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いのちの続きを、この地下で ~地下1,000mの大阪万博で出会った君は、アンドロイドの体で僕に微笑んだ~  作者: 春凪一
第一部

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第25話:Day2の夜

[地下万博・中央管制室]


静まり返った管制室に、最初の謎解きを祝福した花火の残滓が、まだ漂っているかのようだった。


メインスクリーンには、大屋根リング40番柱の前で、少しだけ距離を置いて並び、夜空を見上げる少年と少女の姿が映し出されている。


「Day2の全データが出揃いました」


星影燈が、落ち着いた声で報告を始める。


「まず、アイラ・アスラーンですが、本日、ついに最初のヒントに到達しました。正規ルートである10回目の訪問を経て。記録された精神的負荷は、8歳の子供が耐えられる数値を大幅に超えています」


『ええ、見事な精神力です。そして、AI『バラビちゃん』への接し方。彼女の人間性は、すでに完成の域にありますね。あの孤独な星は、自らの力で燃え始めた。実に美しい』


主催者AIの穏やかな声が、どこか誇らしげに響く。


「そして、咲良要と日向璃奈。両名とも、本日、最後のヒントを得てミャクミャク人形を発見。最初の試験をクリアしました」


燈が手元のコンソールを操作すると、スクリーンに二人の行動ログと移動ルートが、対比するように表示される。


「しかし、そのプロセスは昨日以上に興味深いものでした。日向璃奈は北欧館のヒント『5』と『8』から、即座に『40』という結論に跳躍。一切の迷いなく目的地へ。一方、咲良要は、導き出される複数の解から安直なものと飛躍しすぎたものを削ぎ落とし、最も論理的な候補である『13』と『40』に絞り込みました。直感に頼らず、考えうる可能性を全て洗い出した上で検証するという、彼の『カメさん』らしい、極めて堅実なアプローチです」


『そして、その結果が『同時到着』。面白い。実に面白いですね』


主催者AIは、心からの感嘆を声に滲ませる。


『最短距離を直感で駆けるウサギと、全ての可能性を論理で潰しながら進むカメ。全く違う道筋を辿りながら、運命は二人を同じ時間、同じ場所へ導いた。これは単なる偶然ではない。二人の才能が、互いに引かれ合った結果と見るべきでしょう』


「……同感です。さて、明日からは『保護者お休みDay』です。咲良要、日向璃奈、両名とも興味深い人物ではありますが、保護者という『安全装置』が外れた時にどう動くか……貴重なデータが取れるでしょう」


『ええ。そして、参加者にはまだ伝えていませんが、Day3に限っては、参加者が謎解きから解放されて自由に散策できる『参加者遊ぶDay(でー)』でもありますね。要くんと璃奈くんが、二人きりで行動する時間も生まれるかもしれない』


主催者AIの声に、楽しむような響きが加わる。


『……花火の下で、咲良要の生体反応、特に心拍数の変動パターンが、日向璃奈の義体に搭載された感情エンジンの出力パターンと、極めて高いレベルで共鳴していました。この化学反応も、我々が観測すべき重要な『いのちの輝き』の一つですよ』


スクリーンの中の二人は、まだ夜空を見上げている。


その横顔を、燈は母親のような、優しい眼差しで見つめていた。


* * *


[Day2夕刻・迎賓館ロビー]


星影燈による保護者説明会が終わり、解散となった後も、日向万里奈と咲良悟はロビーのソファで雑談に興じていた。


「いやあ、いきなり『明日から子供とは接触禁止』て言われても、びっくりしますわなぁ」


悟が笑いながら言う。


「ほんまですよねぇ。うちはまあ、あの子(璃奈)のこと信じてるんで大丈夫やとは思いますけど、やっぱりちょっとだけ心配になったり(笑)」


「分かりますわ。うちの要も、ああ見えてしっかりしてるんで大丈夫でしょうけど……って、ん?」


話の途中、二人のスマホが、同時に短い通知音を立てて画面を点灯させた。主催者からの『速報』だ。


『速報!咲良要様、日向璃奈様がミャクミャク人形を発見しました。発見場所は大屋根リングの柱番号40番、スピーカーの中でした』


画面を覗き込んだ二人は、一瞬だけきょとんとした後、次の瞬間、顔を見合わせて満面の笑みを浮かべた。


「「やったー!」」


どちらからともなく上がった歓喜の声が、静かなロビーに小さく響く。


「すごい!やりましたね、悟さん!」


「ええ、やりましたな、万里奈さん!いやあ、あいつら、ほんまにやりおったわ!」


我が子の功績を、まるで自分のことのように喜び合う。そこに、もうライバルという意識はない。同じ想いを共有する、同志としての強い連帯感が生まれていた。


「ふぅ、これで一安心や。ほな、私は部屋に戻りますわ」


満足そうに頷き、悟が立ち上がる。


「はい、お疲れさまです!あ、私はあの子に頼まれてた荷物を受け取りに行かなきゃなんで、これで!」


万里奈はそう言うと、悟に手を振り、地下の夢洲駅にあるSLTステーションへと、弾むような足取りで向かうのだった。


* * *


[Day2夜・璃奈の部屋]


