SAVE POINT 痴れ者共の夢の果て(3)
途轍もない緊張感が、この場を支配している。
真っ直ぐ天を指していた手が、振り下ろされた。
決勝戦――この学年の、最強のクラスを決める戦いが今、始まった。
ドッジボールの、だが……
A対F。最高のクラスと最低のクラス。
決勝戦に相応しいカード。盛り上がるのは当然とも言えた。
……下剋上というのも、悪くない。
先攻は相手、Aクラス。
警戒しているのか、なかなかボールを投げてこない。ボールを持っているのは、あの3人じゃない。
それを確認して僕は、足を前へ踏み出す。
「おいおいまさか、かのAクラス様が、Fクラスなんかに警戒心を抱いているなんてことはないよな?」
軽口を叩いて、相手を挑発する。
AとFと言っても、同じ学年だ。こんな安い挑発でも乗ってくるだろう。
クルムやセティ、ワンチャンパルウァもだがあそこら辺はこんなのは通用しない。アイツらじゃなくてよかった。
「クソッ……舐めんなよFが!!」
「ちょっ、アンタ――」
思惑通り、僕に向けてボールを投げてきた。
別に、Fクラスが嘲笑の対象になっているなんて、ありきたりなことはこの学園には無い。ただ、心の奥ではAにはプライドがあるし、Fは落ちこぼれというレッテルがある。
だからこそ、こんな簡単に挑発に乗ってきたのだ。
飛んでくるボールは、魔法の影響か、異様な速度を出している。
だが、問題ない。ボールの軌道を読んで手の位置を変える。
吸い込まれるように僕の右の掌に飛んできたボールは、僕の手に当たった瞬間弾かれる。
「……これ、ヤバくないか?」
持ち前の反射神経で難なく対応しきるが、僕じゃなきゃやばかった。
「エフティシア。これは何の魔法だ?」
「…………」
魔法に関してはエフティシアに聞くのがいいだろうと判断したが、本人はだんまりだ。
どうしたのだろうか。
「エフティシア?」
「……判り……ませんわ…………」
なんとびっくり、エフティシアもわからないらしい。
……拙くないか?
「なあ、対策……取れるか?」
「相手の魔法がわからない以上は、どうにも……」
「これ……作戦潰れるよな……」
「…………」
無言のまま俯いてしまうエフティシア。
おい頼むから、嘘でもなんとかしてみせますって言ってくれ。
向こうでパルウァがニチャニチャと下卑た笑みを浮かべている。
魔法には魔法ででなんとかしようにも、僕らの実力じゃ焼け石に水だ。
たかが小細工1つに、これだけ苦戦するとは。
「なら、やっぱり僕がやるしか無いな。」
ポツリと、そう呟いて大きく踏み込む。
次の瞬間には、既に1人吹き飛んでいた。
大地にはクッキリと踏み込みの跡が残り、そこを中心に罅が入っている。。
「どんだけ強化したらそうなるのよ……」
小さいが、確かにパルウァがそう漏らしたのが聞こえた。驚いているのはアイツだけじゃない。味方含め、相手もギャラリーもざわついている。
「そんな驚くことじゃないだろ。既に何度か見せたはずだ。」
慣れるかどうかは知らんが。
これでも高校入るまで隠し通してきたのだ。隠蔽力には自信がある。普段はかなり力をセーブしているので、今との差にまだ慣れていないのだろう。
脇から飛んできたボールを一度真上に弾いてから捕る。さっきの魔法を警戒してだ。
予想通り同じ魔法が掛かっていた。
つまり、僕が煽るところから既にあいつらの計画のうちだった訳だ。僕が煽って、挑発になったかのように見せる。
そうやって罠に嵌めて、主戦力である僕を削るつもりだったのだろう。
大した演技力だ。パルウァの慌てた様な演技にもまんまと騙された。
怒りの感情はない。アレに騙されたという多少の悔しさはあるが、それよりも遥かに大きい感嘆の念を抱いていた。
「なら、次よ。」
そう言って、右の人差し指で天を指すパルウァ。
次の瞬間には、空に暗雲が立ち込めていた。
これは……あの時の。
