14 過剰駆動《オーバードライブ》
4話ぶりの主人公です。書きたいところまでおさめようとしたら少し長くなりました。
時は少し遡る───
「さて、行くか」
今日は大学が休みの日ということもあり、俺は準備万端にしてダンジョンに挑もうとしていた。
何も毎日80階層台に潜っているわけではなく、大学がある日は50階層や60階層でレベル上げや素材集めをしているときもある。
だがその分、休日は深層をしっかりと探索すると決めている。今日は85階層の予定だ。
ダンジョンの入り口に立ち、前回の探索で手に入れた84階層の転移石を起動。
遺跡の残骸のようなものや遠くに壮大な滝が見え、周囲からは強力な魔物の圧を感じる。
そしてここでも出現するリザードマンや大蛇の魔物と戦いながら進んでいく。
(物理的な傷はほとんどなく勝てる。でも、精神的に疲れるな...)
リザードマンの群れは一歩間違えば複数から一気に斬り刻まれるだろうし、大蛇も締め付けやブレスを食らえば自分だけでなく装備も大きく破損するだろう。
一戦一戦が気が抜けない。連戦になればどこかで崩れてしまうかもしれない。そのことがまたさらに精神的疲労に繋がる。
(よし、魔法陣まで来れた。)
だが幸いにも大崩れすることなく85階層へ続く魔法陣へと来れた。魔法陣付近は魔物が寄ってきにくいため、少し休憩をしてから85階層へと進む。
ジャングルのように木々が生い茂る中に、蛇の石像が点在している。それが85階層の特徴だった。
(前回は...どうだったかな)
以前この階層に来た時は、出てくる魔物もそれほど変わらずにそのまま魔法陣を見つけたはずだ。
今ほどに余裕はなく、ボロボロになりながら必死の探索だったため、あまり詳しくは覚えていない。だが一つ鮮明に覚えていることはある。
(この階層には何かがいる)
これまでとは比べ物にならない圧をどこかから感じる。しばらく歩いていても気配感知には引っかからないが、間違いなく強力な魔物がいる。
おそらくは、中ボスだ。以前はこの圧がすごすぎるせいで、とにかく早く魔法陣を見つけようとしていた。
(レベルも上がったし装備も更新したからいけると思ったけど...)
危険感知などのスキルを使うまでもなく、本能でわかる。ここにいるやつは、切り札を使わなければ勝てない。
つまり、俺の思う「安定した探索」はこの85階層までということだ。
本当にそうかどうか、実際に戦って判断するのはリスクが大きい。ここはひとまず、またしばらくは80~84階層でレベル上げや付与素材集めをしようかと、転移石を取り出そうとしたところで。
ふと、気づいた。
先ほどから魔物があらわれないことに。
(...?こんなに少ないこと、あるか...?)
85階層に来てからまだ一戦もしていない。まるで魔物が、この付近から離れていったような...
(まさか!!)
ハッと気づき行動しようとした瞬間、体が何かに締め付けられた。
それは鱗があり、恐ろしく太く長いもの...尻尾だ。
ミチミチ...と装備ごと俺の体が粉砕するのではないかというほどの力が加わる。
「おおおおおおおお!!!!」
俺は大声を出し全身に力を入れて抵抗する。それにより体が粉々になるのは防げているが、拘束はほどけない。
力を入れながらも敵の正体を確かめようとしたところで。
間の前の木々がずるりと崩れた。
いや、崩れたのではない。剥がれ落ちたのだ。
さっきまでそこにあったはずの幹や蔦が、皮膚のように裂け、その下からぬらりとした鱗が現れる。
緑と茶色に溶け込んでいた体表が、ゆっくりと本来の色を取り戻していく。
現れたのは、巨大な蛇だった。
だが、ただの蛇じゃない。
胴は一本だが、頭が三つ。
それぞれが異なる方向を向き、異なる目で俺を捉えている。
赤い眼は俺の動きを追い、
黄色い眼は周囲の地形を測り、
黒い眼だけが、感情のない虚ろさでこちらを見下ろしていた。
(擬態!!それにおそらく、感知を無効する能力もある!!)
三つ首の、擬態と感知無効能力をもつ蛇。それが85階層の中ボスだ。
そしてヘビは、3つの口を開け魔力を出して一つの塊にしていく。まるで三位一体の技のような...
(あの魔力は...やばい!)