万里奈が地下の夢洲駅から戻った時には、璃奈も部屋に戻っていた。謎解きの過程を聞きつつ、SLTで無事に届けられた551蓬莱の豚まんを璃奈に手渡すと、璃奈は早速ミニキッチンに備え付けの電子レンジで豚まんを温め、幸せそうに頬張りはじめた。


ミャクミャク人形発見の興奮も冷めやらぬ中、万里奈はふと、謎解きの過程で気になっていたことを口にする。


「でもさ、ヒントが5と8やったんやったら、単純に並べた『58』なんかも候補に入ったりせえへんの?」


「チッチッチッ。わかってないなあ、万里姉ちゃんは。これは『数値』なんだから、5は5、8は8として扱わないと。文字列の結合とは違うんだよ。もしも58にしたいなら、ヒントは50と8じゃなきゃダメなの。でも、もしも北欧に50カ国もあったら大変でしょ?常に戦争が起こってるよ。バルト海が大荒れでロシアもびっくりだわ」


「ふ、ふーん、なるほどね〜。じゃ、じゃあ、『85』もダメってこと?」


「ふっふっふ、万里姉ちゃん。今、適当に言いましたね?」


図星を突かれ、万里奈が「うっ」と口ごもり、豚まんでむせそうになる。璃奈は得意げな顔で、決定的な事実を告げた。


「そんな万里姉ちゃんに教えてあげよう。大屋根リングの柱番号に『85』は存在しないのである!」


「参りました……」


完全に論破され、万里奈は白旗を上げた。


満足そうに豚まんの最後の一口を飲み込んだ璃奈を見ながら、万里奈はニヤリと笑い、話題を変えた。


「ところで、要くんとはどうなのよ?」


「ひっ!はっ!はぁーっ?ど、どうなのよって、何がよ!」


さっきまでの理路整然とした態度はどこへやら、璃奈はみるみる顔を赤くして、しどろもどろになる。


「おーっ!そんなに慌てるということは……ふむふむ、式はいつですか?」


「なっ、バカなこと言わないでよ!まだ、手も握ってないわよ!」


「ははぁーん、『近々手を握る』ということですね?」


「――エラー。異常な高温を検知しました。システム保護のため、シャットダウンします」


璃奈が真顔でそう言うと、ぴしり、と動きを止める。


「はい、そこー!機械のフリしない!」


万里奈がその頬をつつくと、耐えきれなくなったように璃奈がぷっと吹き出した。


「「あはははは!」」


迎賓館の一室に、夜遅くまで、楽しそうな姉妹の笑い声が響いていた。


* * *


[Day2夜・要の部屋]


興奮冷めやらぬ一日の終わり。迎賓館の部屋で、要は父である悟に、北欧館での謎解きと、その後の思考の道筋を報告していた。


「――なるほどな。単純な5や8は除外して、計算結果である13と40に絞り込んだ、と。うん、妥当な判断やと思うで」


「うん。結果として二箇所行くことになって少し遠回りしたけど、可能性を一つずつ潰していくには、必要なコストだったと思う」


「そやな。それに、そのおかげで璃奈さんにも会えたわけやしな(笑)」


「もうっ!」


悟にからかわれ、要は少しだけ顔を赤らめる。


ふと、悟は何かを思い出したように、にやりと笑った。


「ということは、1番柱とか78番柱のあたりには行かんかったんやな。実は、あそこらへん、会期の終盤になってから、柱の番号がめちゃくちゃに増やされたんやで」


「え、そうなの?」


「そうやねん。自分の年齢と同じ柱番号の下で記念写真を撮るのが流行してな。それを見た運営が、急遽、番号を増やしはったんよ。お得意のマイナーバージョンアップやな。そのおかげで、一つの柱にプレートが何枚も付いてて、もう待ち合わせ場所には使えん状態やったけどな。最大の柱番号は、なんと、116番や(笑)」


