第27話:ナイショのはなし
「そうなの。だから、次はきっと『な』だけなのよ!」
「「「あははは!」」」
三人は、他愛もないお喋りをしながら、西ゲートの手前を歩いていた。その時、璃奈の青い目がきらりと光り、左手前の店へと駆け出した。
「ねぇねぇ、二人とも!これ食べようよ!」
璃奈が指差す先には、『神戸養蜂場 巣蜜ソフトクリーム』の看板。真っ白なソフトクリームの縁に、黄金色のブロックがちょこんと乗った写真が、抗いがたい魅力を放っていた。蜂が巣に蜜を貯めた自然の状態そのままの「巣蜜」が、角砂糖ほどの大きさで添えられているのだ。
「うわ、美味しそう!」
「本当ね、食べてみたいわ」
三人は早速ソフトクリームを注文する。受け取った実物は、写真以上の夢のようなスイーツだった。ソフトクリームが入っているカップがコーンでできていて食べられる、それだけでなく、なんとスプーンまでサクサクのコーンでできている。台紙以外は全て食べられる、まるでお菓子の国の物語から飛び出してきたかのようだ。
テイクアウトした三人は、歩きながら早速一口。ジュワッと広がる濃厚な蜂蜜の甘みと、冷たいソフトクリームの組み合わせがたまらない。
「歩きながら食べるなんて、お行儀が悪いわ。アルスラーンが見ていなくて良かった」
アイラはそう言いがらも、初めての「食べ歩き」という体験に、瞳をキラキラと輝せている。
「アイラ、こけちゃダメだよ。手、繋いであげようか?」
璃奈が姉のような口調で言うが、その両手はソフトクリームのカップとコーンのスプーンで塞がっている。
「こけないわよ!それに、璃奈は繋ぐ手がないじゃない(笑)。私もないけど!」
アイラの的確なツッコミに、三人の間にまた笑いが起こる。
西ゲートの端のほうに設置されたゴミ箱に、巣蜜ソフトクリームの台紙をそっと捨てる。
両手が自由になった璃奈が、隣を歩くアイラの小さな手を、ごく自然にきゅっと握った。驚いたように少しだけ目を見開いたアイラだったが、すぐに嬉しそうに、その手を握り返す。
繋がれた手を見ながら、アイラはふと、璃奈の手を不思議そうに、しかし誰にも気づかれないように、ほんの一瞬だけチラリと見た。
やがて二人がたどり着いたMATSURI広場では、賑やかな音楽と割れんばかりの歓声が、三人を歓迎するように包み込んだ。
広場に設置された巨大なステージでは、カラフルな衣装に身を包んだ日本のアイドルグループが、ライブパフォーマンスを繰り広げている。初めて見る光景に、アイラは完全に心を奪われていた。
「わっ!なんなの、この子たち!すごく可愛い衣装で、歌って踊っているわ!」
「アイドルだよ。日本では昔からある文化なんだ」
要が、アイラに分かるようにゆっくりと説明する。
「歌やダンス、それと『カワイイ』でお客さんを楽しまるのがお仕事で、この子たちは7人組で一つのグループとして活動しているんだ」。
「へぇぇ、興味深いわね。ということは、彼女たちは職業として、これを?」
アイラは真剣な表情で、何かを思考している。
「でも、人間はいつまでも若くはいられないわ。今の姿のまま、ずっと活動を続けるわけにはいかないんじゃないの?」
8歳の少女が口にするには、あまりに鋭く、本質を突いた問いだった。
「そうだね。だから、別の道として、バーチャル世界でのアイドル活動というものもあるんだ。VRワールドで自分のアバターを使って、ずっと変わらない姿で活動している人もいるよ」
「それなら、少なくとも外見は変化しないわね。……でも、今の技術なら、リアルでもできそうだけれど」
アイラはそう小さく呟くと、ステージのほうへてくてくと歩いていき、最前列で、食い入るように彼女たちの歌と踊りを見つめ始めたのだった。
* * *
日本のアイドルたちがステージで3曲目を歌い終え、息を弾ませながら深々とお辞儀をするのを見届けると、アイラは満足そうに小さく頷いた。
「ありがとう。楽しかったわ。そろそろ、次の場所へ向かいましょうか」
初めて触れる文化への好奇心が満たされたのか、その横顔はどこか誇らしげですらあった。
璃奈とアイラは再び手を繋ぎ、三人は次の目的地であるパソナ館へと歩き始める。道中、要がずっと気になっていたことをアイラに尋ねた。
