世話焼きたち
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
むう、最近野良の黒猫を見かけることが多いのだけど、気のせいかな。野良犬のほうはめっきり見なくなったけれどね。
いや~、ひと昔前ならよく見られたのだけど、いろいろ法の整備や安全面とかが考慮されたし、室内飼いをする家も増えてきた。おかげで誰かの家先を通った時、犬に吠えられるなんて経験はレアになりつつある。
ぶっちゃけると、僕が小学生のときは学校の敷地へ迷い込んできた野良犬を、クラスの片隅の大きな物置で世話していたことがある。クラスのみんなで、給食の残りとか食べさせたりしたっけ。
おそらく今の若い子たちには信じられないだろう。先生はじめ、大人たちもなにもいわなかったしね。僕たちも「かわいそうだな」「お腹減ってるだろうな」と犬を心配していたがための行動。
学校で習っていたのは読み書きそろばん、義理人情だったわけ。一年くらいだったけど、あの犬とのふれあいがあってから、野良の生き物を見るたびにふと思う。動物とのかかわり方が変わっていく時代で、人の意識もどう変わっていくのだろう、と。
先の犬とは別のケースだけど、むかしに黒猫がかかわった妙な話も僕にはあるんだ。よかったら聞いてみないかい?
猫は犬に比べて小柄なことが多く、ちょっとゆとりがあればたいていの場所に姿をあらわす、というのが僕の個人的な感想。
教室で飼っていた犬とは別に、僕の家の屋根にはときどき、猫が姿をあらわしていたんだ。
最初のうちは、別の猫たちが交代でちょろちょろ出てくるから、シンプルに日当たりがいいのかなあ、なんてのんきなことを考えていた。
それがやがて、ある一匹の猫のみが足しげく通うようになる。なぜわかったかというと、その猫は真っ黒な体躯の中で一点だけ、白っぽい部分があったからだ。
自分の胴体を上回るかと思う、長い尻尾。その中ほどだけ水玉模様のごとく白い丸ができあがっていたんだ。
その猫ばかりが、毎日姿を見せるようになっていたんだ。
時期は夏休みだったし、僕も外へ出る時はあれど、いつもに比べて家の中で過ごす時間が長いから気づくことができた。
あいつは、僕の部屋とつながるベランダから張り出した屋根の一角に、よく腰を下ろしていた。ベランダへ出る時など、物音を立てるとこちらを一瞥するものの、すぐに目をそむけて向こう側へ向き直ってしまう。
猫を見るほうを一緒に見つめたりするものの、いつも通りの景色が広がるだけ。道路を挟んで大きめの駐車場、その奥に公園、さらに奥は国道へ出てスーパーマーケットの威容が立ちふさがっている。生まれたときから変わらずにある景色だから、ちょっとでも変わったのならばわかる自信もあった。
猫がどれほどとどまっているかは、日によって違う。僕が見やってから何分も経たずに屋根から飛び降りてしまうこともあれば、何時間もじっとしていることもある。
先の犬の件もあったからねえ。ひょっとしてお腹を減らしているんじゃないかと、お魚やキャットフードのたぐいを用意したこともあったけど、いくらアピールしてもつれなかったっけ。
「ねえ、なんでお前はここが気に入ったの?」
気難しい背中へ、そう呼び掛けてみたこともあった。
それでも猫はやはりそっぽを向いたままで、どうしようもなかったなあ。
けれど、夏休みの終わりになって、僕はなんとなく猫がここにいる意味を悟ることになる。
溜めていた宿題をようやく片づけた僕は、すでに敷いてあった布団の上へ倒れこむ。
夏休み終了一日前の午後8時過ぎ。例年に比べたら、ちょびっとだけゆとりがある時間帯だ。すくなくとも24時間以上は好き勝手できる。
数分間ほどグデっとしたあと、ふとベランダを見た。部屋の明るさに慣れていたこともあって、最初は夜の暗さばかりが目立った。それでもじっと眺めているうちに、本来の夜ならば存在しない影が、視線の先にあるのに気付いた。
例の黒猫。
いつもなら日が暮れる前までにはいなくなるのに、このときは昼間と同じように屋根の端にそいつが座っていたのさ。
珍しいこともある、と身体を起こしてベランダへ寄る僕。ベランダへ出ると、いつもと同じようにちらりとこちらを見やってきた。
夜のせいか、その金色のまなざしが異様に強く、こちらを射すくめるかと思ったよ。しかも、いつもはすぐに向き直るのに、今回はそのままだ。
――なにかが違う。
そう察したときにはもう、目の前が突然真っ暗になっていた。
猫やベランダ、屋根の影も見えない。かわりに両側のこめかみは万力で締め上げられたかのような強い痛みが走る。そのうえ、しっかり着いていた足が勝手にベランダから離れる。
持ち上げられた? と思ったときには、猫の叫び声が響いていた。
頭の圧力が、ふっと消えてベランダへ着地。遅れて、ぽすっと僕の頭へ違和感が。
手をやる前に、そいつが足元へ。あの、屋根に座っていたはずの猫だったのさ。
はじめて、ベランダの柵の上の虚空をしばしにらんだ後、走り去るなんて仕草を見たよ。でも姿見でこめかみを見た時、痛みを感じたところがアザになっていてさ。どうやらあれは幻じゃなかったことが分かったよ。
それから猫は姿を見せる頻度を減らし、いつからか現れなくなった。
あいつもあいつで、ひょっとしたら僕の世話をしているつもりだったのかもしれない。




