表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いのちの続きを、この地下で ~地下1,000mの大阪万博で出会った君は、アンドロイドの体で僕に微笑んだ~  作者: 春凪一
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/53

第22話:月光の獅子

二日目の朝。


アイラ・アスラーンは焦りと戸惑いの中にいた。昨日あれほど訪れても分からなかった謎の答えを求め、彼女は朝一番に迎賓館を出てきたのだ。


朝の爽やかな光がいつしか頭上から降り注ぐ正午の光に変わり、そしてオレンジ色を帯びた西日のような光へと移ろいでいく。繰り返される堂々巡りの探索に、アイラの体力と集中力は少しずつ削られていった。


「……これで、10回目よ、アルスラーン」


バルト館の前に設置されたベンチに座り、アイラは昨日からの訪問回数を指折り数え、美しい眉をひそめて呟いた。


彼女ほどの頭脳をもってすれば、この程度の謎、数分で解けてもおかしくないはずだった。だが、何度この館を訪れても、AIロボット『バラビちゃん』がくれるヒントはあまりにも曖昧なものばかり。核心に近づいている感覚が、全くない。


原因は分かっている。いつもなら、こういう時、隣に立つ執事が完璧な助言をくれるはずなのだ。


「申し訳ございません、アイラ様。本件に関する情報アクセス及び、謎解きに繋がる思考補助は、わたくしのシステムレベルでロックされております」


アンドロイド執事アルスラーンは、申し訳なさそうに、しかしプログラムに忠実にそう答えるだけだった。


「分かってるわよ……。あなたのせいじゃないのは」


アイラはため息をつくと、再び立ち上がった。目の前のバルト館には、珍しく長い行列ができている。穏やかな表情をした、無数の小さな人型ロボット――モブロボたちが、整然と並んで入場の順番を待っていた。


「仕方ないわね。もう一度、中を調べてみましょう。何か見落としがあるのかもしれない」


アイラとアルスラーンが、その行列の最後尾に並ぼうとした、その時だった。後方から、二人の参加者が舌打ちをしながら早足でやってきた。


「チッ、またロボットの行列かよ!付き合ってられるか!」


「ねえ見て。あいつら、ただ並んでるだけみたいよ。横から入っちゃいましょうよ」


そのペアは、アイラたちだけでなく、行儀よく並んでいたモブロボたちを乱暴に押しのけ、列の先頭へと割り込んだのである。


次の瞬間、異変が起きた。


それまで穏やかな表情を浮かべていたモブロボたちの顔が、一斉に警告の赤へと変色したのだ。その目は、まるで地獄の業火のように、青白い光をたたえている。


一体、また一体と、何十、何百というモブロボが、割り込みをした参加者ペアに、無言で、しかし恐るべき速度で詰め寄っていく。


「な、なんだよお前ら!」


「いやっ、来ないで!」


悲鳴も虚しく、参加者ペアは、あっという間にモブロボの群れの中に飲み込まれた。そして、まるで神輿みこしのように、モブロボたちの頭上へと掲ぎ上げられる。


『ブウウウウーーーーッ!』


けたたましいブザー音が鳴り響くと同時に、彼らの足元の地面が、巨大な円形の蓋のように開いた。


モブロボたちは、割り込みをした参加者を頭上に掲げたまま、その開いた暗い穴の中へと、次々と身を投げていく。まるで、獲物を巣へと持ち帰る、蟻の群れのように。


数秒後、ブザーが鳴り止み、地面の穴が音もなく閉じる。後には、何事もなかったかのような静寂だけが残された。


アルスラーンは、主であるアイラの前にすっと立ち、守るようにその小さな肩を抱いた。


「アイラ様、お怪我はございませんか?」


しかし、アイラの大きな瞳に浮かんでいたのは、恐怖よりもむしろ、冷徹なまでの好奇心と、そして、わずかな既視感だった。


「……大丈夫よ、アルスラーン。……すごいわね、このシステム。ルールを破った人間をあんな風に排除するなんて。合理的で、一切の無駄がない。……まるで、昔いた場所みたい」


最後に呟いた言葉は、アルスラーンにしか聞こえないほど、小さな声だった。


彼女は、この試験の本当の厳しさを理解したが、それを「恐ろしい」とは感じなかった。ただ、自らが育ってきた世界の法則と、あまりにも似ていると思っただけだった。


* * *


アイラ・アスラーンは、これまでと同じようにバルト館の中をじっくりと見て回り、新しい発見が何もないまま、再び出口へと戻ってきた。


これまでの9回、AIロボット『バラビちゃん』がくれるヒントは、『ミャクミャクは、美味しいものが大好きだった』、『熱くて丸い食べ物』、『特にチーズやミートボール』などという、あまりにも曖昧なものばかり。しかし、何かを信じるように、彼女は腐ることなく、10回目の訪問でも、今までと全く同じように、丁寧にバラビちゃんに話しかけた。


「バラビちゃん、こんにちは。私、何回か訪問しているけど、毎回このハーブの香りにとても癒されています。ありがとう。……ところで、ミャクミャク様の人形について、何か新しいことを知りませんか?」


