2 彩風三花の花歌さんぽ
(この子か)
次の日、俺は大学の講義中に携帯で彩風三花について調べていた。
ダンジョンが出現してから15年、一般人が潜れるようになって10年。今ではダンジョンの攻略の様子を配信したり動画にしたりするのが流行っていて、有名な探索者チームも出てきているらしい。昨日の子は、その中でも名前が知られているチームの一人だった。
(ここ2年くらいは自分で潜って情報を集めるしかなかったから、世間の探索者とかあんまり見てなかったなあ)
最初にダンジョンに潜った時は色々調べていたが、50層を超えたあたりからは本でもネットでも碌な情報は出てこず、なんならガセネタも多く出回っていた。命がかかっているダンジョンで嘘の情報をつかむわけにはいかないため、下手に情報は見ずに潜っていた。そのためあまり世間のダンジョン事情については詳しくない。
(配信が流行ってるとか、有名なチーム名とかは聞いたことあるけど。顔とかメンバーの名前までは知らなかったな。)
そう思いながら彩風三花のメンバーのプロフィールを眺める。
花歌さんぽ
所属:彩風三花
登録者数:62万人
明るく元気な前衛担当。彩風三花のムードメーカー
(62万人...思ったよりも多いな)
動画や配信についてはあまり詳しくないが、そんな俺でも多いとわかる数字だ。関連動画も10万再生越えが多数ある。
(...ん?)
そんな中、ひときわ多く再生されているものがあった。動画ではなく配信のアーカイブだが、これだけ100万再生超えとケタが1つ違う。
(昨日の配信かよ)
日付とタイトルを見るに昨日の配信のようだ。コメント欄を見てみるに、どうもピンチからの生還という劇的な展開よりも、そのピンチから救出した謎の男が話題になっているらしい。中には正体を探るコメントまである。
(ダンジョン探索も一息ついたから落ち着いて交友関係を増やしたりしようと思ったけど、だからっていきなり目立ちすぎだよなぁ...)
本当は救出して少し話でもするつもりだった。今のダンジョン事情などを直接探索者から聞ける機会だったから。
でも配信ドローンを見て焦ってすぐに帰ってしまった。あのまま配信に映っていればもっと話題になっていただろう。
(別にちやほやされたいという気持ちが、ないと言えば嘘になる。)
だが、目立ちすぎると面倒が増える。
企業、国、事務所、他の探索者――そういうものに絡まれれば、ダンジョンに潜る時間は確実に削られる。
そうなると俺の目的の達成も危うくなる。少しは目的の目途が立ったが、だからと言って変なことに時間を浪費するつもりはない。
(目立つのは目的が達成してからでいいだろ。この件には触れないでおこう。)
謎の男が誰かというのが話題になっているが、わざわざ出ていかなくていいだろう。どこまで潜っているかとか聞かれるだろうし。
さっき調べたところ、日本の最高到達階層は65階層、海外だと最高で75階層まで行っているらしい。
そんな中、ソロでさらに深層まで潜っている俺が出たら注目を浴びすぎるだろう。
狭い友人関係ならともかく、今はまだ目立とうとは思わない。
そう考えているとちょうど講義の終わりを告げるチャイムがなったので、俺は立ち上がり教室から出て行った。
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自室にて、一人の女の子が布団にくるまりながら考え事をしていた。
(事務所にしばらく休めって言われたけど...)
昨日の大蜘蛛に襲われた事故。そこから帰還した花歌さんぽは、事情説明もほどほどに数日休むように言い渡されて家に帰された。
(休むって言ってもな...)
正直、大きな怪我をしたわけではない。吹き飛ばされた際に打撲し、大蜘蛛の攻撃も少し当たりはした。だが致命傷ではないし、現にもう痛みはほとんどない。
しかし体は治っても、心に重くのしかかるものがあった。
死の恐怖。それ自体はなにも今回が初めてではない。だが、一人でそれを味わうのは初めてのことだった。
いつもメンバーとともに戦い、恐怖も苦難も乗り越えてきた。だがあの時は自分一人だった。そして一人では太刀打ちできない魔物がいた。
(怖かったな...大蜘蛛も...あの人も...)
一人で対峙した未知の強敵。だがそれを容易く葬るもう一つの未知の存在があった。メディアでも見たことがないし、そもそもあんな階層に1人でいる人なんて聞いたこともない。
間違いなく助けてくれた。恩人のはずだ。だが得体がしれなくて、少し恐怖を感じた。
(...見た目は普通だよね)
昨日の配信のアーカイブを見直す。大蜘蛛の恐怖が蘇るが、それを振り払い謎の人物をしっかりと見る。
あまりはっきりと映っていないが、配信でも実際の記憶でも、特段変わったところはなかった。普通に街中で見かけるような青年。
その普通さが、逆に異質に感じてしまった。なぜあれだけの強さを持っているんだろう?どうして今まで誰も知らなかったのだろう。
(あ、100万回視聴されてる...)
そんなことを考えていると、アーカイブが100万視聴を超えているのに気付いた。これまでは最高で50万視聴だったので、一気に倍近い記録になった。
でも素直には喜べない。これは自分の力ではないし、記録としてカウントはしたくない。
(なんだかなぁ...こんだけうじうじしてるのも私らしくないよね)
終わったことは引きずらずに前だけ見て突っ走る、そんな性格だと自負している。だが今回ばかりはどうしても考えてしまう。
(あの人、お礼も要求せずに消えちゃったな。)
探索者を救出した際、お礼に素材やアイテムを要求されてトラブルになるという話はよく聞く。そのトラブルが嫌で救出活動を躊躇する人もいるほどだ。
でも、あの人は───
(スマホ...連絡来てる)
枕もとのスマホが震えたので見てみると、彩風三花のグループチャットが動いていた。
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三沢 椿:
歌、大丈夫?ごめんね、私が階層様子見しようなんて言ったばっかりに。
風間れんげ:
違うよ、私も賛成したし。つば姉が悪いわけじゃないよ。
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(つば姉もふーちゃんも...そうだよね。今回は誰かが悪いわけでもない。むしろ悪いのは私なのに。)
彩風三花はいいチームだ。私はそのメンバーであることを誇らしく思っている。
たしかに今回は今までにない恐怖を味わった。それでも――ダンジョンに潜りたくないとは思わなかった。
一人だと太刀打ちできない魔物でも、チームでなら戦える。あの人は1人だったけど、個の力がすべてじゃない。
私は私の強さを求める。そしたらいつか、あの人にも追いつけるだろう。
だからここで逃げるわけにも止まるわけにもいかない。
あの人については何も知らない、でも1つ言えるのは、間違いなく私よりも先に進んでいるということ。
名前も聞かずにいなくなってしまった、あの人。
もしまたどこかで会うことがあったら――。
その時は、ちゃんとお礼を言いたい。
どうでもいい情報
花歌さんぽは活動名です。他のメンバーも活動名と本名は違います。




