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いのちの続きを、この地下で ~地下1,000mの大阪万博で出会った君は、アンドロイドの体で僕に微笑んだ~  作者: 春凪一
第一部

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第4話:ようこそ、地下万博へ

やがて列車が静かに停止し、扉が開くと、そこは25年前と寸分違わぬ、万博開催当時のままの夢洲駅だった。未来的ながらも、どこか懐かしい空気が漂っている。



改札へと向かう通路沿いには、巨大なLEDビジョンが設置されており、画面の中では万博イメージキャラクターのミャクミャクが「買って!買った?買ったよね?」と、お土産の購入を元気よく、しかし少し圧が強めにせがんでいた。



「うわー、このLEDビジョン、めちゃくちゃ懐かしいな!2050年の今だったら、こんなに大量のLEDチップは使わずに空間ディスプレイで済ませるんやろうけど、当時はまだLEDが全盛だったからな。これ、高さ3メートル、幅55メートルもあるんやで」


悟は今から25年前の2025年当時、まだ学生だったときに、大阪関西万博でアルバイトをしていたのだ。久しぶりの元職場に興奮が止まらない。なお、妻の環と初めて会ったのも万博会場なのだが、そのお話はまたいずれ。


悟が少年のように目を輝かせ、嬉々として解説を始める。その説明を聞きながら、要は少し考えて質問を返した。


「そんなに広い面積だと、発熱がすごいんじゃないの?LEDって、たしか熱に弱いんだよね?」


「そやね。LEDの素子そのものより、駆動させるコントローラーが熱に弱いのはその通りや。でも、この巨大ビジョンに関しては、在職中に大きなトラブルがあった記憶はないなあ。きっと、うまいこと冷却できていたんやろな。……その代わり、改札機の真上にあったLED画面は、半年くらいで酷い画面焼けを起こしてたように思うわ。まあ、あちらは小さいから、すぐにパネルごと取り替えて元通りになってたけど……閉幕直前には、また画面焼けを起こしてたと思うわ」



そんな会話を交わしながら、二人は夢洲駅の改札を通り、広くて天井の高いホールに出る。目の前の巨大な壁には、古代ローマ人のような風貌の人気俳優がお茶碗を手にして微笑んでいる。長い長い階段の左端にあるエスカレーターで地上階へと向かい、エスカレーターから降りると、待ち構えていたのか、すうっと滑るように一体の案内ロボットが近づいてきた。



「咲良悟さま、咲良要さま。ようこそお越しくださいました。ここから自動運転EVバスにご乗車いただき、西ゲートよりご入場いただきます」



悟と要は、案内ロボに促されるままに純白のEVバスに乗り込む。他の参加者たちも、別のバスへと案内されているようだ。要たちが座席につくと、バスは音もなく、すうっと滑らかに発進した。



車窓の景色が動き始めたタイミングで、案内ロボが再び口を開く。


「バスでの移動中に、今回の企画の主催者からの伝言をお伝えします」


ロボットは淡々と、しかし明瞭な声で告げた。


「ようこそ、地下万博へ。ここは、2025年の日本国際博覧会を後世に伝えるべく、地下に再構築された特別な空間です。会場は、基本的には2025年当時の姿を忠実に再現しておりますが、展示物における技術的な革新があった場合、その都度、最新のものへとアップデートされています。すなわち、今お二人が目にされるものこそが、2050年現在の世界の最新技術とお考えください」


「また、皆様の安全と、当プログラムの公正な評価のため、皆様の発言、行動、及び生体反応をリアルタイムでモニタリングさせていただきます。ご了承いただける場合はこのまま会場へお入りください。ご了承いただけない場合は、案内ロボにその旨をお伝えくだされば、夢洲駅へただちに引き返します」


悟と要が住んでいる国では、住民の生体反応をリアルタイムでウォッチする場面が数多くある。学校での定期試験や公共交通機関で移動する際などに、不正防止と安全確保のために、特に何も意識させられることなく実施されているのだ。生体反応の提供が日常である2人は、お互いに『特に問題ないよね?』と言葉を交わす。


案内ロボが2人の会話をキャッチして、説明を続ける。


「すべてのパビリオン、およびイベントが自由に入場できるようになっておりますので、まずは、どうぞご自由に会場内を散策し、この空間をお楽しみください。その中で、私どもから都度、皆様の知性と人間性を問う、いくつかの課題や依頼を出させていただきます。皆様の健闘を期待しております」


「「なるほどね。何となく理解できた」」


父と子は、顔を見合わせて頷いた。



「うーん、しかし」


悟はバスの車内に目を向けながら呟く。


「たしか万博開催当時は、自動運転のバスにも人間の運転手が乗っていたはずなんやけどな……」


悟が座った位置からは、運転席に誰も座っていないように見えた。気になった彼はそっと席を立ち、運転席を覗き込む。


「うわっ!ロボットがおったんか!びっくりした……」


そこには、体長50センチほどの小さな人型ロボットが、ハンドルの上に手をかざしてちょこんと座っていた。


「そういえば、当時も自動運転バスの運転手は、非常時のために乗ってはいるけど、何もない時はただ座ってるだけやったな」


2050年の今となっては、非常時の制御も全てAIに任せるのが普通であり、物理的なロボットを運転席に置く必要はない。これもまた、当時を忠実に再現しているということなのだろう。



