第42話:ごめん、ありがとう
スクリーンには『推定完了時刻:AM 06:30』という表示が灯り、二つのプログレスバーが、静かに、しかし力強く伸び始めた。
緊張の糸が切れ、三人にどっと疲れが押し寄せた。アイラは近くのソファで丸くなり、すぐにすぅすぅと寝息を立て始める。要も、壁に寄りかかったまま、こくり、こくりと舟を漕いでいた。璃奈だけが、安堵と期待と不安が入り混じった表情で、スクリーンをじっと見つめている。
その様子を、燈は母親のような優しい眼差しで見守っていた。彼女はどこからかブランケットを持ってくると、三人の肩にそっと掛けてあげる。
夜明けが近づき、管制室の外を示すモニターが、少しずつ白み始める頃。主催者AIが再び静かに語りかけた。
『……結果は、君たちが目覚める頃には出ているでしょう。Day5は、君たちのための強制的な休息日とします。いいね?これは、主催者としてではなく、君たちの未来に期待する一人の老人からの命令だ』
* * *
「私が、皆様を各お部屋までお送りします」
燈はそう言うと、まずアルスラーンに、ソファで完全に眠ってしまったアイラを運ぶようにお願いした。アルスラーンは、主である少女をまるで羽毛のように軽々と、そして優しく抱きかかえる。
次に燈は、壁に寄りかかったまま、もうほとんど意識がなさそうな要の隣に立った。
「咲良くん、聞こえる?肩を貸すから、もう少しだけ頑張って」
「……ん……はい……」
要は、朦朧としながらもなんとか頷くと、その体を燈に預けた。
「……」
その光景を、璃奈は少しだけ離れた場所からじっと見つめていた。
(……いいなぁ)
自分はまだ、なんとか自力で立っていられる。それは、この高性能な義体のおかげだ。嬉しいはずなのに、今だけはその頑丈さが少しだけ恨めしい。
燈の肩に、安心しきったように身を預ける要の姿。それを見ていると、胸の奥が、ちりちりと小さく焦げるような感覚がした。
璃奈は、そんな自分の感情に気づかないふりをしながら、黙って二人の後ろをついて歩き始めた。
職員用の特別なエレベーターへと向かう、短い廊下。
その途中、燈に支えられていた要が、ふと顔を上げた。ぼんやりとした視線で、自分のすぐ隣にある美しい銀髪を捉える。
「……あ、……りな、さん……?」
その、夢うつつに紡がれたような、か細い声。
「……ごめん、……ありがとう……」
その言葉を聞いた瞬間、璃奈の胸の奥で焦げていた小さな何かが、すっと消えていくのが分かった。
嫉妬も、羨望も、全てが溶けていく。代わりに、温かい光が心の隅々までを満たしていく。
それまで、どこか拗ねたように床を見つめていた璃奈の瞳に、再び、強い輝きが戻っていた。
やがて一行はエレベーターに乗り込み、扉が静かに閉まる。
誰も口を開かない、穏やかな沈黙。
その中で璃奈は、先ほどとは全く違う幸せな気持ちで、要の横顔をそっと見つめていた。




