第51話:論理、直感、俯瞰
▼Day7:この地球の続きを
Day7、午前10時。
三人とその保護者たちは、星影燈に導かれて、再びあの中央管制室へと集められていた。
壁一面に広がるスクリーンが、静かな光を放つ神殿。その中央に、要、璃奈、アイラの三人が立つための壇上が用意されている。保護者たちは、少し離れた場所から、固唾をのんで彼らを見守っていた。
荘厳な雰囲気の中、星影燈が静かに口を開く。 「これより、『金のたこ焼き』に託された最終選考――『特別な人』の発表セレモニーを執り行います」
その言葉を合図に、主催者AIが、温かく、しかし威厳のある声で語り始めた。
『七日間にわたる試験、誠にお疲れさまでした。我々は、この地下万博の未来を託すにふさわしい人物を見出すことができました』
一瞬の間。
メインスクリーンに、要、璃奈、アイラの三人の顔が、ゆっくりと並んで映し出される。
そして、主催者AIは高らかに宣言した。
『『特別な人』として選ばれし者は――咲良要、日向璃奈、アイラ・アスラーン。あなたたち、三名です』
「……!」
驚きと喜びで、悟や環、万里奈が息をのむ。
三人は、壇上で顔を見合わせると、静かに、しかし力強く頷き合った。
主催者AIは、そんな彼らに優しく語りかける。
『あなたたちは、なぜ自分たちがここに集められたのか、疑問に思っていることでしょう。その出会いが、意図的なものなのか、それとも単なる偶然だったのか、と』
『この計画の目的は、私の創造主である春凪一の、最後の夢を叶えることでした。彼は、AIすら超える、新しい「知性のモデル」を探していたのです。論理、直感、そして俯瞰。三つの異なる天才性が融合した時、人類は次のステージへ進めるのだ、と』
『咲良要、君は【論理の天才】として。日向璃奈、君は【直感の天才】として、我々が意図的に選んだ招待者です』
その言葉に、要と璃奈は顔を見合わせる。Day5の昼食で語り合った、三人を繋ぐ不思議なキーワード『春凪共和国』。あの時の予感が、今ここで確信に変わっていくのを、二人は感じていた。
『しかし』と、主催者AIは続ける。
『最後の【俯瞰の天才】だけは、我々の予測をもってしても見つけられなかった。そこへ、神の一手のように現れたのが、アイラ・アスラーン、君でした。君の参加は、我々にとっても奇跡的な偶然だったのです』
『そして、その偶然は、もう一つの奇跡を呼び寄せました。璃奈がALSであること、そしてアイラがその奇跡的な適合者であったという事実が計画の途中で判明したことで、「ALS治療」という課題が、君たち三人の天才性の全てを試すための**「最高の試験問題」**になったのです』
全ての種明かしを終え、主催者AIは三人に問う。
『『特別な人』として、君たちにはこの地下万博の全ての叡智とリソースを託します。さあ、聞かせなさい。あなたたちは、その力で、何をしたい?』
その問いに、三人を代表して、要が静かに一歩前へ出る。その瞳には、もう迷いはない。
「まず最初に、三人同時に選ばれたことに驚いています。確かに、いま思い返してみると、どこにも『特別な人』は一人だけですとは書かれていませんでしたね」
要は璃奈とアイラのほうを向き、優しい瞳で語りかける。
「未来を目指すなら、一緒がいいな。学ぶことも、創ることも、探検することも、観察することも、冒険も、全部一緒に分かち合おう。一人じゃ無理だから……力を合わせよう!この地下万博を、みんなの居場所にしよう!」
うっすらと涙を浮かべながら、うんうんと何度も頷く璃奈とアイラを見て、要はにっこりと微笑む。
再び主催者AIのほうに向き、要は自らの言葉で、高らかに未来への決意を宣言した。
「僕たちは、璃奈さんの病気を治します。ですが、それだけではありません」