バスは、美しい海岸沿いの道を、時速80キロほどの速度ですいすいと進んでいく。


「あれ?やけに早くないか?当時のバスって、眠くなってしまうくらいの超安全運転で、時速20キロくらいだったと思うんやけど」


悟が首を傾げると、要が間髪入れずにツッコミを入れた。


「お父さん、そりゃ技術の進歩で高速になってるんじゃない?時短だよ、時短。せっかくの最新技術なんだから」



そんなことを言っている間に、バスはものの5分ほどで西ゲート横の停留所に到着した。


* * *


西ゲート横の停留所でバスを降りた二人は、案内ロボに先導されて入場ゲートへ向かった。25年前の記憶では、この先は手荷物検査の長い列と、大勢の来場者でごった返していたはずの場所。しかし今、そこにいるのは今回の招待者たちだけで、辺りは静寂に包まれている。


「西ゲートか……。25年前は、ここから入るのに1時間待ちなんて日もあったんやで。それに、朝一番の時なんか、いい歳をしたオッサンやオバハンが、目を血走らせて他の人の迷惑を顧みずに我れ先にと押し合いへし合いしててん。ほんまにあれは醜い光景やったわ。今は……静かなもんやな」


悟が誰に言うでもなく呟く。


「さらに言うと、東ゲートの状況もとても酷くて、朝の5時39分に夢洲駅に到着する始発列車のドアが開いた瞬間、ホームから階段、駅の出入り口から大階段、東ゲートの朝イチ待機場所まで全力疾走する人が後を絶たんかったらしい。早く待機場所に着いたら、会場が開場した時に早く入場できる。ははは、ダジャレちゃうで!会場が開場!(笑) えー、つまり、早く入場できたら、行きたいパビリオンに入れる可能性が高くなる、ということやな。人気のあるパビリオンは、めちゃめちゃ並んでたからな。その並びの先頭近くに並べるというわけやわ。いい歳をしたオッサンやオバハンが走るもんやから、転けたり、他の人にぶつかったりして、怪我をする人が多かったらしいわ。朝の早よから何やってんねん。そう言うのはホンマにあかんと思うわ。まあ、お父さんは朝イチ運動会に参加したことはないから、聞いただけやけどな」


悟がやれやれと言う顔で呟く。


「そう言えば、その話とはまったく関係ないんだけど、お父さん、大阪に近づくにつれて関西弁が出てくる割合が増えてきてるよね。もともとイントネーションは関西弁風が多いんだけど、大阪からの距離に応じて純度がアップする感じ。今、この大阪ゼロ距離の地下万博での関西弁が純度100パーセントってことかな。すごく興味深いね!」


「ええっ?そうかな?気にしたことなかったわ。それ、面白い発見やな!」


悟は節度ある人物だが、時としてネガティブに聞こえてしまうようなロジックで発言することもある。その言葉を誰かにぶつけるということがあるわけではないのだが。一方の要は、一見ネガティブなロジックに見える発言を聞いたとしても、じっくり観察してポジティブさや面白さを発見し、その場の会話そのものをポジティブに変えてしまう。次世代の超ポジティブ思考である。


* * *


二人は、がらんとした西ゲートの改札を抜ける。


「要、左を見てみ。あれが、この万博の象徴やで」


促されるままに、要は左手、150メートルほど先に視線を向けた。


そこに、あった。


一枚板のように滑らかで、どこまでも続く巨大な木の壁。上を見上げれば、その壁は緩やかなカーブを描きながら、遥か頭上を覆う屋根となっている。下を見れば、同じく巨大な柱に支えられ、大地に根を張っている。それが、延々と、視界の許す限り続いている。


「………うわ……」


要は、思わず足を止めた。息を飲む。


感受性の鋭い彼の脳が、目の前の光景のスケールを理解するのに数秒を要した。写真や映像で何度か見て知っているはずだった。だが、違う。全く違う。木材の一つ一つの木目が見えそうなほどの解像度で迫ってくる、この圧倒的な存在感と巨大さ。空を覆い、大地を区切る、全長約2キロメートルの世界最大の木造建築。それが今、自分のためだけに存在しているかのような静寂の中で、目の前にある。


「すごい……。これが……大屋根リング……。写真で見たのと、全然、違う……」


ようやく絞り出した声に、悟は満足そうに頷いた。


「そうやろ?こればっかりは、この場に立たんと分からんねん。このリングが全部繋がって、一つの巨大な円になってる。その途方もないスケール感が、人の心を震わせる。25年前、誰もがこれを見て、要と同じように言葉を失ったもんや」


父の言葉を聞きながらも、要はしばらくの間、ただ呆然と、その奇跡のような建築物を見上げ続けることしかできなかった。

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