第9話:パーソナルモビリティ
絶品のデザートで英気を養った二人は、くら寿司の店舗を後にした。
「よし、それじゃあヒントのとおり、オーストラリア、スイス、それからスウェーデン……スウェーデンは北欧館の中やから、北欧館。その順番で回ってみようか」
「うん。でも、マップで確認したけど、ここからオーストラリア館まででも結構な距離があるよ。3つのパビリオンを回るためにぜんぶ歩いたら、一時間くらいかかっちゃうかも」
「そうやな……となると、あれを使うのが良さそうやな、えっと……そう、パーソナルモビリティ。歩くくらいのスピードしか出ないけど、 のんびり景色を見ながら体力温存するにはちょうどいいんちゃうかな」
二人がモビリティの貸出所へ向かって歩いていると、広場に鎮座する巨大なモニュメントが目に入った。地面に寝そべり、片手をのんびりと天に掲げる、巨大なミャクミャクの像だ。
「お、あれは。万博開催当時は、大阪市役所の前にあったやつやで。会期の中盤で、こっちの西ゲート近くにたったの一晩で移設されてきたんよ。記念撮影する人たちで、いつも黒山の人だかりやった」
悟が懐かしそうに目を細める。
「そうなんだ。万博の開催中に移設してたんだね。途中で変更したり追加したりするのは大変だっただろうに」
「そうやな。2025年の万博ではそういうことが多かったわ。特にイタリアなんか、毎月のように国宝級……いや、国宝や世界文化遺産そのものを大阪に持ってきてたわ。なんでも、万博がイタリアで開催された時に、日本がめちゃくちゃ力を入れて参加してくれたから、その恩返しですって言ってくれてたらしいわ。事実、ミラノ万博での日本館は、普段は『待つ』という行為をしないイタリア人が、10時間も待って入場したほどの過熱っぷりやったらしいで。イタリア以外のパビリオンも、当初は想定していなかった鑑賞コースを新規に設けたり、人気すぎてパビリオンに入れないから、おみくじを設置して、当たりの人だけ入れるようにしたり、レストランのメニューを頻繁に変更したり、鉄腕アトムが増殖したりして、都度バージョンアップしていく万博やったわ。まあ、中には、少ししかない特別なイベントの整理券をアナログな方法で配ってしまって、大混乱になったところもあるんやけどな。まあ、それは今となっては笑い話やな」
「状況に合わせて常に変化させる、つまり、マイナーバージョンアップを重ねるのはいいことだよね。動的に対応できるのは頭が柔軟な証拠だと思うよ」
* * *
やがて、パーソナルモビリティの貸出所に到着すると、案内ロボとはまた違う、貸出担当のロボットが丁寧に応対してくれた。
「ようこそお越しくださいました。こちらのパーソナルモビリティは、右のハンドルを手前に回すとアクセル、左のレバーを握るとブレーキとなっております。この広い会場のすべてを網羅したナビゲーションも搭載しておりますので、ご活用ください。……一点だけご注意がございます。2025年当時の車両とは異なり、お客様の時間を有効活用するため、最高時速40キロまで出るように改良されております。どうぞ、速度の出し過ぎにはご注意ください」
「時速40キロ!?えらい進化やな!つまり、時短やな!」
悟が驚きの声を上げるのを見て、要がクスクスと笑う。
二人はそれぞれモビリティに乗り、ナビを起動した。
「オーストラリアパビリオンへ」
『目的地、オーストラリアパビリオンに設定しました。周囲の安全をご確認ください』
滑るように、しかし力強く、パーソナルモビリティが走り出す。西ゲートを左手に見ながら、前方にそびえ立つ大屋根リングに向かって、まっすぐ進んでいく。遠くからでも巨大だと思っていたリングが、近づけば近づくほど、そのスケール感を増していく。それはもはや建築物というより、一つの地形だった。
リングが目前に迫った頃、周囲に立ち並ぶパビリオンの姿がより鮮明になる。パソナ NATUREVERSEの右上には、ちょこんと座っている鉄腕アトムの姿が、左手には片膝立ちの巨大なガンダムのシルエットが見える。そして、ひときわ目立つオレンジ色の球体には、にっこりと笑う顔が描かれていた。
やがて、モビリティは大屋根リングの真下へ到着し、左へとハンドルを切る。モビリティはAIによる半自動運転のため、カーブに差し掛かると自動的に減速し、車外に放り出されない程度の速度でスッと曲がっていく。リングの内側は、幾何学的な木組みの構造が美しい巨大な回廊になっていた。直射日光が遮られ、思った以上に涼しい風が吹き抜けていく。もちろん、この地下万博では、太陽の光も涼しい風も本物ではなく人工のものだが、当時の状況もこんな感じだったのだろうとリアルに思わせる。
「オーストラリアパビリオンは、このリングの内側からすぐやな。このスピードなら近いもんや」
「うん……わあ、すごい……」
要は、頭上に広がるリングの複雑で美しい構造に見惚れていた。寸分の狂いもなく組み上げられた木材が描く、壮大なシンメトリー。人類の技術の結晶であるその光景に、完全に心を奪われている。
「要、上ばっかり見てたら危ないで!前見なあかん!」
悟が笑いながら注意する。もちろん、半自動運転なので大屋根リングの柱にぶつかるということは無いのだが。そんなことを言っている間に、モビリティは減速し、目的地の前に静かに停止した。
ユーカリの花のような美しいデザインのオーストラリアパビリオンが、目の前にあった。




