第24話:聞こえないメロディー
要が大屋根リングの13番柱へたどり着いた時には19時少し前となっており、世界はすっかり夜の顔をしていた。
人工の太陽が沈んだ偽りの空の下、地上ではパビリオン群が宝石箱をひっくり返したように色とりどりの光を放ち、頭上の大屋根リングだけが、その喧騒を鎮めるかのように、一本の巨大な弧となって穏やかなオレンジ色の輝きを灯している。
ここで探すべきは『スの椅子』のヒントから導き出されるもの。リングの下には木製のベンチ、つまり『イス』がいくつも設置されている。だが要はそれらに目もくれない。ラミントンの袋に描かれていたのは『柱を見上げる』イラストだったからだ。答えは必ず、視線を上げた先にある。
「……あれかな」
大屋根リングの下からリングの中心側を見ると、大屋根リングに上がるためのエスカレーターが見える。『スカイウォークへのエスカレーター』。確かに頭文字は『ス』だ。
しかし、要の心は動かなかった。
(僕がこの謎の設計者なら、こんな納得感の薄い答えにはしない。あまりに直接的で、ひねりがない。これは、きっと陽動だ。ということは……!)
要は確信を得ていた。13番柱は正解ではない。ここに仕掛けられた『ス』には、挑戦者を試すような違和感が全くないのだ。彼はすぐさまモビリティに飛び乗り、最後の目的地である40番柱へと急いだ。
* * *
40番柱の周辺エリアは、特徴的なランドマークが二つ並んでいた。
一つは、地上の万博で物議を醸しながらも、来場者からは絶賛された、カラフルな三角形の集合体、通称『2億円トイレ』。そしてもう一つは、その隣に会期の途中でマイナーバージョンアップとして増設された『喫煙所』。要はその二つのランドマークの間にモビリティを止め、目的の柱へと駆け寄った。時刻は間もなく19時になろうとしている。
その、瞬間だった。
反対方向から、一人の少女が同じ柱へとたどり着いた。
璃奈の直感と徒歩。要の論理的な寄り道とモビリティ。全く違うプロセスを辿った二人のゴールが、奇跡のように重なった。
「日向さん!やっぱりここまで来ていたんだ!」
「要くんも!すごい、同じタイミングだね!」
「うん。実は先に13番柱へ行ってきたんだ。そこは正解じゃなかったけどね」
「あー、13番(笑)。私も、もしここが違ったら次に向かうつもりだったんだよ。ということは、ここが正解で決まりだね」
「うん、ここで決まりだ。それでね、13番柱で『ス』の正体も分かったんだ。ちょっとこっちへ来て」
「うん」
要に促され、璃奈が隣に並ぶ。
ちょうどその時、会場のBGMが、あの万博のテーマソング「この地球の続きを」のイントロを静かに奏で始めた。
二人が並んで40番柱を見上げる。そこには、大屋根リングの柱に等間隔に設置されたスピーカーが、会場の音楽を優しく響かせている。――いや、一つだけ……一つだけ、音が出ていない40番柱のスピーカーがあった!これみよがしな、しかしここまで辿り着いた者にしか分からない、決定的な違和感。
「ね?」
「……うふふ、ほんとね」
二人は顔を見合わせ、共犯者のように微笑み合った。
近くを巡回していた警備員姿のモブロボに声をかけると、事情を理解したロボットは仲間を呼び寄せた。集まってきた数体のモブロボは、慣れた様子で次々と肩車をして人間タワーを形成し、いとも簡単に問題のスピーカーへと手を伸ばす。
カチャリ、と軽い音を立ててスピーカーのカバーが開いた。
その中からそっと取り出されたのは、一体のミャクミャク人形だった。モブロボから人形を受け取り、足の裏を見ると、小さな文字で『The Baltics』と書かれている。
見つけた……!
その瞬間だった。
ヒュルルル、と、空気を撫でるような優しい音が、遠くから聞こえてきた。
二人が顔を上げ、音のした方角――大きさの違う七つのアーチが重なり、まるで異次元へと続くトンネルのような、吸い込まれるような奥行きを生み出しているアゼルバイジャン館、その向こう側に佇む静けさの森の、さらに遥か向こうへと視線を向ける。
次の瞬間、巨大な光の華が、音もなく夜空に咲いた。
それは、頭上の大屋根リングをフレームにして切り取られた、一枚の巨大な絵画のようだった。
真っ暗な森のシルエットが前景となり、その上空を全て覆い尽くすように、色とりどりの大輪が次々と打ち上がる。
遅れて、ドン、と腹の底に響くような、柔らかくも重い音が届く。
打ち上がるたびに、頭上のリングの複雑な木組みが、刹那、万華鏡のように照らし出されては、また闇に戻る。
それは、最初の謎を解き明かした二人だけを祝福する、特別な光のシャワーだった。
二人は驚き、言葉もなく、ただ共にその花火を見上げる。
会場には、祝福するように、コブクロの力強くも優しい歌声がサビのメロディーを響かせている。
だが、不思議と、その音楽は今の二人には届いていなかった。
二人の世界に満ちているのは、たった一つの音。
ドクン、ドクンと、自分のものか、隣に立つ相手のものかも分からない、あまりにも大きく、そして同じリズムを刻む胸の高鳴りだけが、全てを支配していた。




