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いのちの続きを、この地下で ~地下1,000mの大阪万博で出会った君は、アンドロイドの体で僕に微笑んだ~  作者: 春凪一
第二部

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第36話:何よりの宝物

パソナ館へ戻ってきた三人。


三人が再び『展示対象外』と書かれた扉の前に立つと、前回と同じ案内ロボットが、静かに彼らを待っていた。


ロボットは、三人が住友館で「泉屋翁いずみやのおきな」と会ってきたことを、すでに理解している。そして、パスワードを求める代わりに、静かに、しかし厳かにこう問いかけた。


「住友の森の賢者は、君たちに『未来を開く言葉』を託したはずです。この扉の先へ進む資格を、今、ここで、あなた自身の言葉で示してください」


それは、単なるキーワードを唱えるだけの試験ではない。住友館での対話を経て、彼らがその言葉の「意味」を本当に理解したかどうかが問われるのだ。


まず、要が論理的な思考で口火を切った。


「まず、進むべき道を示す、間違いのない**『完璧な設計図』**が必要です」


次に、アイラがその設計図を形にするための、物質的な必要条件を述べた。


「そして、その設計図を形にするための、一切の欠点がない**『最高の素材』**がなくてはなりません」


最後に、璃奈がその二つだけでは足りない、最も重要な要素を付け加える。


「でも、それだけじゃダメ。それを使って未来を創りたいと願う、強い**『意志』**が必要なの」


「設計図(論理)」「素材(物質)」「意志(心)」。


三人の答えが一つになった時、ロボットは深々と一礼した。


「……確認いたしました。あなた方は資格をお持ちです」


その言葉を合図に、『展示対象外』と書かれた扉が、重々しい音を立てながら、静かに、そしてゆっくりと開いていった。


* * *


扉の先は単なるデータ保管庫ではなかった。そこは、2020年代当時、ES細胞と遺伝子治療の権威であった一人の天才科学者の研究室が、機材やメモに至るまで完璧に再現・保存された空間だった。


壁には、彼の研究理念が掲げられている。「病の『進行を止める』だけでは不十分だ。失われた機能を『取り戻す』ことこそが、真の医療である」と。


三人が中央のコンソールにアクセスすると、その科学者が生涯をかけて研究していたデータが姿を現す。


「すごい……」璃奈が専門家としてデータの核心部分を即座に理解する。「これ、ALSの原因遺伝子の活動だけをピンポイントで停止させる、カスタムRNAi配列の設計データよ!これさえあれば、理論上、病気の進行を完全に止められる……!」


「待って。進行を止めるだけじゃない」要が戦略家として散らばった研究データを繋ぎ合わせ、治療の全体像を構築していく。「こっちのデータは、ES細胞を使って、損傷した神経細胞を新しく作り出すための……まさしく、失われたものを取り戻すための研究だ。つまり、治療は二段階で行われるんだ!」


しかし、アイラがその鋭い観察眼で、計画の決定的な欠陥を見つけ出す。


「いいえ、まだ不完全よ。見て、ここの部分。新しく作った神経細胞を、既存の神経網に**『再接続』**するための最終工程。ここのシミュレーションデータが、未完のままになっているわ」


三人が詳しく調べると、天才科学者が残した最後のログが見つかる。「この再接続シミュレーションを完成させるには、今(2020年代)の世界最速のスーパーコンピューターを、不眠不休で100年稼働させるのに匹敵する、膨大な演算能力が必要だ……」。


* * *


その時、要がコンソールの傍らに置かれた一枚のメモに気がついた。科学者の筆跡とは明らかに違う、どこか見覚えのある美しい文字。


「26時00分、警備システムメンテ開始。26時45分、ミャクミャク像、尻尾の目玉、三体同時押下……」


「なんだこれ……」要は呟く。「また、謎になっていない謎だ。これは謎解きじゃない。やるかやらないかの、ただそれだけだ。時刻から考えても、夜間外出禁止のルールを破るかどうかってことなんだろうね」


「バレたらそこで試合終了でしょ?やる意味があるのかしら……」


璃奈の不安げな声に、アイラはきっぱりと言い放った。


「バレても命までは取られないでしょう?そもそも、これをやらなかったら今までの生活と何も変わらない。むしろ、成功した時に得られるものは璃奈の治療に繋がる可能性そのもの。やらない理由はないわ。……それに」


アイラは、二人の顔をまっすぐに見つめて微笑んだ。


「もしバレて退場になったとしても、この三人が出会えたことは、何よりの宝物として永遠に残り続けるわ」


その言葉に、要と璃奈の目に強い光が宿る。


「……よし。今夜、決行しよう。璃奈さんもそれでいいね?」


「……うん」


「じゃあ、作戦をまとめる。26時に警備システムのメンテナンスが入る。警備が甘くなったその隙に、会場内にある三体の大きなミャクミャク像へそれぞれ移動する。そして、26時45分に、尻尾の目玉を同時に押す。迎賓館からの距離を考えると、アイラは東ゲートの正座ポーズ、璃奈さんは西ゲートの歩きポーズ、僕が一番遠い、くら寿司の近くの寝転びポーズを担当するのが妥当かな」


「念のため、スマートフォンの時計が、秒単位で合っているか確認しましょう」


「あ!スパイ映画でよく見るやつね」


「ふふ、そうね」


三人はスマートフォンを突き合わせ、時計の秒針が寸分の狂いもなく時を刻んでいることを確認する。


「そうだ!このタイミングで、お互いの連絡先も交換しておこうよ」


作戦のためという大義名分のもと、要が二人の連絡先を手に入れたことに彼自身が気づき、顔を赤らめるのは、もう少しだけ後の話である。


* * *


[アイラの部屋]


深夜26時。アイラはそっと布団から抜け出す。その微かな気配を察知し、闇の中でアルスラーンの目が静かに開いた。


「アイラ様、どちらへ?」


「作戦決行よ。行ってくるわ」


「わたくしもお供いたします。謎解き以外のことなら、お役に立てるかと」


「……わかったわ。一緒に行きましょう。目的地は、東ゲート近くのミャクミャク像よ」



[璃奈の部屋]


台湾にいる璃奈の意識が、迎賓館で眠る義体に静かな命令を送る。


(猫足モード、起動)


義体の駆動系が、超高精度のサイレントモードへと移行する。動作音も、床を踏む足音も、完全に消失した。ベッドでぐっすり眠る万里奈を起こさないよう、璃奈はすうっと影のように部屋を出る。そして、扉が閉まる直前、小さく呟いた。


「……万里姉ちゃん、行ってくるにゃん」



[要の部屋]


「じゃあお父さん、行ってくる」


「おう。気をつけて行くんやで」


ベッドの上で、悟は眠い目をこすりながらも、息子に力強い視線を送る。


「まあ、何かあったとしても、この地下万博の中やったら命までは取られへんやろうから安心やけどな」


「そうだね。もしも退場になっちゃったら、ごめんね」


「ははは、何いうてんの。その時は関西観光に切り替えやな。要が『やる必要がある』と思ったんやろ?最後まで諦めずに頑張るんやで」


「……うん!お父さん、ありがとう!」


父の言葉を胸に、要もまた、静かに部屋の扉を開けた。


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