第10話:クロックスタート
【メトロ分岐ミッション:回想シーン】
[記録映像:再生開始]
[映像:Web会議。参加者はそれぞれのアバターを表示させている。]
音声( 参加者A ):
「――つまり、21時28分に第一報の発報、21時30分に全列車出発抑止、その後、22時10分には夢洲とコスモスクエアの間で折り返し運転を開始するため、安全マージンを加味すると、掛けられる時間は21時35分から22時05分の30分間のみです。」
音声( 参加者B ):
「通常であれば、線路の分岐の新設には数日かかるのだが、本当に30分で実施が可能なのか?」
音声( 参加者C ):
「ギリギリではありますが、我々であれば、数分の余裕を持って完遂が可能である計算です。」
[映像:画面が暗転。]
ナレーター(落ち着いた、重厚な声):
「そして、デジタル上の影の中だけで交わされたその計画は、実行に移された」
ナレーター(落ち着いた、重厚な声):
「2025年8月13日、夜。大阪メトロ中央線で発生した、大規模な運行見合わせ。公式発表された原因は『コスモスクエア〜夢洲間での漏電、および、中央線全体の安全確認』。復旧に時間を要し、万博会場からは多くの帰宅困難者が発生した。だが、これもまた、『プロジェクト・アーク』によって描かれたシナリオの一部であった」
[映像:大阪メトロの公式ウェブサイトに表示された『運行見合わせのお知らせ』。原因:漏電の復旧、および、大阪メトロ中央線全線の安全確認。]
ナレーター:
「真の目的は、わずか30分。その時間を確保するため、プロジェクト・アークは、復旧に数時間を要するように見せかけた『陽動』として、意図的に電気系統のトラブルを発生させた。そして、すべての目が大阪メトロ中央線の電気設備に向いている隙に、本当の作戦は、地下深く、大阪港の海底トンネルで静かに始まった」
[映像:暗いトンネル内。ヘッドライトを装着し、黒い特殊作業服に身を包んだ数名の男女が、特殊な機材を壁際に迅速に設置している。インカムの音声だけが響く。]
音声( リーダー ):
「21時35分00秒、クロックスタート。これより、フェーズ1を開始する。タイムリミットは30分。各員、最終安全確認」
[画面隅にデジタルタイマー表示:30:00]
音声( 班員A ):
「ウォール・スキャナー、グリーン。内部構造、設計図通り。切断ポイントに誤差なし」
音声( リーダー ):
「プラズマカッター、起動。……Execute」
[映像:プラズマカッターが音もなく、しかし眩い青白い光を放ちながら、トンネルのコンクリート壁面を寸分の狂いもなくくり抜いていく。火花ではなく、光の粒子が静かに舞う。]
[タイマー表示:25:13]
音声( 班員B ):
「切断面、融解定着完了。ウォール・セクション、除去します」
[映像:くり抜かれた壁のブロックが、磁力で浮き上がり、静かに横へとスライドしていく。その向こうには、大阪メトロ中央線の線路の鈍い光と、さらに深い闇が広がっている。]
音声( リーダー ):
「レール・ユニット、リフトアップ。急げ、残り15分」
[映像:既存の線路の一部が、ロボットアームによって静かに持ち上げられ、撤去される。]
[タイマー表示:10:28]
音声( 班員C ):
「ブランチ・ユニット、挿入開始。ミクロン単位で座標合わせ……」
音声( リーダー ):
「焦るな。だが、時間は無い。急げ」
音声( 班員C ):
「……座標固定。マグネティック・ロック、作動。接続完了!」
[映像:地下万博へと繋がる分岐器を持つ新しい線路が、完璧に収まる。]
[タイマー表示:05:47]
音声( リーダー ):
「最終フェーズ。ステルス・ゲートを設置。パワーチェック」
音声( 班員A ):
「ゲート、シールド完了。外部からのあらゆるスキャンに対し、コンクリート壁として偽装します。差異、0.003%以内」
音声( リーダー ):
「……ミッションコンプリートだ。総員、機材と共に即時撤収せよ」
[タイマー表示:01:12]
[映像:作業員たちが瞬く間に全ての機材を片付け、闇の中へ消えていく。トンネルには、何事もなかったかのような壁と線路だけが残る。]
ナレーター:
「わずか28分48秒。人類史上、最も精密かつ大胆な鉄道工事は、誰にも知られることなく完了した。だが、この物理的な接続だけでは、計画は未完成である。この秘密のルートを、未来永劫、誰にも気づかれずに作動させるための、真に恐るべき仕掛けが、この数年後に実行されることになる」
[映像:場面が切り替わり、大阪メトロの真新しい指令室。大勢の技術者たちが、新しい運行管理AIシステムの導入作業を行っている。]
ナレーター:
「それは、『運行システムのAI化』という、ごく一般的な設備更新を装って行われた。この新しいAIの行動アルゴリズムの奥深くに、人間にはただの最適化コードにしか見えない形で、『秘密の分岐線を作動させる』というロジックが、予め潜り込ませてあったのだ。AIだけが理解し、人間には決してその存在を悟らせない、完璧な隠し通路。プロジェクト・アークは、物理的な壁と、電子的な壁、二重の壁によって、その聖域を守ったのである」
[記録映像:再生終了]




