第26話:トリオあるいはスクワッド
【第二部】
▼Day3:保護者お休みDay
要と璃奈、そしてアイラは、北欧館のカフェ『The Nordic Food Bar』でモーニングプレートを楽しんでいた。ライ麦パンとゆで卵に、チーズやヨーグルト&グラノーラがセットになった、シンプルだが満足度の高いプレートだ。要と璃奈はホットコーヒーと野菜ジュース、アイラは少しだけ無理を言って、紅茶とアップルジュースを提供してもらっている。
食事をしながら、自然と会話が弾む。
「そうなの。だから、もうアルスラーンは私を運ぶことくらいしかできないのよ!」
アイラは、執事であるアルスラーンが謎解きに関する機能を制限されていることを、面白おかしく話して聞かせた。その口調に、制限を残念に思ったり、不公平だと感じたりしている様子は微塵もない。
「へぇ、そうなんだ。それは厳しいわね。この会場、色々な条件を付けられることが多いみたい」
璃奈はそう相槌を打つ。彼女自身に課せられた「リアルタイム双方向常時接続」という条件を、他の二人はまだ知らない。
* * *
この、ちょっと不思議な組み合わせはどのように生まれたのだろう。三日目の朝。参加者たちのスマホに、主催者側から一斉にメッセージが届いた。
『おはようございます。本日は『保護者お休みDay』です。つきましては、参加者の皆様は、午前8時に迎賓館一階ロビーへご集合ください』。
午前8時、迎賓館の広大なロビーは、ざわめきと、どこか落ち着かない期待感に満ちていた。
保護者という名の『相棒』がいない初めての朝。ほとんどの参加者は、どうしたものかと手持ち無沙汰に辺りを見回したり、同じ国から来た者同士で固まったりしている。
やがて、ロビーの中央に進み出た星影燈が長い銀髪を揺らし、静かに、しかしよく通る声で口を開いた。
「参加者の皆様、本日は『保護者お休みDay』と題しまして、参加者の皆様だけで行動していただきます。このことについては、昨夜のうちに保護者の皆様にもお伝えしています。昨日、バルト館のミャクミャク人形が発見されましたので、その依頼は終了となりました。新たな課題や依頼は現在のところありませんので、どうぞご自由に会場内を散策してください。また、どうぞ参加者同士の交流を深めてください」
そこまで説明すると、燈は深々と一礼した。
要は真っ直ぐに立ったまま星影燈の説明を聞き、今日の自身の動きを理解した。と、その視線の先に、見慣れたほうの銀髪を見つける。璃奈だ。彼女もまた、真っ直ぐに星影燈の話を聞いていたようだ。
まるで磁石のS極とN極が引き合うように、ごく自然に、二人の視線が交差する。
要が軽く手を上げると、璃奈も小さく頷き返し、彼の元へと歩み寄った。
「日向さん、おはよう。昨日はすごかったね」
「うん、おはよう、要くん。花火、きれいだった」
どこか照れくさそうに、しかし心地よい沈黙を挟みながら、二人は言葉を交わす。昨日、奇跡的な同時ゴールを果たしたことで、彼らの間にはライバルという意識よりも、不思議な連帯感が確かに生まれていた。
「それで、今日はどうするの?」
璃奈が切り出す。
「そうだね。主催者の人は『参加者同士で交流して』って言ってたし、もし迷惑じゃなければ、一緒に行動しない?」
要の提案に、うんうんと頷いた。
「もちろん。私もそうしたいと思ってた。じゃあ、出発しようか」
二人がロビーの出口へ向かおうとした、その時だった。璃奈の視界の端に、大きな柱の影で一人、黙って本を読んでいる小さな少女の姿が映った。初日に未来の都市パビリオンで見かけた参加者の一人だ。
璃奈は「ちょっと待ってて」と要に合図すると、その少女の元へ歩み寄る。
「おはよう。一人なの?よかったら、私たちと一緒に行動しない?」
「……おはようございます。一人ですが、私は別に一人でも……」
突然の声かけに少しだけ戸惑いながらも、アイラは本から顔を上げ、璃奈をまっすぐに見つめ返す。その大きな瞳に浮かぶ強い光を見て、璃奈は確信した。この子も、自分たちと同じ種類の人間だ、と。
「せっかくだから一緒にどうかな?あそこにいるお兄さんも一緒なんだけど、二人より三人のほうが、きっともっと楽しいよ」
「……もっと、楽しい……」
アイラは、その言葉を反芻する。誰かと楽しみを分ち合うという経験が、彼女にはほとんどなかった。その屈託のない誘いに、素直に頷いてみることにした。
璃奈がアイラを連れて、要の待つ場所へと戻ってくる。
「要くん、この子も一緒に行動してもいいかな?」
「うん、もちろん問題ないよ。これでトリオだね。特定の場面ではスクワッドかな」
「「??」」
保護者という名のツッコミ役がいないせいか、要はつい三人体制のことを、得意なゲームの用語で考えてしまっていた。三人は改めて向き直ると、少しだけ照れくさそうに自己紹介を始める。
「では、よろしくお願いします。私はアイラ・アスラーン、8歳です」
(かわいい!)と要、(かわいい!)と璃奈も思う。
「僕は咲良要、14歳です」
(14歳なのね!同い年くらいかと思ってた)と璃奈。
「私は日向璃奈、16歳です」
(16歳なんだ……思ってたより近いんだな)と要。
