女子中学生の父親も俺のファン
山田女子は近所の一軒家に住んでいた。
リュックから鍵を取り出して開ける。
「ウチは共働きなので、この時間は留守なのです」
「誰もいない部屋に裸の男と二人っきりなんて怖くない? 襲われちゃうかも」
「……まぁ、そのときはそのときじゃないですか? こんなイケメンに出会うことはめったに無いですから」
だんだん俺の顔をちゃんと見れるようになったようで、彼女の俺に対する認識は正確になってきた。
確かに野外全裸男とはいえ、相手が俺であれば嬉しいはずである。
「まぁでも、玄関で待っててください。お父さんの服でも取ってきますから」
そういって山田女子は階段を上がっていった。
バァン、とすごい音がした。
すぐ隣、玄関の扉に何かが打ちつけられたようだ。
それは金属バットで、玄関扉の一部を凹ませていた。
男が金属バットを握っていた。
「おまえ、娘に何をした?」
真顔で、かつ、殺意を持って。
異変に気がついたように、山田女子が玄関に戻ってきた。
「あ、お父さん——その人は別に——」
山田女子が言い切る前に、男は金属バットを振り上げた。
——これで転生じゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!
「女神貴様ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
お前の仕業か!
くそっ! こんなところで! 俺は異世界転生なんてしたくないのに!
……
…………
しかし、振り上げられたバットが降ろされることはなかった。
「お父さん、その人は悪い人じゃないよ。確かに裸で、女子中学生が一人だけいる一軒家の玄関に立ってるけど」
「ああ、そうだろう」
山田女子の怪しい言い方が功を奏したわけではないだろう。
男は俺の顔をまじまじと見ていた。
「その人は、司城累だ。2年前の甲子園、全試合完封で優勝した、歴史に残る大投手じゃないか……」
「ええ、そうです。俺が司城累です」
俺は手を差し出し、男と握手した。
その間股間は隠せなかったが、致し方ない。すぐさまバットを横に捨てた山田女子のお父さんもとてもうれしそうだ。よかった、お父さんが野球を知っている人で。
——な ん て こ っ た!
「ふふふ、見たか女神が! 俺が司城累だぁ!」
「あ、どうされましたか?」
「いえいえ、何でもありません。本当に甲子園優勝したときは勝利の女神に愛されたなぁと思い出したんです」
「素晴らしい。本物は言うことには説得力がありますね」
「そうそう、お父さん。実は俺、服が無いんです」
「存じております」
「そこで、ぜひお父さんの服をお借りできればと思いまして」
「ええ、少々小さいかもしれませんが、好きなものを持っていってください。こんな場所に裸でいるだなんて、さぞ大変な理由があるに違いありません」
階段から降りてきた山田女子はすでに服を見繕ってくれていた。
「これでどうでしょう」
どうやらお父さんはブリーフ派らしい。
チノパンにポロシャツはこのままゴルフにでも行けそうなスタイルだが、まぁ文句はいえまい。
少し小さいが、幸運にもお父さんも体格はいい方なのでそこまでおかしくはないだろう。
「完璧です。これで捕まらずに済みそうです。近くで娘さんに手を差し伸べて頂いて、本当に助かりました」
山田女子の方を見てウインクすると、彼女はまた恥ずかしげに頬を赤らめた。
「ええ、澪は本当によくできた子ですから。よかったら、今後も仲良くしてやってはくれませんか」
「ちょ——お父さん! 迷惑でしょ!」
「いや、そんなことはないよ」
「最終的には娘をもらっていただければ、これ以上のことは」
「お父さん! もー、司城さんも忙しいでしょうから帰ってください。だいたい、お父さんはなんでそこにいるの!?」
「あ、財布を忘れて帰ってきたんだった! いっけね!」
玄関脇においてあったそれを手に取り「じゃあ、行ってくる。あとは若いお二人でゆっくりされてください」と、まるでお見合いのようなセリフを残して楽しげに出ていった。
「元気なお父さんだね」
「たぶん司城さんに会えて嬉しくて変なテンションなんですよ。さ、もういいでしょ、司城さんも帰ってください」
「……そんな、冷たいな」
「そういうわけじゃ……。ただ、こんなところにいてもしょうがないだろうし」
「しょうがなくはないよ? 澪ちゃんと一緒にいられるのは楽しいからね」
「楽しい……ですか」
驚いたように彼女は言った。
「楽しいさ! そうだ、よかったら連絡先を交換しようよ」
「え! いいんですか?」
「もちろん、また会えたら嬉しいし」
メッセンジャーアプリで連絡先を交換した。まぁ、5年後くらい先にお世話になるとしよう。
「じゃあ、またね」
「はい! 今日は司城さんに会えて嬉しかったです」
俺は手を振って彼女の家を離れた。
そこで、女神の声が頭に響いた。
——しぶといですね。ルイ。まさか、あの父親まで味方につけるとは……。
「おまえ! よくもやってくれたな! どんな力を使ったか知らないが、まさか少女の父親を俺に差し向けるなんて! まぁ、無駄だけどな」
——たしかに驚きました。
もっとも、それくらいやって頂けないと勇者としては心許ないでしょう。
ただしルイ、今日を生き延びられるとは思わないことです。
それって殺しにくるってことでしょうか?
——ルイ、あなたはどのみち異世界転生する運命。まぁそうやって最期に現世を楽しむのも良いでしょう。
「余裕ぶってるが、女神よ。おまえ、実は大した力ないだろ?」
——なな、何をいっているのでしょうか!?
ちょっとつついただけで、面白いほどの取り乱しようだ。
「もし本当に俺を異世界転生させたくて、そのためには俺を殺さなければいけないとする。それであれば、隕石でも落とせばいいんじゃないの?」
——そそ、それでは面白くないじゃないですか!? 私はまだ余裕があるので、ちょっと遊んでいるだけですよ。ほほほ。
急にほほほとか言い出したぞ。
「できないんだろ? だから、父親に襲わせるような遠回りな方法を採用するしかない」
——……さすが、私の見込んだ勇者には敵いませんね。おっしゃるとおり、たしかに私がこの世界でできることといえば、人の『選択肢を少し操作する』というくらいです。
「選択肢を操作?」
——ええ、例えば先程の男であれば、彼が家に財布を忘れたのは本当ですが、別に大抵の決済はスマホでなんとかなるので財布はなくてもよかった。でも、彼は思ったのです。「取りに帰ろうかな」と。だから、そちらの選択肢を採用させたまでです。あなたを異世界に導くにはこの能力で十分!
人の選択肢を操作する。
理解しがたいが、おそらくこの女神は本当にそれをやってのけたのだろう。
厄介な相手ではある。
「それはすごいな。ただ、『余裕があるから遊んだ』というのは嘘だ」
——何を根拠に?
「だってお前は、そっちの世界が魔族に侵されているから俺を呼ぶんだろう。そこに余裕なんてあるはずがない」
——ぐぬぬ。
「女神、これは俺とお前の競争なんだよ。俺が異世界転生されるのが早いか、お前の世界——アクアグラスが魔族に支配されるのが早いか、のな」
——ふふ、ふふふ。はっはっは。面白い、勇者ルイよ。そのとおり! こちらの世界は魔族の侵略により危機に瀕している! 時間なんて無い! 受けて立ちましょうルイ! 必ずルイを今日中に殺してみせる!
まぁ、そうなんですけど、女神様。
そのセリフはちょっと悪魔的すぎじゃないでしょうか。