「116番!?それって……116歳の人がいるってこと?」


「そう。当時のご長寿記録が、116歳やったらしいわ。その方が実際に会場を訪れたかどうかは、知らんけどな」


「そうなんだ……」


要は、窓の外に広がる、オレンジ色に輝く大屋根リングの姿を思い浮かべた。


「仮にバーチャルな形であったとしても、その人がこの景色を見られていたら、いいね。大屋根リングは、それくらい素晴らしい場所だと思うから」


その、どこまでも優しい息子の言葉に、悟はただ静かに頷くのだった。


* * *


【星影燈のお仕事:保護者への周知】


[地下万博・迎賓館ロビー]


Day2の夕刻、主催者からの招集に応じ、参加者の保護者たちが迎賓館の一階ロビーに集まっていた。


咲良悟や日向万里奈、そしてあるじを部屋に寝かしつけてきたアルスラーンも、他の保護者たちと共に、これから何が始まるのかと少しだけ緊張した面持ちで待っている。


やがて、ロビーの中央に進み出た星影燈が長い銀髪を揺らし、静かに、しかしよく通る声で口を開いた。


「保護者の皆様、二日間にわたるご活動お疲れさまでした。これより、明日からの皆様の動きについて、ご説明いたします」


燈は集まった一人一人の顔を見渡すと、簡潔に、そして明確に告げた。


「皆様には、明日以降、次のように動いていただきたく存じます。――迎賓館以外での、参加者への接触を禁止します。以上です」


ロビーに、わずかな戸惑いの空気が流れる。そのざわめきを予期していたかのように、燈は穏やかに続けた。


「参加者の皆様に、ご自身の頭で考え、ご自身の足で行動していただくための期間が始まります。どうか、お子様たちの力を信じて、見守ってあげてください」


「なお、万が一、緊急避難的な接触が必要になった場合は、必ずこの迎賓館の中でお願いいたします。それ以外の点につきましては、皆様の行動を制限するものは一切ございません。この地下万博会場の中を自由に散策していただいても構いませんし、夕刻までに会場へお戻りいただけるのであれば、ご申告いただいたうえで地上へ外出されても問題ありません。また、ご希望があれば、ご家族の国民IDをお知らせいただくことで、この会場へご招待することも可能です」


そこまで説明すると、燈は深々と一礼した。


「説明は以上でございます。ご質問がないようでしたら、ミーティングを終了いたします」


保護者たちは顔を見合わせ、やがて納得したように頷きながら、三々五々解散していく。


その中で、燈はすっと一人の人物の前へと歩み出た。


「……あのっ!アルスラーン様、このあと少々お時間よろしいでしょうか?」


その声は、先ほどまでの総括責任者としての響きとは違い、わずかに好奇心と興奮の色を帯びていた。


「はい、星影様。何なりと」


アルスラーンが、完璧な執事の所作で応じる。


その礼儀正しく、完璧な応答を聞いた瞬間、星影燈の心臓が、技術者としての探究心で小さく跳ねた。


その後の数十分間、燈がアルスラーンのボディを構成する希少金属の配合率や、関節部の駆動方式について、子供のように目を輝かせながら質問攻めにし、ついには「失礼します!」と言いながら頬を赤らめながらお触りまでしていたことを、他の誰も知らない。


* * *


【星影燈のお仕事:モブロボ管理】


[地下万博・中央管制室]


プロジェクトの本格稼働を前に、星影燈は無数の仕様書と格闘していた。


彼女の目の前のホログラムには、会場の喧騒を再現するための「来場者モブロボ」に関するデータが表示されている。


「来場者モブロボの基本仕様はこれで問題なさそうね。総数5万体が同時に動くけれど、歩行、会話、行列形成といった単純動作の繰り返しだから、まずシステム的な問題は発生しないでしょう」


燈はいくつかのパラメーターを調整すると、一つ頷いてデータを承認した。


しかし、次に表示された仕様書に、彼女は美しい眉をひそめる。

警備員として会場を巡回する、別モデルのモブロボに関する項目だった。


「……それにしても、これって一体何なのかしら」


燈は概要仕様書の一文を、何度も指でなぞって読み返す。だが、その意図が全く理解できない。いつの間にか膝の上に乗ってきた猫の頭を撫でながら、考えを巡らせる。


『特記事項:警備員モブロボの肩部に、別の警備員モブロボを積載するためのロック機構を実装すること。繰り返し積載に対応可能な構造であること』


「……警備ロボットの肩に、警備ロボットを乗せる?……運動会の組体操でもさせるつもりなのかしら。謎だわ……」


この時の彼女は、まさかこの奇妙な仕様が、後の課題クリアに必須の機能――人間モブロボタワー――として活躍することになるとは、知る由もなかった。


そう、この仕様を承認した、主催者AIを除いては。



【第一部 完】


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