メイドだって狂わせる
1LDKの間取りに隠れるところはそう多くない。
かばんなどの持ち物や玄関に靴もなかったため、彼女は本当に出ていってしまったのだろう。
「姫咲……」
俺は急いで服を着て、そして玄関を飛び出した。
当然だが、彼女がどこへ行ったかわからない。
——可愛そうな姫咲さん。きっと本当は悲しかったんですよね。
女神わかります! 女神、わかりますっ!
こいつやたら煽ってくるな。
姫咲とやることをやってすっきりし、家でのんびり過ごすアイディアは総崩れだ。
俺は階段を駆け下り、適当に走る。
当然姫咲が見つかるはずもないので、途方にくれる。スマホに何かメッセージは残っていないものかと確認したが何も届いていなかった。仕方ないので、『どこに行ったの?』とメッセージを送っておいた。
しかし、本当にどこに?
まさか、誘拐? いや、まさか。それであればきちんと靴を履いていくとは思えないし、俺がシャワーを浴びている間にもっと大きな物音でもあるだろう。
とりあえず俺は近くのコンビニの方に足を進めた。別にただ飲み物を買いに行っただけの可能性もある。
と、その駐車場に異物を目にした。
それはピンクのやたら長いリムジンだ。
運転席側から紫煙が舞っている。
「大塚さん!」
そこには厭世感漂う大塚さんがリムジンに体をあずけて立ち、だるそうにタバコを吸っていた。
ちなみにリムジンは斜めに駐車されておりマジで邪魔だ。
「ああ、累じゃねーか。どうした?」
「大塚さん、柄の悪さが出てますよ?」
大塚さんは姫咲の前では抑えているが、地元では有名な元ヤンらしい。それがどういう経緯で姫咲の使用人になったのかは知らないが、姫咲のいないところでは大抵こんな感じだ。
「別に関係ねーだろ。おまえは俺の雇い主じゃない」
「まぁ、そうですね。ところで、姫咲がどこに行ったかは知りませんか?」
「……お前と一緒にいたはずだが?」
「ああ、大塚さんも知らないんですね」
「し、知らないわけじゃないぞっ! ただ、ちょっと今はわからないだけで——」
それを知らないというのではないだろうか。
大塚さんは仕事を完璧にこなしたい人なので、できないとか、わからないとか言えないのだ。
「そうやって、取り乱す大塚さん、可愛いですね」
「か、かわいいっ! そんなことないもんっ!」
本当に顔が真っ赤に染まる。
大塚さんは女性にしては背が高く、スラリとした宝塚系美人だ。
それはともかく「そんなことないもん」って取り乱し過ぎだろ。
「いや、やっぱり可愛いなぁ。俺、普段の格好いい大塚さんも好きですけど、こういう大塚さんも好きです」
「好きっていうな! そういうのは、もっと大切な人に使うべき言葉なんだよっ」
この人マジで純情だな。
「へー、じゃあ大塚さんは、誰に『好き』っていうんですか?」
「誰にって——」
大塚さんは急にモジモジし始めた。
そして、言った。
「……もし累のことが好きって言ったら、どうする?」
女神。
やりやがったな。
——いや全然やってないっすよー。はははー。
俺は、姫咲が好きだ。それはもう、結婚してもいいと思うほどに。
しかし、いまこの瞬間、目の前のこの人も可愛いと思ってしまった。
だから俺は、俺の前から消えた姫咲のことを忘れかけたのだった。