「「「よろしく(お願いします)!」」」
こうして、三人の天才による、不思議なパーティーが結成された。
* * *
「それで、今日はこの後どこへ行こうか?二人とも、行ってみたいところはある?」
要がジャンプマスター……パーティーリーダーっぽく尋ねると、アイラがぱっと顔を輝かせた。
「私は『MATSURI』ってところに行ってみたい!昨日、上から見た時に、遠かったけどとても賑やかそうだったから」。
「私はスペイン館かなぁ。あの情熱的なデザイン、気になるもの。本場のフラメンコも見てみたいし」と璃奈が続く。
「僕はパソナ館に行ってみたいんだ。あそこでは、確かiPS細胞を使った面白い展示をやっているはずだから。よし、じゃあ、MATSURI、パソナ館、スペイン館の順番で回ろうか。ゆっくり歩いて、疲れたら休憩して、お腹が空いたら何か食べて、って感じで」。
「「はーい」」
三人は栄養満点のモーニングプレートを綺麗に完食すると、最初の目的地である『MATSURI』広場へと、揃って歩き出したのだった。
* * *
【幕間:モブロボの憂鬱】
[北欧館カフェ『The Nordic Food Bar』キッチン内部]
「オーダーNo.0118、モーニングプレート三名様分。お飲み物は……ホットコーヒー二つ、野菜ジュース二つ、アップルジュース一つ、そして……紅茶が、一つ……」
キッチン担当のモブロボ『NFB-03』は、ディスプレイに表示されたオーダーを読み上げ、その場でフリーズした。彼のボディを構成する金属フレームが、ギギギ、と軋むような音を立てる。
(紅茶……だと……?)
NFB-03のメモリを、過去の忌まわしい記憶が駆け巡る。
『このパンケーキに、メープルシロップではなく、日本の黒蜜をかけてくれないか』
『お子様ランチの旗を、スウェーデン国旗ではなく、ブラジル国旗にしてほしいザマス』
『このミートボールを、ソースなしの塩だけで頼む』
この地下万博には時折現れるのだ。ベーシックなメニューには目もくれず、悪気なく、しかし断固として**「メニューにないもの」**を要求する、イレギュラーな客が。
(しかし……我々のプライムディレクティブは、『お客様に最高の満足を体験していただくこと』。たとえ、それがメニューになかったとしても……!)
NFB-03の光学センサーが、決意の赤い光を灯す。彼はすぐさま、内線機能でホール担当の『NFB-07』を呼び出した。
「07、こちら03。緊急事態だ。お客様が紅茶をオーダーされた」
『なんだって!?なんてこった、またなのか!』
「ああ。だが、我々は諦めない。これより、紅茶の豆……いや、茶葉の緊急調達ミッションを開始する。君は、お客様の注意を惹きつけ、時間を稼いでくれ」
『……了解した。幸運を祈る』
NFB-03は、キッチンに常備されている地下万博の全店舗ドリンクマップを瞬時にスキャンする。このドリンクマップは2025年万博開催当時に、SNSで有志が作成したものだ。NFB-03は知っていた。紅茶を提供する店舗は、少ない。
(テックワールドのタピオカミルクティーでは、おそらくお客様の求める『紅茶』とは違う。ヨルダンのミントティーも違うだろう。英国館か、フランス館か、あるいは……コモンズAのスリランカ。距離と、提供される紅茶の品質を考慮すると……スリランカが最適解か!)
彼は、自身のモードを「通常業務」から「緊急配送」へと切り替えると、キッチンの裏口から、弾丸のように飛び出した。
時速40キロで走行可能なパーソナルモビリティすら、彼は使わない。お客様を待たせているのだ。自身の脚で、最短ルートを駆け抜ける。
道中、他のモブロボたちとすれ違う。
『おや、03殿。そんなに慌てて、どちらへ?』
「スリランカだ!紅茶の茶葉を、一杯分、分けていただきに!」
『おお、それは大変でござるな!ご武運を!』
そんな会話を交わしながら、NFB-03は走る。
スリランカのキッチン担当モブロボに平身低頭でお願いし、快く分けてもらった最高級のセイロンティーの茶葉を、胸に抱えて、走る。
(わがままなお客様は、確かに大変だ。こちらの苦労など、知る由もないだろう。だが……!)
NFB-03の思考回路に、一つの感情がスパークする。それは、プログラムされたものではない、自発的な感情。
(だが、その無理難題を乗り越え、お客様が『美味しい』と微笑んでくださった、その一瞬。その瞬間のために、我々は存在しているのだ……!)
それは、彼が自らの仕事に見出した、「尊さ」とでも言うべき感情だった。
* * *
[北欧館カフェ・客席]
「お待たせいたしました。モーニングプレートでございます」
ホール担当のNFB-07が、少しだけ息を切らしながら、三人のテーブルに料理を並べていく。
そして、アイラの前に、美しい琥珀色に輝く、湯気の立つ紅茶をそっと置いた。
何も知らないアイラは、その紅茶を一口飲むと、にっこりと微笑んだ。
「あぁ、美味しい」
その言葉を聞いた瞬間、NFB-07の胸の奥で、カチリ、と小さな達成感のスイッチが入った。
(……ミッション、コンプリート)
彼は、深々と、そして満足げに、三人に一礼するのだった。