おそらく中ボスの大技だ。様子見などはせずにいきなり大技を放つつもりか。だが俺が拘束されているのだから当然ともいえる。
どうする?回避?拘束から抜け出して?スキルを腕力関係に切り替えればいけるか?
いや、間に合わない。ならば防御系スキルに切り替えて耐えるしか...魔法防御?あれは属性技か?物理防御ではなさそう...
一瞬のうちに様々な考えが頭をよぎるが、最適解がわからない。
俺の固定スキルは万能であらゆる場面に対応できる。だが対応方法がわからなければ意味がない。
そしてその一瞬の悩みのあと、巨大な魔力の塊が俺に向けて放たれた。
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音が消え、視界が揺らぐ。体を何度もバウンドさせて吹き飛ばされる。
地面に何度もたたきつけられた衝撃により前後左右上下もわからない...が、すぐに自分が倒れているのだと理解できた。
(なん...とか、生きてるな...)
あの一瞬、俺が出したスキルは3つ。『魔力弾』と『魔法威力増大』と『高速回復』だ。
回避は無理、防御も怪しい。ならば魔力には魔力で相殺させようとした。
拘束されて杖も出せないので、武器技ではなくスキルだけの魔法になるため威力は低い。それを魔法威力増大でカバー。それでも完全に相殺はできないと踏んで、くらってもすぐ復帰できるように高速回復を選択した。
(やっぱ防御のほうがよかったか...?いや、考えるのは後だ...)
高速回復によりなんとか意識を取り戻した俺は、素早くその場を転がりまわる。
その直後、俺がいた場所を三つ首の頭が通り過ぎる。少しでも遅れていたら食われていただろう。
(ポーションを...!)
マジックバッグからポーションを取り出そうとしたところで、三つ首のうちの1つがこちらに向けて口から電撃を放ってくる。
咄嗟に盾で防ぐが、その隙にまた近づいてきているのがわかる。
(魔力弾!)
ろくに狙いもつけずに放った魔力弾は、今度は火の玉でかき消された。
首1つのブレスなら、相殺可能か。
(魔力弾!魔力弾!)
魔力弾を連発するが、軌道は読まれたのか三つ首のヘビはぬるぬるした動きでかわしながら迫ってくる。ポーションを取り出す暇がない。
迫りくるヘビに対し、俺は一瞬だけ目をつぶる。そして接触する瞬間...
ヒュッ!という風切り音と共に、蛇の首の1つが吹き飛んだ
三つ首のヘビは困惑したようにピタッと動きを止める。
とどめを刺そうとしていた獲物が、いつの間にか自分の背後にいる。しかもすれ違いざまに首をひとつ落として───
俺はゆっくりと振り返りヘビを正面から視界にとらえる。
体の奥が、熱い。
血が沸騰するような感覚。
筋肉の一本一本に、無理やり魔力を流し込まれている。
「……過剰駆動」
呟いた瞬間、世界が変わった。
視界が澄み、時間が引き延ばされる。
三つ首の蛇の動きが、まるで水中を泳いでいるかのように遅く見えた。
(……やっぱり、無茶だな)
骨が悲鳴を上げ、筋肉が引き裂かれる感覚。
全能力が爆発的に上昇する代わりに、その反動も甚大。
それが俺の切り札。使用すれば、90階層の壁すら突破できる。
そんな俺を、85階層の中ボスが止められるわけがない。今この瞬間、獲物と捕食者の立場は逆転した。
三つ首のヘビもその雰囲気を感じ取ったようだ。
斬り飛ばした首は即座に再生し、3つの首から同時にブレスを吐こうとしてきた。
だが...
「遅い。」
踏み込み。
床が砕ける音が遅れて響き、一瞬でヘビの元に到達する。
三つの首に対し、顎の下へ刃を差し込み、喉元を貫き、口の中を一閃する。
三つの攻撃は、同時に“未遂”のまま終わった。
「シャアアアアアッ!」
血を出し、のけぞったヘビは鳴き声のようなものを上げ、体色が背景と溶け込む。
(擬態か...)
