第48話:坂道の誓い
燃えるような赤色のダイニングルームを出た後、三人の間には重い沈黙が流れていた。重い沈黙を破ったのは、要だった。
「……少し、夜風にあたらない?」
三人は迎賓館の正面玄関から外へ出ると、すぐ近くにある『レイガーデン』の坂道へと、吸い寄せられるように向かった。
ライトアップされた緑の中、つづら折りの坂道を、三人は言葉少なにゆっくりと登っていく。頂上付近まで来ると視界が開け、間近に迫る大屋根リングの巨大な木組みと、その向こうに広がる、偽りの静かな夜の海だけが見えた。眼下に広がるはずのパビリオンの喧騒からは完全に切り離された、特別な空間だった。
その静かな海を前に、璃奈が「3年……5年……」と、か細い声で呟き、その場に泣き崩れそうになる。
その瞬間、アイラがその手を、要が反対の手を、無言で、しかし力強く握った。
アイラが、夜景を真っ直ぐに見据えながら、静かに、しかし力強く言う。
「この場所の全てが、私たちの味方よ。使えるものは、全て使う。それだけよ」
その言葉を聞き、要は隣で震える璃奈の手を、一度、より強く、ぎゅっと握りしめた。
(大丈夫。昨日の約束は、必ず守るから――)
言葉には出さない、しかし確かなその想いが、繋がれた手を通じて璃奈に伝わっていく。
三人はしばらくの間、手を繋いだまま、眼下の景色を見つめていた。言葉はなくとも、「一人じゃない」「三人で乗り越える」という決意を共有し、静かに頷き合う。
やがて、三人は迎賓館へと戻り、エレベーターの前で、それぞれの部屋へと静かに別れた。
* * *
【Day5・夜:中央管制室】
中央管制室のメインスクリーンには、レイガーデンの坂道で手を繋ぎ、静かに夜景を見つめる三人の姿が映し出されていた。
その様子を、星影燈はどこか苦しそうな表情で見守っていた。
「……彼らに、あまりにも過酷な運命を背負わせてしまいましたね」
その呟きに、主催者AIが静かに、しかし断固として応じる。
『いいえ、違います。我々は、彼らが自らの手で運命を掴み取るための『問い』を提示しただけです』
その声には、絶対的な信頼が宿っていた。
『……あの子たちなら、必ず答えを見つけ出すと、私は信じています』
* * *
[璃奈の部屋]
部屋に戻った途端、張り詰めていた糸が切れ、璃奈はベッドに突っ伏して泣き崩れた。
「どうして……やっと光が見えたと思ったのに……!うわぁぁぁん!」
万里奈は、そんな妹の震える体を、何も言わずに強く抱きしめる。そして、嗚咽が少しだけ収まった頃を見計らって、力強く語りかけた。
「思いっきり泣き。でもな、璃奈。3年から5年って、ゼロとは違うんやで。それは、私たちがずっと探し求めてきた『戦うための時間』や。絶対に、無駄にしたらアカン」
泣きながら、無言で何度も「うん、うん……」と頷く璃奈。
姉の、医療を志す者の力強い言葉が、璃奈の心に温かい光を灯した。
[要の部屋]
部屋に戻ってから、要は一言も発さず、窓の外に広がるオレンジ色の大屋根リングをじっと見つめていた。その小さな背中が、何かとてつもなく重いものを背負っていることを、父である悟は敏感に感じ取っていた。
悟は深くは追求せず、ただ静かに息子の隣に立つ。
「……要。要がもし、どうしようもなく難しい決断を迫られた時はな、一番『誠実』な道を選ぶんやで。たとえそれが、一番しんどい道やったとしてもな」
父の言葉に、要は黙って、しかし強く、一度だけ頷いた。
[アイラの部屋]
ベッドに入ったアイラは、天井を見つめながら、アルスラーンに静かに問いかけた。
「ねぇ、アルスラーン。友達のために何かをするのって、どうしてなのかな」
「それは、アイラ様。心理学的には、共感性や利他行動に分類され、生物学的には……」
アルスラーンが論理的に答えようとすると、アイラはそれを遮るように、ふふっと小さく笑った。
「ううん、いいの。……ただ、明日、私が何をすべきなのかは、もう分かっているから」
その8歳とは思えない、達観した横顔を、アルスラーンはただ静かに見守っていた。
小さき天才の中で、璃奈を救うという決意が、もう固く、固く結ばれていた。