「空間支配の魔法……皆さん、見覚えがあるでしょう。今年の実力テスト、その決勝戦で使われた魔法です。」
……そんな名前だったのか…………
そんな事を考えていると、足下がぬかるんでくる。
前回は、気づいた時には既に地面がなくなってたのだが、今回は魔法が完全になるまで時間が大分ありそうだ。
なんでかは知らないが、まだチャンスがあるならそれに縋る他ない。
「エフティシア、お前この魔法打ち消せるか?」
「え? まあ時間は掛かりますが……」
不思議そうな顔をして僕の質問に答えるエフティシア。
時間が掛かるのは想定内だ。
「なら頼む。時間は、僕が出来る限り稼いでくる。」
「……判りました。お願いします。」
目を伏せて頷くエフティシア。ほんの一瞬、彼女が顔を顰めたのは、何故だろうか。
了承されたのを確認して、右手に持ったボールを、パルウァに向けて思い切り投げる。
普通なら、ボールが空気抵抗によって途中で燃え尽きてしまうが、この学園なので当然ボールも頑丈に作られている。
摩擦で生まれた火で軌跡を描きながら……少しばかり表面は焦げているものの、順調に突き進むボール。だが、パルウァに当たる寸前に空中で弾かれてしまう。
「ま、当然結界は張ってるわな。」
生憎僕には、魔術的な防御を破る術はない。
自信満々に時間稼ぎするなんて言ったが、実は考えとか無いので、どうしたもんかと悩んでしまう。
相手が投げてきたボールが、無数に分裂する。正確には、ボールの幻が無数に現れる。
本当に、魔法とは面白いものだ。
風切り音で、即座に本物を特定し、捉える。
少し考えてみるが、やはりいい案が浮かばない。
なので、ゴリ押す事にした。
「よっ……と。」
大きく振りかぶって、全身の力を使ってボールを投げた。
音速を超え、絶大な威力を持ったボールは、あっけなく結界に防がれてしまう。
何気に少し悔しい。
だが、成果は十分にあった。結界に罅が入っていて直ぐに修復される様子を確認できた。
つまり、結界を維持するのにも、パルウァはリソースを割かなければならないのだ。
やっぱりゴリ押しが一番強いのだ。
その後も、何度も投球する。
Aクラスの生徒は、衝撃波によって既に半分程医務室送りとなっている。
投げたボールが結界に防がれる度、パルウァには負担が掛かる。
段々と、彼女の表情にも余裕が消えてきた。
「このまま……押し切る!!」
言いながら、同じ様にボールを投げる。
が、今回は失敗してしまった。ボールが空中で静止しているのだ。
「なんだ……動きがないから、てっきり魔力が尽きたもんだと思っていたが……」
さっき迄、こんな事は無かった。
僕のボールを止められる程の実力。今僕が視線を向けている相手もそれを持つうちの1人だ。
「……別に、私には優勝なんてどうでもよかったんですが、気になった事があったので。」
いつも通り、ニコニコしているソイツに――セティに対して話し掛ける。
「なら、邪魔しないでくれるか? 僕らはお前と違って優勝したいんでな。」
なんで今更動くのかだとか、その実力だとか、そんな事を気にしてる場合じゃない。
このままボールをキープされ続ければ、パルウァの魔法が発動して僕らが負ける。
……クルムも沈黙している。完全に影になっちゃってるじゃん。
「一つだけ聞かせて下さい。……何故、そんなに優勝したいんですか?」
「そりゃ、特典の為だ。」
即答する。
「嘘ですよね。」
が、否定されてしまった。
「おいおい何を根拠に言ってるんだよ。」
スッと、セティが目を細める。
見透かされた様なその目に、苛立ちを覚えることも無く、ただ、なんだか悲しくなった。
「…………――――」
誰にも聞こえない様に、ボソリと呟いて、顔を背けた。
セティ達には僕が突然顔を背けた様に見えるので、不思議そうな顔をしている。
「セティ、ありがとう! 十分よ!」
「……ッ! パルウァちゃん、まだ話が!!」
パルウァの声が聞こえた瞬間、完全に足場が無くなり魔法が完成してしまった。
