢いだ。そんなに鑑定するのが好きなんだろうか。

 早く鑑定してくれと言ってやりたかったが、焼け石に水になりそうなので落ち着くのを待った。



「あ、危ない危ない。鑑定料もらうの忘れてた。鑑定料100zelね!

 ちなみに、1個につき50zelで5個以上で50zel引き、10個以上は100zel引きだから!

 数が増えると割引されてお得だよっ!」


「え、お金取るんですか?

 受付で何も言われなかったし、料金表とか無いからてっきり無料かと」


「当然有料だよっ! ギルドだってお金が無いと運営出来ないんだからね! ってかボクも給料欲しい!

 それに一つ二つならともかく、たくさん鑑定するのって結構疲れるんだから!

 でも料金表ってのはいい考えだね。作るよう頼んでみるよ」



 ようやく落ち着いたと思ったら今度は料金請求である。予想外の出費だ。

 というか、結構高い。ノアからは100cあれば普通に食事が出来ると聞いていた。

 しかし、鑑定してもらわないと使えないのだから鑑定してもらう他ない。素直に50zel払う。



「はい、これでちょうどのはずです」


「OK、OK、まいどあり~! ちょっと待っててね~」


「あ、メルさん、ちょっと聞きたいことが……」



 ちょうど良いので鑑定とはどのように行うものなのか聞きたかったオルトだったが、あっという間にメルは奥の部屋へ去ってしまった。

 はぁ、とため息をつく。「人の話を聞きましょう」というフレーズが頭に浮かび、メルのことをますます年上とは思えなくなるオルトであった。




◇◇◇◇◇◇




「終わった、終わったよっ!!

 なんとなんとなんと! 両方ともEX!!

 しかも片方はギルドの記録にも残ってない超レアな一品だって!

 いやぁ、キミ最高!! ボクも嬉しくってさあ!」



 待つこと5分。メルがものすごい勢いで帰って来たかと思うと、満面の笑みを見せ、カウンターから身を乗り出して椅子に座ったオルトの肩をバシバシと連打する。

 そんな小さな体のどこにそれだけの力があるのかと思わせる程の強さでオルトのことを叩いてくる。

 ちょっと、というかかなり痛いのでオルトはカウンターの向こうに押し返そうとしたのだが、何を勘違いしたのかメルは抱きついてきた。

 そのままギュ~っと抱きしめられたので一瞬慌てかけたオルトだったが、すぐにそれどころではなくなる。さば折りというのか、抱きしめられた体がミシミシと悲鳴を上げていた。

 可愛い系の美少女に抱きつかれて本当なら嬉しいはずなのだが、体が痛くてそれどころではなかった。ドワーフは人間と比べて力が強いと聞いていたがこんな形で実感したくはなかった。



「ちょ、いた、痛いですって、ちょっと……!」



 気付いてもらえるようオルトは懸命にメルの背中を叩く。するとメルはようやく気付いたらしく離れてくれた。



「あ、ごめんごめん。

 キミは冒険者になったばかりだったんだよね。

 特に鍛えてもいないみたいだし、痛かったかぁ。

 でも、冒険者になるんだからボクが抱きしめたくらいで痛いなんて言ってるようじゃダメだよ?

 まあ、幸先の良いスタートではあるみたいだけどね」



 そう言ってニシシといった感じで笑うと、メルはオルトに二つの指輪を差し出した。メルは未だ興奮が抜けきらないのか、頬をほんのりと紅く染めている。



「その二つの指輪はそれぞれ〈限界無き宝物庫〉と〈飽くなき探求心〉というの。

 宝物庫は超高性能アイテム袋、探求心は超高性能マップだと思えばいいよ。

 両方とも思考操作可能! 流石褒美だね!

 宝物庫はアイテムを無限に収納する事が出来るだけじゃなくて、性能表示や整理とかもしてくれるの。

 ちょっとアイテムウインドウを開いてみて」



 オルトが宝物庫の方の指輪をはめ、アイテムウインドウを開けと念じると空中にアイテムウインドウが浮かび上がる。

 ゲーム内では当然のものであったのだが、受付での説明の際、この空中投影型ウインドウにはオルトも驚かされた。

 特定の動作を感知して展開し、タッチパネルの様に操作する。物によっては思考操作まで可能という事だ。

 アイテムウインドウには装備、武器、防具、装飾品などいくつかの項目が表示されている。メルに指示されてオルトが装飾品の項目を選択すると、新たにウインドウが展開され所持している装飾品のリストが表示された。