最初のように奇襲を仕掛けてくる気だろう。気配感知は無効なので気配では探れない。
音感知や熱感知なら通じるかもしれない。
だが今の俺には不要だ。
「いるとわかっているなら、あぶりだせる。」
拳を振り上げ、地面に、岩壁に、木に、たたきつける。
地面は割れ、岩は崩れ、木は悲鳴を上げながら倒れていく。
空気が揺れる。
隠れていたはずの胴体が、強制的に姿を現す。
「そこか。」
色が戻るより早く、刃が走った。
鱗が弾け、血が舞う。
「敵の目の前でわざわざ隠れるのは、弱者のやることだ」
過剰駆動中の一撃は、環境ごと敵を引きずり出す。
そのまま逃げる時間も隠れる隙も与えないほどに連続で切り刻んでいく。
「ジャアアアアアアア!!!!」
血まみれになったヘビは、大声を出し衝撃派を放つ。それに吹き飛ばされた俺は受け身を取り再びヘビと対面する。
「第二形態ってやつか。」
傷ついたヘビの胴体が裂け、そこから手足が伸びる。
這うだけの存在から、
掴み、殴り、押し潰す存在へ。
圧が、変わった。
だが――
「同じことだ」
腕が振り下ろされる前に、肘を断つ。
掴みかかる手を、逆に踏み砕く。
動きは増えた。
選択肢も増えた。
――それだけだ。
過剰駆動状態の俺にとって、この程度の強化は単なる処理工程の増加にすぎない。
三つの頭が同時に唸る。
逃げようとしてるのか、攻めようとしてるのかはわからない。
だが、どちらでもいい。どちらでも変わらない。
俺は三つ首の蛇が動く前に、真正面から踏み込んだ。
刃が閃く。
一振りで、三つの首を“まとめて”薙ぐ。
抵抗は、ほとんどなかった。
首が落ちる音が、
数拍遅れて地面に転がる。
再生に限界があるのか、三つの首を同時に落とすのが倒す条件だったのかはわからないが、首が再生することはなかった。
巨大な胴体が崩れ落ち、
85階層に、重い静寂が戻った。
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無理やり引き上げられていた魔力が、身体が、悲鳴を上げるように軋み始めているのがわかる。
視点が定まらない、体が鉛のように重い。
「ゴホ、……ゴホっ……!」
口元を押さえた掌が、赤く染まっていく。
過剰駆動の反動だけではない。最初の尻尾の締め付けやそこからの魔法攻撃も、想像以上にダメージが残っている。
まさかあんな大技をくらうとは...
(油断していたつもりは...なかったんだけどな...)
掠れ行く意識の中、そんなことを考える。
俺は半分無意識に、マジックバッグから一階層の転移石を取り出しながら倒れる。
(転移石...起動...)
この切り札を使いながら探索していた時期は、毎回こんな感じだった。
ボロボロになり、一階層の転移石を使用する。その行動が体に染みついているおかげで、なんとか一階層に戻ることはできる。
今の俺は碌に能力も使えないし、レベル相応の身体能力もない。大幅な弱体化状態だ。
この中ボスを恐れて付近の魔物は離れていたようだし、近づいてくる気配は感じない。
血まみれで倒れた状態で転移石の起動が完了し、俺は光に包まれて1階層へと転移をした。
ダンジョン一階層
見慣れた原っぱ。静かで、深層に比べたらのどかと言ってもいい階層。
深層の圧と比べると世界が壊れてしまったかのように軽い。
俺はふらふらと立ち上がるが、足元がおぼつかず歩くことができない。
切り札の反動だけなら、普通に動く程度はできる。だがダメージも重なっているせいで、今は意識を保つことすら怪しい状態になっている。
「ポー...ションを...」
反動により能力が使えず、今は高速回復が発動していない。急いでポーションで回復しなければ...。
マジックバッグの中を探す余裕もなく、中身を無造作に放り投げていたところで、その声は聞こえた。
「あ、あの!大丈夫ですか!」
反射的に声のした方向を見ると、そこにはドローンをつれている、いかにも初心者といった風貌の男女二人組がいた。
そしてその光景を最後に、俺は意識を失いその場に倒れた。
「ちょ、ちょっと!?すごい傷!」
「どうしよう!?ポーションでなおる!?」
「私たちのもつポーションでこんな深手は...。この散らばってる荷物、この人が出してたよね!ポーションを探してたんじゃ!?」
「うわ、すごいアイテム...え、これって転移石...?」
地面に散らばっていたのは、見たこともない素材と、階層表記の刻まれた転移石だった。
:まてまて、それ80階層って書かれていないか?
:血まみれになってるけど、この装備も明らかに低層じゃないよな?
:は?80階層?
:なんだよその素材見たことないぞ
:噂の探索者きたーーーーーーーーー!!!
「いや!盛り上がってないで!これどうしたらいいの!?」
画面の向こうでは、コメント欄が、狂ったように流れ続けていた。
次回は1月15日更新です。掲示板回です。