「アイラは日本語がとても上手だけど、どうやって勉強したの?」
「一緒に来ているアルスラーンに教えてもらったのよ」
「えーと?保護者の……お父さん?」
「ううん。保護者よ」
アイラはそこで一度言葉を切ると、いたずらっぽく微笑んだ。
「アルスラーンはアンドロイドなの。お父さんでもあり、お母さんでもあり、先生でもあり……一言でいうなら、私の家族ね」
「えっ、アンドロイドだったんだ!全然気づかなかった、生身の人間だと思ってたよ!すごいな!」
要が素直な驚きの声を上げる。しかし、アイラの反応はごく穏やかなものだった。
「そう?私は5歳の頃からずっとアルスラーンと暮らしているから、特に凄いとか、そういう感情はないわ。生身の人間と、それほど変わらないもの」
「なるほど、そういうものなんだね。……ところで、日本語の他には何語が喋れるの?」
「日常会話程度だけど、英語、ロシア語、北京語、台湾華語、スペイン語、ドイツ語、ってところかしら。あぁ、あとトルコ語ね」
8歳の少女の口から、こともなげに語られる言語の数々。その言葉に、隣を歩いていた璃奈がぱっと顔を輝かせた。
「ほんと!?私も台湾華語は喋れるよ。今天很有趣!偶像很可愛!(今日は楽しいね!アイドルもかわいかった!)」
「うふふ。……要は、台湾華語は分かるの?」
アイラが、小悪魔のような瞳でちらりと要を見る。
「いや、全く。日本語と、学校で習ってる英語なら分かるよ」
要が苦笑しながら答える。それを確認すると、アイラは繋いでいた璃奈の手を、きゅっきゅっ、と悪戯っぽく握り、内緒話をするように台湾華語で囁きかけた。
「莉娜的身體和阿爾斯蘭一樣,是人造人吧?(璃奈の体は、アルスラーンと同じアンドロイドなんでしょう?)」
「哈哈哈,原來你被發現了啊。沒錯,我的本體在台灣的醫院(あはは、バレちゃったか。そうよ。生身の体は台湾の病院にあるの)」
璃奈が驚くでもなく、楽しそうに答える。アイラは、納得したように頷くと、要の横顔をちらりと見ながら、もう一度尋ねた。
「你要保守這個秘密嗎?(それって、秘密にしてるの?)」
「這不是什麼秘密,但我也不會主動這麼做(別に秘密じゃないけど、自分から積極的に言うことでもないかなって思ってるよ)」
「嗯。我明白了。我會對要保密的。(ふぅん、分かった。要には黙っておくわね)」
台湾華語での短い会話を終えると、二人は示し合わせたように、パチッと片目をつぶってウインクを交わした。
「「???」」
何が起きているのか全く分からない要は、ただ首を傾げることしかできない。
そんな彼の戸惑いを打ち消すかのように、目の前に、先ほど前を通り過ぎた時もひときわ奇妙な形をしていると思っていた、パソナ館が姿を現した。間近でじっくりと観察すると、その印象は全く違うものに変わった。
「遠くから見た時は、ただ変わった建物だなって思ったけど……なんだか、生きているみたい」
璃奈が呆然と呟く。
目の前の地面に横たわるのは、巨大なアンモナイトか巻き貝か、あるいは未知の軟体生物か。白く、柔らかそうな膜で覆われた胴体は、注意深く見ていると、まるでゆっくりと呼吸をしているかのようにも感じられた。
「奇妙で……それでいて、どこか愛嬌のある形ね」
アイラが冷静に分析する横で、要がその建物の最も不思議な点を指差した。
「見て。あそこ。さっき通り過ぎた時も思ったけど、やっぱり鉄腕アトムが座ってる」
白い巻き貝の長く伸びた先端『殻頂』には、日本の誇るヒーロー、初代の鉄腕アトムがちょこんと腰掛け、遥か彼方を指さしている。
「生命」そのものをテーマにしたというその建物は、無機質な建築物というより、一つの巨大な「生き物」として、三人の前に静かに横たわっていた。
「さあ、着いたよ!次は僕が行きたいって言ったパソナ館だね。この『生き物』みたいな建物の中で、確かiPS細胞を使った面白い展示をやっているはずだから、楽しみだな!」
「「わーい!入ろう入ろう!」」
璃奈、アイラは、今交わした秘密を胸にしまい込み、何事もなかったかのように、元気よく声を揃えるのだった。




