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花よ、異界に咲け。  作者: たなたなか
一章 はじまりの音
2/5

孤独の輪郭

新作の1話目です。よければプロローグからご覧ください。

 夕方の渋谷は、今日もにぎやかだった。

 駅前のスクランブル交差点を、色とりどりの服を着た人たちが行き交う。

 その中で、天野ユリはヘッドホンを首にかけたまま、

 スマホの画面をぼんやりと見つめていた。


 SNSには、友達の投稿がいくつも流れてくる。

 新しいネイル、映えるカフェ、恋人とのツーショット。

 どれも可愛いし、オシャレだと思う。

 でも、どれも似たように見える。


 「……今日も“いいね”押すだけ、か」


 独りごちて、スマホをバッグにしまう。

 少し疲れたように息を吐き、街の喧騒を背に歩き出した。

 明るいベージュのコートに、淡いアッシュブラウンの髪。

 服装もメイクも上品だけど、どこか都会の空気に馴染みきれていない。


 信号待ちの間、ショーウィンドウに映る自分の姿をちらりと見る。

 “ギャル”と呼ばれるタイプなのかもしれない。

 けど――自分ではあまり、そう思っていない。

 流行のメイクを真似しても、心の中の何かが満たされるわけじゃない。


 「……なんか、疲れるな」


 カフェの紙カップに残っていたラテを飲み干し、

 ゴミ箱に投げ入れる。

 ちょうどそのとき、ビルの隙間から差し込む光が目に入った。


 夕焼け。

 空が、驚くほどきれいだった。

 淡いオレンジと紫が溶け合って、街の輪郭をやわらかく染めている。

 歩道のガラスに反射して、街全体が金色に光って見えた。


 「……こんな空、久しぶりに見たかも」


 小さく笑って、スマホを取り出す。

 カメラを起動し、何となくシャッターを切った。

 その瞬間だった。


 レンズ越しの空に、白い光の粒が揺れた。

 最初はゴミか、照明の反射だと思った。

 けれど、それはだんだん大きくなっていく。

 まるで、夜の街に降る雪のように。


 「え……なに、これ……?」


 光はゆっくりと降りてきて、ユリの肩に触れた。

 次の瞬間、世界が音を失う。

 車の音も、人の声も、何も聞こえない。


 息を吸おうとして――息が止まった。

 足元の地面がふっと消え、身体が宙に浮く。

 風もないのに、髪がふわりと舞った。


 「え、ちょっと、待って――」


 言葉は途中で溶けた。

 視界が真っ白に染まり、

 何か柔らかいものに包まれたような感覚に変わる。


 温かくて、心地いい。

 けれど、どこか切ない。


 「これ……夢、かな……」


 最後に呟いた声が、自分のものとは思えないほど遠くに響いた。

 光が、静かに世界を飲み込んでいく。


 そして、全てが消えた。



まぶたの裏に、夕焼けの色だけが残っていた。

 ゆっくりと目を開けると、そこには都会の喧騒も、コンクリートの色もなかった。


 広い。

 息を呑むほど、何もかもが――広かった。


 空は、どこまでも澄んだ青。

 風に揺れる草原が、音もなく波になって広がっている。

 鳥の鳴き声が、遠くでふうっと響く。


 ユリはしばらく、ぼんやりとその景色を見ていた。

 驚きよりも先に、現実味が追いついてこなかった。


 「……え、マジで……どこ?」


 声は小さく、乾いていた。

 スマホを探すが、バッグごと消えている。

 コートのポケットに手を入れても、切符の半券すらない。


 足元の草の感触がやけに生々しく、

 指先についた土が、妙にあたたかい。


 「こんな……ロケ地みたいなとこ、東京にあったっけ」


 ありえない、とわかっていても、そう呟いてしまう。

 現実を拒否するみたいに。


 風が吹くたび、草がさわさわと揺れ、服の裾がはためく。

 ユリは髪を耳にかけ、ゆっくり立ち上がった。


 頭がふらつく。

 けれど、不思議とパニックにはならなかった。


 冷めた性格で良かった、と初めて思った。

 “考えてもどうにもならないこと”には、昔からどこか距離を置いてしまう癖がある。

 その癖が、今は少しだけ自分を守っていた。


 「……とりあえず、動こ」


 自分に言い聞かせるように、軽く息を吐く。

 喉が乾いていた。

 景色をぐるりと見渡すと、少し離れた場所に木々が集まっている。

 水があるかもしれない。


 ユリはゆっくり歩き出した。

 ヒールの低いパンプスは土に沈むし、歩きやすいとは言えない。

 でも、戻る場所もない。


 「てか……ほんとに、どうなってんだろ」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 返事は、風の音だけだった。


 都会では絶対味わえない“静けさ”。

 これだけ静かなのに、なぜか胸の奥がざわつく。

 人の声が一つもない世界は、こんなに不安なんだ、と初めて知る。


 しばらく歩くと、木々の向こうに小川が流れていた。

 陽の光を受けて、透明な水がきらきらと輝いている。


 ユリはしゃがみ込み、そっと手を差し入れた。

 冷たくて、気持ちいい。

 両手ですくって口に含むと、都会の水で感じるあのクセが全くなかった。


 「……美味し。やば……」


 思わず小さく笑ってしまう。

 その笑顔に、自分でも驚いた。

 この状況で笑えるなんて、ちょっと図太いのかもしれない。


 水を飲んでひと息ついたとき、視界の隅に白い光が揺れた。

 目を向けると、小川の向こうの岩のそばに、一輪の花が咲いていた。


 透き通るような白。

 花弁は薄く、光を受けるたび淡くきらめく。

 まるでこの世界の空気そのものをすくい取ったような、柔らかい色だった。


 ユリは靴を脱ぎ、裸足で水に入る。

 冷たい水が肌を撫でる感覚が、妙に心に残った。


 花の前にしゃがみ込み、指先でそっと触れる。

 摘まなかった。

 それが自然に思えた。


 「きれい……」


 言葉が漏れる。

 心の奥が、少しだけあたたかくなる。

 東京にいたとき、こんなふうに“きれい”と思ったものが、どれくらいあっただろう。


 花の向こう、草原の風景を見ながら、

 ユリはようやく気づいた。


 ――もしかしたら、本当に帰れないのかもしれない。


 胸の奥がきゅっと縮む。

 怖い。

 めちゃくちゃ怖い。


 でも、泣かなかった。

 泣いてもどうにもならないってことだけは、昔から身に染みている。


 ユリは立ち上がり、小川の流れを背にして歩き出した。


 「……大丈夫。大丈夫、ユリ」


 小さく、自分に向けて呟く。

 声が震えなかったのは――きっと、あの白い花のせいだ。


 この世界は怖いけれど、美しい。

 その美しさが、彼女の足を前へ進ませていた。


 風が吹いた。

 空は青く、草原はどこまでも続く。


 ――孤独の中に芽吹く、小さな強さ。

 ユリは知らず知らずのうちに、その一歩を踏み出していた。

見ていただきありがとうございます!

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