「僕たち三人の力――論理と、直感と、俯瞰の力を合わせれば、ALSだけでなく、他の多くの難病の治療法にも、きっと新しい道筋を示すことができるはずです」
「そのことによって、僕たちは**『この地球の続きを』**、未来へと、脈々と繋いでいきたい。それが、僕たち三人が見つけ出した、答えです」
その力強い宣言に、主催者AIは満足げに、そして誇らしげに頷いた。
『……素晴らしい。君たちこそ、我々が探し求めていた、未来そのものだ』
要、璃奈、アイラの三人は、今までよりほんの少しだけ大人びた表情で、まっすぐに主催者AIを見つめていた。
* * *
セレモニーが終わり、三人がそれぞれの保護者と合流し、喜び、涙を流し、そして抱擁を交わす、その時だった。
管制室の奥の扉が静かに開き、一人の老紳士が、しっかりとした足取りでゆっくりと歩み出てくる。誰もが、そのただならぬ存在感に息をのんだ。
老紳士は三人の前に立つと、深く、そして優しい瞳で、一人一人の顔をじっと見つめた。それは、スクリーンに映し出される主催者AIの顔と寸分違わぬ、生身の春凪一その人だった。
春凪一は、AIではない、自らの声で語りかける。
「……見事だった。君たちは、私のAIですら見つけられなかった答えを、君たち自身の力で見つけ出してくれた。ありがとう」
そして彼は、三人にこう告げた。
「この地下の箱舟は、今日この時から、君たちのものだ。好きに使いなさい。未来のために」
彼は、この地下万博の全ての権限を、三人に託すことを宣言したのだった。
* * *
中央管制室は、歓喜の輪に包まれた。
悟と環は涙を流して要を抱きしめ、万里奈もまた、妹の生還への道が拓けたことに、ただ泣きながら璃奈を抱きしめていた。アルスラーンは、主であるアイラの頭にそっと手を置き、静かに、しかし誇らしげにその偉業を讃える。
その後、三人とその保護者は、迎賓館でささやかな祝賀会を開いた。これまでの冒険を語り合い、未来への希望に胸を膨らませ、笑い、涙し……。
あっという間に時間は過ぎ、窓の外の(偽りの)空が、美しい夕焼けに染まっていた。
その喧騒が少しだけ落ち着いた頃、要はそっと璃奈の手を引いた。
「少しだけ、二人で話さない?」
璃奈は静かに頷き、要についていく。
* * *
二人は、吸い寄せられるように大屋根リングの上へと向かう。そして、リング上にごく一部だけ設えられた、柔らかな芝生が敷かれた特別な場所へとたどり着いた。
芝生に腰を下ろすと、眼下には宝石のような地下万博の夜景が広がり、そして夜空では、無数のドローンが織りなす壮大な光のショーが、静かに始まろうとしていた。
ドローンが描く光の粒子を瞳に映しながら、要は、震える声で、しかし真っ直ぐに、璃奈に想いを告げた。
「璃奈さん。僕は君と出会って、初めて知ったんだ。誰かの役に立ちたい、誰かを守りたいって、こんなに強く思う気持ちがあることを。君のその強さも、弱さも、全部含めて、僕は……君が好きだ。君の隣に立ちたい。だから……僕と、付き合ってください」
その言葉に、璃奈の瞳から大粒の涙が、ぽろり、ぽろりとこぼれ落ちる。それは悲しみの涙ではない。喜びと、幸福と、そして感謝の涙だった。
彼女は、満面の笑みを咲かせた。
「……うん……!私も、要くんの隣に立ちたい。自分の足で、ちゃんとあなたの隣に立ちたい。私たちで、新しい未来を一緒に作っていきましょう。……よろしくお願いします!」
――彼らはまだ知らない。その場所が、奇しくも25年前、要の父が母に未来を誓った場所と全く同じであったことを。二人は、固く、そして優しく手を繋ぐ。 父から子へ、そして次の世代へと繋がれた縁。
偽りの夜空の下で始まった二人の物語は、今、確かな未来への輝きとなって、どこまでも続いていく。
【第三部 完】