ほぼ脊髄反射だった。
全力で水面を蹴ってエフティシアに接近して、手を伸ばした。
バシッと、気持ちのいい音が鳴った。
僕が、ボールに当たった音だ。
水中では思うように動けない。先程迄のように、弾いたボールをキャッチするなんて出来ない。僕はこれで外野行きだ。
パルウァが静止しているボールを操り、エフティシアに向けて飛ばしたのだ。魔法の詠唱中に別の魔法を発動するなんて事は彼女だって出来ない。
彼女は今、パルウァの魔法を解除するために動いている。早く解かなければFクラス全員が続行不能に陥ってしまうのに、一時中断なんてたまったもんじゃない。
「……じゃ、悪いが外野で活躍させてもらうよ。」
そう言って、笑って肩をすくめてみせたのだった。
やがて、私の空間支配の魔法は解除された。
グラウンドに残っているのは、想定より多い。
運良く生き残っただけの有象無象はともかく、エフティシアは拙い。
「それで、あいつがいなくなった貴女達に何が出来るの?」
前に出て、煽るように告げる。
が、内心では少し焦っていた。魔法は可能性の塊だ。この盤面だって、ひっくり返す手は幾らでもあるだろう。
「…………」
彼女は、黙っているものの戦意はあるようだ。その手には、ボールが握られている。
もう残り時間が少ない。途中で終われば、残った人数で勝敗が決まる。
何をしてくるのかと警戒していると、彼女は魔法の詠唱を始める。
直感的に分かった。大きいのがくる。
急いで魔法を発動させる。対象の動きを鈍くさせる魔法だ。
彼女の動きが、一瞬にして先程の三分の一にまで鈍化させられる。
しかし、魔法の詠唱だけは速度が変わらない。
――視界の端で、何かが動いた。
目をやるとそこには、身体の所々が半透明なエフティシアの姿があった。手にはボールを持ち、魔法を唱えている。
「複製魔法!!」
気づいた直後、物凄いスピードでボールが飛んで来て…………
そのまま明後日の方向に飛んでいく。
それを見て、私含め、全員が一瞬油断した。
「……まさかッ!!」
後ろを振り向く。
空中で、ボールを手にし、振りかぶるアイツが見えた。
「作戦通りって訳だ。」
確かに、そう聞こえた。
「いやー優勝おめでとう。すごかったね、最後のやつとかかっこよかったよー。」
揶揄う様な、学園長の声が聞こえる。
「おいやめろよ……恥ずかしいんだから……」
球技大会は無事、僕らの優勝ということで幕を閉じた。
決め手は、僕の外野からの不意打ち。それによって大きく数を減らされたAクラスとは人数差が生まれるので、時間まで耐え凌ぐだけ。
エフティシアが前に出て魔法の詠唱を開始。邪魔される前に分裂し、本命をアムニスの広範囲魔法で隠す。
そのまま決める様に見せかけて、外野の僕に回して複数人を叩く。
全て、事前に決めた作戦通りだった。
因みにアムニスはぶっ倒れていた。曰く、魔力の使いすぎとのこと。
「まあ、作戦勝ちだな。」
「いや、それはもっといいのあったと思うけど。」
いちいち茶々入れてくるなコイツ。
そして今、僕は何をしているのかと言うと……
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「ケヴァ、煩い。」
学園長から貰った特典、もとい特別課題をこなしていた。
「聞いてないッスよ、学園長!!」
ケヴァはさっきからずっとこの調子だ。アムニスは死んだ魚のような目をしてケヴァを諌めているし、他の皆も似たような感じだ。
まあ、こんなことだろうとは思ったさ。
「ところで君、あの時なんて言ったの。」
この学園長だし、予測するのは簡単だった。
「ねぇねぇ。聞いてるのかい?」
「ふんッ!!」
学園長の鳩尾に、一発入れてやる。
予測するのは簡単だった。だが許すとは言ってない。
床で、恍惚としながら悶絶する学園長をみて、こんな日もいいなと。
そう思ってしまう今日この頃であった。