その言葉遣いは、とても8歳の少女のものとは思えないほど、礼儀正しく、美しい。伝統あるアスラーン家としての教育は、ごく幼い頃にしか受けていないはずだが、その気品は血筋によるものなのかもしれない。


すると、これまでと同じ定型句を繰り返すだけだったバラビちゃんの、お腹の辺りについているもう一つの顔の目が、初めて違う動きを見せた。ぎょろり、とアイラの方を向き、その小さな口が、特別な言葉を紡ぎ始める。


「何度も足を運んでくださり、ありがとうだっちーに。今回の訪問で10回目だっちーに。おめでとうっちーに。お客様の熱意にお応えして、特別なヒントを差し上げますっちーに。スウェーデン、スイス、オーストラリア。この3つの国のパビリオンにも、何か手がかりがあるかもしれませんっちーに」


「「!!!」」


ついに与えられた、決定的なヒント。


「バラビちゃん、ありがとう!」


アイラは、驚きと喜びのあまり、思わずバラビちゃんに駆け寄ると、その小さな体をぎゅっとハグし、ポルチーニ茸の傘の部分を優しくなでなでして、軽く親愛のキスをした。


* * *


バルト館から外に出ると、アイラは弾んだ声で言った。


「アルスラーン!次に向かう場所が、とうとう分かったわね!」


「はい、アイラ様。誠に、よく頑張られました」


アルスラーンも、心なしか嬉しそうだ。


「そうね。バラビちゃんが教えてくれたとおり、スウェーデン、スイス、オーストラリアの順に回ってみましょう」


「承知いたしました。最初の目的地であるスウェーデンは、北欧館の中にあるようです」


「北欧館は……ちょっと遠いわね。ふぅ、さすがに少し、歩き疲れちゃった」


「はい、今日も一日中、本当によく歩かれました。この先にベルギー館があるようですので、そこのレストランで少し休憩と、お食事にいたしましょうか」


「うん、お腹も空いちゃった!」


二人は、バルト館から歩いてすぐのベルギー館へと向かった。階段を上りレストランに入ると、白い天井と床、そして紺色の壁と柱で構成された、お洒落な空間が広がっている。


案内されたのは、子供には少し高すぎる椅子が置かれている、バーカウンターの席だった。アルスラーンは、ひょいと軽々とアイラを抱き上げ、椅子に座らせてあげる。


「椅子が高いですからね、アイラ様。落ちないように、お気をつけて」


「落ちないわよ(笑)」


足をぶらんぶらんさせながら、アイラが楽しそうに笑う。


「何を召し上がりますか?」


アイラは、メニューを真剣な表情でじっくりと眺めている。


「そうね……ムール貝のガーリックバター、ハーフサイズと、フランドル風ビーフシチューにするわ。飲み物は、サンペレグリノ(みねらるうぉーたー)をお願い」


「承知いたしました。少々、量が多いかと存じますので、僭越ながら私もご相伴に預からせていただきます」


「うん、ありがとう!一緒に食べましょう」


運ばれてきた熱々のムール貝は身がぷりぷりで、しっかりとした、しかし決して濃すぎることのない絶妙な味付けのスープがたまらなく美味しい。ビーフシチューも、スプーンで触れるだけでホロホロと崩れるほど柔らかい牛肉が、これまた絶品だ。


「あぁ、このムール貝のスープ……とっても美味しい!ビーフシチューも柔らか〜い!なんだか……とても口に合うわ。……おうちの夕食みたい」


やはり、わずか8歳の少女にとって、この広大な万博会場の連日の探索は過酷だったのだろう。美味しい料理をひととおり食べ終わり、満腹になったアイラは、こくり、こくりと、小さな頭を揺らし始めた。バルト館へのお百度参りに時間を費やしてしまったこともあり、外の(人工の)空は、もう美しい夕焼けに染まっている。無理もない話である。


高い椅子から落ちてしまわないよう、アルスラーンは眠ってしまったアイラを優しく抱きかかえ、レストランを後にした。


そして、迎賓館の部屋に到着すると、部屋の大きなベッドに、そっと彼女を寝かしつけた。


小さき挑戦者、アイラ・アスラーンの長い二日目は、こうして終わりを告げた。


本当の謎解きは、また明日から始まる。


* * *


【リアルタイム観察AI:ログ記録】


対象: アイラ・アスラーン


行動: 困難な状況(年齢、保護者AIの機能制限)にもかかわらず、粘り強く課題に取り組み、10回の訪問を経て正規のヒントを入手。極めて高い精神力と忍耐力を確認。評価ポイント**+5**。


行動: AI『バラビちゃん』との対話において、常に敬意と感謝の姿勢を崩さず、最後に物理的な親愛の情(ハグ、キス)を示す。AIに対する自然な共感性を確認。評価ポイント**+3**。


行動: ベルギー館にて、未知の食文化であるベルギー料理を積極的に摂取し、心からの喜びを表現。食に対する高い好奇心と受容性を確認。評価ポイント**+3**。


結論: 対象は、与えられたハンディキャップをものともしない、驚異的な精神的成熟度を示す。また、食やAIといった、あらゆる文化や存在に対して敬意を払える、優れた人間性を持つ。監視レベルを維持し、引き続き動向を注視する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