(9)ハンミョウ作戦
秋晴れの西風の吹く日、ヒタ国の海岸にヤマタイの国の百艘の大きな舟が押し寄せてきた。舟は続々とヒタ国の浜に漕ぎ寄せ、二千人の兵士と数十頭の馬が上陸し、人々に矢を射かけ、集落の家々や櫓に火矢を放った。ヒタ国の女子供は逃げまどいながら山へ避難していく。
武器を持って立ち向かうヒタ国の兵士は千人、浜辺に備えていた石塁に留まり、かねて用意の弓と盾で応戦したが、火矢で攻めて来るヤマタイの兵士に追い詰められ、石塁から退却をはじめた。そこへ五十頭の馬に乗ったヤマタイの兵が現れ、ヒタ国の兵士達に襲い掛かった。矢で射られ、刀槍で突かれて、ヒタ国の兵士達が次々と倒れていく。激戦は続いたが、七百人のヒタ国の兵士が倒れ、百人が囲まれて囚われた。逃げ延びた兵士は二百人程だった。
ヒタ国の状況をわの国に伝えたのは、弓矢づくりの村の長からの使いだった。わの国はすぐに兵士を集め、ヒタ国に向けて出発した。途中でヒタ国の危急を聞きつけた村々から男たちが合流し、弓矢づくりの村の兵が合流した頃には、兵の数は五百に達した。弓矢づくりの村の長が歩きながら、作戦をわの国の兵士達に伝える。
進行方向はヒタ国の西の山道となる。わの国の兵士達は、弓矢づくりの村の長から伝えられた手筈通り、若い兵士二百を両側の山の要所にそれぞれ百名ずつ登らせた。数の多いヤマタイの兵と戦うには、岩と丸太を崖から落とす仕掛けしかない。その仕掛けがまだあるのか、ヒタ国の兵士達がいるのかを確かめる必要がある。その仕掛けが万全だとわかれば、おとりのわ国兵を山道に進ませて、仕掛けのある崖の下へ誘い込む手筈だ。
わの国の兵士達は西の山道の途中まで進み、山に登った仲間のわ人達からの合図を待つことにした。その山道で避難してくるヒタ国の人々と出会う。ヒタ国の人々はわの国の兵士達を見て、ヤマタイの兵士だと思い込み逃げてゆく。わ人の兵士達が、
「私たちはヒタ国の仲間のわ国の兵だ!ヒタ国の人達を助けるために来た!逃げないで戻ってきなさい!」と大声で叫ぶ。
ヒタ国の人々はまず驚き、次に安堵の声を上げわ国の兵に近づいてくる。わの国の兵士達は、
「この先にヤマタイの兵士はいない。安心して行きなさい。これから、わの国の兵士達がヤマタイの兵士達をやっつけてみせる!」とヒタ国の人々に告げた。ヒタ国の人々は頭を下げつつ、うれし涙を流しながら西へと去って行く。
わ国兵たちは「はやくヤマタイと戦いたい」とじりじりと焦りながら、山道に立ち止まったまま待ち続けた。
そして数刻後ついに、山道の上の崖方向から「岩と丸太を落とす仕掛けが整った」という合図の指笛が三回鳴った。「ピーーピーーピーー!」
満を持していたわの国の兵士の本隊三百人が、西の山道をヒタ国に向けて駆け足で進んでいく。わの国の兵士達は、五年前にヒタ国の兵が岩と丸太を落とす仕掛けでヤマタイの兵を破った崖の下を通り抜け、ヒタ国の海と集落が見下ろせる峠に到着した。そこでわの国の兵士達が見たものは、ヒタ国の燃え落ちた集落の家々や櫓、そして千を超えるヤマタイの兵士達の陣営と、その中に囚われている数百の人々だった。
ヤマタイの見張りがわの国の兵士達に気付き、大声を上げ鐘を鳴らす。すぐにヤマタイの五百の兵士達が集結し、西の山道に向けて盾を並べ、馬を揃えて進んでくる。わの国の兵士達は、弓矢づくりの村の長から伝えられた手筈通り、三百の兵を百人づつの三段に分け、盾を並べて、「オウ!オウ!オウ!」と声をあげて、ヤマタイの兵達に向かっていく。ヤマタイの兵たちの放つ矢が飛んできて盾の間から刺さり、わの国の兵を倒していく。わの国の一段目の兵達は槍を投げ、二段目、三段目の兵達が遠矢を放つ。
しばらくの後、わの国の一段目の兵達は後退していき、替わりにわの国の二段目の兵達が前面に出て来る。そこへ数十頭の馬に乗ったヤマタイの兵が襲い掛かってくる。二段目のわの国の兵達は槍を投げ、三段目の兵達が遠矢をヤマタイの兵達に放つ。
ヤマタイの馬と兵に苦戦したわの国の二段目の兵達は後退していき、わの国の三段目の兵達が前面に出て盾を構える。ヤマタイの十数頭の馬が突進してわの国の三段目の盾を踏みつぶそうとしたとき、わの国の三段目の兵の盾の間から長い槍が立ち上がった。馬は長い槍に突き刺さり倒れ、あるいは驚いて跳ね、乗っているヤマタイの兵を振り落とす。
騎馬兵が攻めあぐねているのを見て、ヤマタイの徒歩の兵たちが槍と剣で突進して来る。そこへわの国の兵の後方から、一段目の兵達が遠矢を放ち前面に出てくる、その間に三段目の兵達が後退していく。
この後も同様に、わの国は三段に構える兵を交代に戦わせ、少しづつ後退していくという「道教えのハンミョウ」(人が来ると数メートル先まで飛んで停まる習性のある虫の一種)の様な作戦で、ヤマタイの兵達を引き付けながら西の山道を後退して行った。




