第40話:あなたたちは、どうしたい?
要は、意を決してその重々しい扉を押した。
不思議と、扉には鍵がかかっていなかった。まるで、彼らが来るのを待っていたかのように、吸い込まれるように、静かに扉が開く。
扉の先に広がっていたのは、神殿、とでも呼ぶべき空間だった。
壁一面、いや、床から天井に至るまで、この地下万博の森羅万象を映し出す無数のホログラムスクリーンが、星々のように瞬いている。そして、その中央に、星影燈が一人、静かに立っていた。
「……あ」
要の口から、安堵の息が漏れる。
(主催者の人だ。知っている人で、よかった。怖い人が出てきたらどうしようかと思った……。まあ、誰が出てきても、やることは変わらないんだけど)
燈は、怒るでもなく、呆れるでもなく、まるで長い冒険の末に巣へと帰ってきた雛鳥たちを迎える親鳥のように、穏やかに、そして少しだけ、誇らしげに微笑んでいた。
「――よく、ここまで来られましたね」
その、あまりにも優しい歓迎の言葉に、逆に、要はぐっと表情を引き締めた。
「でも、僕たちは、夜間外出禁止というルールを破りました。僕たちは、退場、なのでしょうか?」
その時、部屋全体を、温かい光と共に穏やかな声が包み込んだ。主催者AIの声だ。
『……確かにそうだ。しかしそのルールは、我々主催者側が、君たちの安全のために一方的に決めたものに過ぎない。もし、君たちの行動の根拠が、私たちの想像を超え、真っ当で、未来にとって真に有益なものであり、我々を納得させることができるのであれば――そのルールを、君たちの手で上書きすればいい』
主催者AIは続ける。
『事実、私もかつて、日本という国のルールを上書きして、春凪共和国を創ったのだから』
その言葉に、三人の迷いは、完全に消え去った。
要が一歩、前に出る。その瞳には、もはや恐怖の色はない。対等な交渉相手として、要はこの世界の「神」と対峙する。
「そもそも、あなたがたは僕たちをここへ導きました。パソナ館にあった、『謎になっていない謎』のメモで」
燈の目が、わずかに泳ぐ。
「つまり、ここに到達することが、璃奈さんの治療法の最後のピースを埋める鍵なのだと、僕たちは考えました」
その瞬間、三人の間に不思議な一体感が生まれた。
ここまで来る間、彼らは作戦について打ち合わせる時間など、ほとんどなかった。だが、今、この場で、三人の思考は言葉を交わさずとも、一つの結論へと収束していく。
要が口火を切ると、アイラが即座に思考を引き継ぎ、そして、璃奈がその意図を完璧に理解して、次なる言葉を紡ぎ出す。
まるで、三つの楽器が互いの音色を聞きながら、一つの美しいメロディーを奏で始めるように。調和し、共鳴していく。
アイラがその言葉を引き取った。
「そう。私たちに足りていないのは、シミュレーション。膨大な計算リソースを必要とする、複数のシミュレーションなのよ」
要がさらに続ける。
「そして、そのリソースは、この地下万博に存在する!時間帯によってAIの稼働リソースは増減し、日次のメンテナンスが終わった、まさに今の時間帯なら……!」
最後に、璃奈が確信を持って言い放った。
「……この地下万博を管理するAIに、膨大な空きリソースが発生する!」
三人の完璧な連携と思考速度。それはもはや、子供のそれではない。
主催者AIは、楽しそうに、そして感心したように息を呑んだ。
『……やれやれ。そこまでお見通しでしたか。私から言うことは、何もなさそうですね。……燈ちゃん、どう思うかね?』
燈はにっこりと満面の笑みを浮かべると、三人に最後の問いを投げかけた。
「ええ。……仮にそのリソースについての考えが正解だったとして、あなたたちは何をどうするつもり?」
その問いは、まるで子供たちの夢を聞くような、どこまでも優しい響きを持っていた。
「――あなたたちは、どうしたい?」
その問いに、まず璃奈が震える声で、しかしはっきりと答えた。
「第一に、私の遺伝子情報から病気の原因となっている異常遺伝子の活動を特定し、それを停止させるための最適なRNAi配列を設計するシミュレーションを実行したいです」
次に、要がその言葉を力強く引き継いだ。
「そして第二に。失われた神経細胞を再構築した後、それを既存の神経網へ完璧に再接続するための、未完のシミュレーションを完成させたいんです!」
そして最後に、要はこれが自分たちだけのエゴではないことを、この世界の「神」に真っ直ぐな瞳で訴えかける。
「この治療法の確立は、璃奈さん一人だけのためではありません。これは、同じ病気に苦しむ全ての人々にとっての、未来への**『試金石』**になるはずです。そして、僕たちは信じています。この『原因を特定し、ピンポイントで止める』という考えかたは、ALSだけでなく、他の多くの難病治療にも応用できる新しい道筋になる、と!」
三人は、揃って深々と頭を下げた。
「「「お願いします!!!」」」
その真摯な声は、静寂の神殿に、未来への祈りとなって力強く響き渡った。




