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結婚しようと思えばいつでもできる

 結婚!? 急に!?

 いや、これが女神の力であることは間違いない。

 しかし女神の説明によれば、女神のできることは『選択肢を少し操作する』ことのみ。それを素直に信じるのであれば、姫咲はもともと俺との結婚を考えていたということになる。


「まぁ断る理由はないよね? ほら、あたしと結婚すれば、逆玉だし。大塚までついてきて」

めっちゃお得!」


 まるで言い訳するみたいに姫咲は言った。

 そんなものは、結婚する理由でもなんでも無い。

 姫咲であれば、『明るい性格』であるとか、『モデルのような美貌』であるとか、『実は頭がいい』であるとか、彼女自身の魅力はいくらでもあるのに。


 それを言わずに、家柄や使用人を挙げる。

 ひょっとすると、彼女なりに、断られることを怖れているのかもしれなかった。


 いつも強気な姫咲の弱い一面は、彼女をたちどころに可憐に見せた。


「結婚しちゃうの、結構いいと思わない?」


 少し瞳をうるませながら首を傾ぐ彼女に、俺は強烈に惹きつけられた。

 結婚するのも、悪くないかな、なんて……。


 ——ふははは、フラグじゃああああああああああああああああああああああ!


「お断りします!」

「え!」


 ——断るんかい!


 強烈に嫌な予感がしたので、俺はとっさに断ってしまった。


「それって、あたしのこと、嫌ってこと?」


 強気さのかけらもない、媚びたような視線。

 だからこそ俺は、はっきり言ってやる。


「いや、むしろ逆だよ」

「逆?」


「マジで大切だから、今は結婚できないってことさ。だってそうだろ? 結婚するには、然るべきタイミングっていうのがある。いまはそれじゃない」

「しかるべきタイミングって、いつ?」


「明日かもしれないし、10年後かもしれないな。それは突然やってくるんだ」

「なにそれ? そうやってけむに巻いて逃げるんだ」


「まさか!」


 まさかこれほど早く、けむに巻いて逃げていることがバレるだなんて!

 さすが姫咲はただの気のいいお嬢様ではない。


 確かに逃げようとしている。

 俺は姫咲が好きだ。でも、まだ結婚はしたくない。まだまだ華の独身を謳歌したい。もしいま結婚して、そして何らかのことを起こしてバレたとすれば、いろいろな責任が発生してしまうじゃないか!


 女神どうこうではない! 俺は姫咲と結婚したくない!


「もしそのタイミングが来たらさ、俺は姫咲をヒロインにしてあげたいんだよ」

「ヒロイン……?」


「例えば、いまここで俺が結婚を了承したらさ、姫咲は俺からプロポーズされるっていうチャンスを棒にふるだろ? 俺はその機会を、姫咲に待っていて欲しいんだ」


 言うと、少しの間沈黙が走った。

 少しキザすぎたか。

 顔が熱い。真っ赤になっているかもしれない。


 しかし、それは杞憂だった。


「ふふ。言うじゃん。じゃあ、少しだけ待ってみようかな」


 言うと、姫咲は再び俺に絡みついて唇を俺に重ねた。

 勝った!


 結婚せず。姫咲との関係も破綻せず。


 姫咲は気分が乗ってきたようで、ニットの服をまくりあげブラジャーが露出した。


「待って姫咲、順番にシャワー浴びようぜ」

「ああ、そうね」


 那月の痕跡が俺の体に残ってても困るしな。

 姫咲が先にシャワーを浴び、次いで俺がシャワー室へ。

 ピンチも切り抜け鼻歌交じりに熱湯を浴びる。


 ——姫咲さんは勇気を出してプロポーズしたというのに、あなたには人の心というものがないのですか!


 おお、どうした急に女神よ。


「いや、断ったとかじゃないじゃん。保留したっていうかさ。それに、なんかフラグとか、女神が不穏なこというから」


 ——さすが私が見込んだ男、ルイといったところでしょうか。見事にフラグを避けるとは。


「そういえばさっきから言ってるそのフラグって、なんなの?」


 ——そりゃもちろん、死亡フラグですよ! 結婚の約束をしたら、だいたい死亡フラグが立つのです。


「なんで?」


 ——結婚の約束とは幸せの絶頂。いいですか、ルイ。物語っていうのは、絶頂から絶望。絶望から絶頂というアップダウン、落差が重要なのですよ。だから、今自分が絶頂にいるなと思ったら、その後絶対に絶望が訪れます。もしここで婚約してさえいれば、おそらくルイが外に出たタイミングで交通事故にあっていました。


「そんな小説みたいな」


 ——小説とはいい指摘です。私達の世界とルイの世界は違う。でも、同時に存在している。それは小説と非常によく似た関係です。私はルイの世界を、ルイは私の世界を物語を通して覗き込んでいるということなのです!


 その中で起こることを、私達は『物語律』と呼んでいます。

『物語律』に従えば、婚約すればその対象に不幸が訪れるのです! それを私たちは死亡フラグと呼ぶのです!


「強引だな」


 ——しかしそれが真実!


「ん? だいたい俺は、結婚したくない。つまり、婚約してもそれは絶頂じゃないのでは?」


 ——いえ、絶頂です。なぜなら、ルイは姫咲さんが好きだからです。婚約しさえすればルイはそれを受け入れ、幸せに浸ってしまいます。


「俺の気持ちにずいぶん詳しいんだな」


 ——はっはっは! わかるのですよ! 女神パワーでね!


 女神パワーってなんだよワードセンス無いな。

 ただ、実際問題その指摘はそうかも知れない。俺はたぶん、姫咲との楽しい新婚生活も想像できるのだ。まあ那月との生活でも想像できるけどな。


 それにしてもこの女神は黙っておけばいいのに、自分に不利な情報をペラペラ教えてくれる。

 馬鹿なのかな?


 まぁ、肝に命じておこう。


1)女神は人の選択肢を操作できる。

2)幸せの絶頂に達すると、死亡フラグが立つ。


 今の所、女神から聞いたルールは2つ。

 大丈夫。一日くらい、堪え忍べるさ。


 俺はシャワーを終えて体を拭いて、ベッドルームへ戻った。


「……姫咲?」


 部屋に戻ると、そこに姫咲の姿はなかった。


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