 リストには〈飽くなき探究心〉と〈限界無き宝物庫〉しかなく、装備中であることを示すであろうEというマークがついている。

 〈飽くなき探究心〉を選択すると、さらにウインドウが展開された。ウインドウには〈飽くなき探究心〉のデータが表示されている。


  飽くなき探求心【EX】

   説 明:指輪型の超高性能マップ。【自動記録】を始めとした様々な能力を持つ

   能 力:【選定】【帰還】【擬装】【不変】【不侵】【自己再生】【自己整備】【自動記録】【探知】

   備考Ⅰ:何らかの初登録者に贈られる道具。認識の間で創造神より与えられる

   備考Ⅱ:過去に登録されたことの無い何かを二つ以上同時に登録した場合のみ〈限界無き宝物庫〉とともに与えられる

   備考Ⅲ:与えられた者が主となる

   価 格:―(―)


 他にも宝物庫の性能を色々試してみたが、超高性能と言うだけあってかなり便利な物だった。

 各項目に分類された内容物のリストや指定したアイテムの性能や能力、能力の効果を表示したり、アイテムの検索をしたりすることが出来る。

 様々な機能のうち一部はゲームでも無かったものであり、それに加えて内容量の制限がないことなど、明らかにゲームのアイテムウインドウ(インベントリ)よりも便利だ。



「思考操作は問題無いみたいだね。

 でもすごいでしょ、これ。市販のアイテム袋なんて目じゃないよ!

 市販のなんて入れられる数に限界があるし、せいぜい内容物リストが表示されるくらいだもん。

 性能とか能力の効果まで表示されないし、検索とか並び替え、思考操作も出来ないよ」



 通常、アイテムの性能や能力を確認するには、認識の円環か誓約の証(通称リング)を使うそうだ。

 リングを着けた方の腕をアイテムにかざして専用のウインドウを展開しなければならないので、いちいちアイテムを取り出さなければならない。

 ウインドウは複数展開できるため、性能を比較するのに何度もウインドウを開きなおす必要は無いが、比較したいアイテムはすべて取り出す必要がある。

 おまけに、保有する能力自体は表示されるがその効果は表示されないため、効果については鑑定士の説明を受けなければならないというのだ。

 一方、限界無き宝物庫ではリストから選択するだけで事足りる。それだけでも限界無き宝物庫のありがたさが分かるというものだ。



「あ、飽くなき探求心の方は宝物庫で説明見といてね。

 わざわざボクが説明しなくてもいいでしょ?」


「まあ、そうですね」


「じゃ、そういう事で。

 オルトくん、キミ、いろいろと面白そうだ。気に入ったよ!

 次からも鑑定する時は是非ボクんとこに来てね! 来なかったら怒るかんね!

 あ、鑑定料返すよ。いい物見せてくれたからサービスサービス!」


「え、いいんですか?」


「いーからいーから! 100zelくらいボクが払っとくし大丈夫だって!

 ご飯一回奢るようなもんだよ。それにこー見えても高給取りなのだ!」



 メルはへへんと胸を張り自慢げな様子だが、やはりというか、子供っぽい。

 一方、得意げなメルとは反対に、オルトはメルが年上だという事が分かっていても幾つも年下の女の子に奢ってもらっているような気分になってしまい、情けないやら何やら微妙な心情だった。



「……ありがとうございます」


「うむ! 感謝したまえ!

 おっと、そうだ、ネーム交換いいかな?」


「あ、はい」



 ネーム交換とは、お互いの認識の腕輪や契約の証(通称リング)を接触させ、それぞれのリングに相手の簡易プロフィールを登録することである。

 登録した相手にはメッセージが送信できるようになるのだ。

 登録した相手にメッセージを送ることができるという機能はゲーム中にもあり、馴染みのあるものだった。

 メルが差し出した腕にオルトが腕を重ねてリング同士を触れ合わせると、リングが淡く輝く。これでネーム交換は終了のようだ。

 


「ん! オッケー。

 それじゃ、またね~!」



 ぶんぶんと手を振るメルにオルトは再びお礼を言って個室から出る。

 なんだか一気に疲れたオルトであった。思わず溜息が出る。

 担当にメルがいる限りはメルの所に行かなければならないのだろう。あの様子だと行かなかったら本当に怒りそうだった。見た目は十分以上に可愛いし、悪い人ではないのだが……。

 まあ次回からはこんな事は無いだろう、とオルトは気を持ち直した。勢いに流されて聞けなかった鑑定のことについても、次に来た時に聞けばいい。


(今回は天恵なんて物があったからあれだけテンションが高かったんだ。そうに違いない、そうだろう、そうだったらいいなぁ……)


 と、オルトはどんどん弱気になりながら建物を出た。

 ランクEXのアイテムをいきなり二つも手に入れた喜びよりも、メルのインパクトの方がよっぽど大きかったような気がしてならないオルトであった。


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