8 日常の裏側 店員は何を思う
ダンジョンに潜る日々が続き、気づけば一週間ほどが経った。
その間、装備の消耗も少なくマジックバッグに素材がたまってきていた。
「そろそろ整理するか」
この時間、この曜日。
素材を売却するために店へ向かうのも、すっかり習慣になっていた。
「いらっしゃいませ」
「素材の売却がしたい」
いつもの店員が対応をしてくれる。
この1週間、81階層以降を探索していたので、その素材がいくつかある。深層になるほどアイテムはドロップしにくく汎用的な魔石などが多くなってしまうが、それでも付与やポーションの素材が余分に出てくるくらいには集めることができた。
「それではこちらにお出しください。」
店員もなれたもので、素材を出すスペースに案内してくれる。
「これは...各種ポーションの素材...こちらは...付与素材ですね。」
店員は端末を片手に一つ一つアイテムを確認していく。
「...どれも高品質ですね。魔力濃度が高く、効果が期待できるものばかりです。」
店員がじっくりとアイテムを見つめながらそう言った。
「これほどの素材を見ることはなかなかありません。」
「そうだな、まだ市場には出回っていないものだろうな。」
なんせ日本最高の65階層よりも、さらに深いところの素材だ。
「低階層で取れるものでは...ありませんよね?」
「ああ、低階層でとったものではないな。」
「...かしこまりました。では査定にうつらせていただきます。」
一瞬の空白のあと、定員が手を動かし端末を操作させていく。
探索者の情報を店員が無暗にばらまく様なことはない。だがだからといって素材について詳しく言う必要はないだろう。
「ありがとうございました。珍しい付与素材もあるので、うちとしてもそれらを取り扱えるのは嬉しいことです。店の箔にもなりますからね。ところで付与と言えば...」
店員は俺の装備に手を向けて言ってきた。
「お客様の装備、とても上質な付与がされていますね。この辺のお店でそれだけの腕の持ち主がいましたかな?」
「この辺の店でやったものではないな。」
俺が自分でやったことだからな。
「そうでしょうね。しかし相当難しい付与に見えますが、それができる人がいるとは...」
「いや、構築さえ知っていれば意外とできるぞ。魔力の調節は少し難しいけどな。」
「...お詳しいですね。」
「まぁな。」
一番の問題は魔力量だけどな。深層の素材で付与をするにはかなりの魔力量が必要になる。
一般の付与師ならその魔力量をどうにかするため工夫が必要になるが、俺は自前の魔力でできる分工程も楽になる。
「それじゃあ今日はこの辺で失礼する。」
「かしこまりました。お買い物はよろしいですか?」
「ああ、前回買った分でまだ間に合っている。必要になればまた来る。」
「かしこまりました。またのお越しをお待ちしております。」
頭を下げる店員に背を向け、俺は店から出て行った。
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扉が閉まり、店内に静けさが戻った。
店員は一度、深く息を吐いてから素材スペースへと向かう。
端末を閉じる前に、もう一度だけ素材に視線を落とした。
(……やっぱり、変ですな)
鑑定スキルを起動する。
視界に浮かぶ情報は、いつも通り正確。だが示す情報は異常だった。
魔力濃度、素材の劣化率、使用効率
どれもが、基準値を軽く超えている。
それも一つ二つではない。持ち込まれた素材のほぼすべてが、だ。
(この品質……普通の探索じゃ出てこない)
かつて自分もダンジョンに潜っていた。
開放初期、すぐにリタイアしてしまったとはいえ前線に立ったこともある。
だからこそわかる。この素材が普通ではないということが。
(こんな素材を持って帰れるなんて、あの人は一体...)
鑑定スキルを使っても、レベルもスキル構成も見えない男。
明らかに鑑定妨害がかかっている。つまり自分が鑑定スキルを持っているということはバレているのだろう。
あの人自身のことはわからない。だが、装備自体は鑑定することができる。
付与の数、能力、強度、それらを見れば、装備もまた普通ではないことがわかる。
(この辺りでした付与ではない、か...)
自分の知識と照らし合わせても、あれだけの付与ができる者は存在しない。
では一体どこでしたのか。あの口ぶりからするとまるで───
(いえ、やめておきましょう。探索者の詮索はするべきではない。)
探索者の情報は、命に直結する。
ダンジョン開放初期は「探索者は管理下におくべきだ」との声が上がり、レベルや装備などの登録がされていた。しかし不手際でそれらの情報が流出し、手の内がバレた探索者が、悪意のある探索者に襲われ装備やアイテムが奪われ、命まで落とすという事件があった。
それらの事件を受け、現在は探索者を縛ることはしない方針になっている。
その経緯を知っている店員が、探索者の素性を探ろうとは思わなかった。
(少なくとも自分はあの人に深く触れない方がいいでしょう。)
これだけの素材を持ち帰ってこれる彼だが、それはつまりダンジョンの奥まで進むための理由があるということだ。それには相応の悩みもあるだろう。
しかしそれを共有したり解決したりするのは自分のすることではない。
店のためにも、かつての同業者としても、彼が考える理想の探索ができることを願っておこう。
(素材の記録は...細かく残さなくてもいいでしょう。)
品質を一つ一つ記録すると、ちょっとした騒ぎになるかもしれない。他の素材と一緒にして数と売り上げをまとめてしまおう。
騒ぎにしたいのであればとっくにそうしてあるだろう。だがそれをせずにわざわざ大きな店舗ではないこの店に持ち込んできているということは、きっとそういうことだ。
そう思った店員は、買い取った素材を一つずつ丁寧にマジックバッグへと仕舞っていった。




