SAVE POINT 痴れ者共の夢の果て(2)
最初に目についたのは偶然だった。
少し前に話題になったFクラスのヤバイ奴。Cクラスの級長との試合を一瞬で制したソイツがグラウンドで何かをしていた。
別に、気づいていなかったわけじゃない。
丁度球技大会が出た日から、ソイツは毎日グラウンドにいた。というか、それ以前にもソイツは度々グラウンドに来ていた。くる度に、手を前にかざして何やら変な事をやっていることで、界隈ではそこそこ有名だった。
ただ、その日はなんだか無性に気になったのだ。名前も知らないソイツの事が。
我ながらバカらしいとも思ったが、それでもとソイツを少し観察してみることにした。
ソイツは、昨日も会っていた3人組と合流し、少しの雑談を始めた。
少ししてその中のひとり、確かFクラスの級長だったはずだ。その級長が魔法を使った。
この魔力は……空間系の魔法か。
数秒待てば、級長が2人に増えていた。
驚いた。級長ともなれば、あれ程の速度で空間系の魔法を使えるのか。
その魔法で何をするのかと思えば……そのまま帰っていった。
凄く混乱した。結局あいつらは何がしたかったんだと。
バカなことに付き合ったと後悔して帰った次の日。
うちのクラスの級長。パルウァ・ペクタスが、皆でドッジボールの練習をしようと言い出した。
理由を聞いてみれば、Fクラスは既に練習を始めているらしく負けていられないとのこと。
何故そんなに詳しいのかと考えれば、そういえばうちの級長は例のアイツと同じ部屋らしい。そうなるとクルム・ゼノやセティ・H・メイズとも同室じゃないか。
ハーレムという事実に到達し殺意を抱いたことはさておき、昨日のあれはドッジボールの練習をしようとしていたのか。
……どうしてああなったのかは、よくわからないが。
それから、うちのクラスも放課後に、皆で球技大会の練習を行い始めた。
一言言うなら、地獄のようだった。
うちのクラス――Aクラスだって魔法の実力はピンキリだ。そりゃあ試験で必要だった知識に関しては、級長達は例外として、他のクラスに負けているつもりはない。
ただ、僕らは知識だけだった。知識があるのである程度の実力はあるが、ペクタスの様な、知識も実力もある奴らには敵わない。
そういう奴らが指導する練習だったから、僕の様な知識だけの奴はついていくのがやっとだった。
その地獄の1週間を耐えきったのだ。あの初戦は当然と言えた。
「決勝でボコボコにしてやるわ。」
「言ったなお前。顔面ズダボロにして泣かせてやるよ。」
休憩時間。例のアイツとペクタスが談笑している。会話内容が酷い分、仲の良さがうかがえる。
思い返せば、アイツがドッジボールの練習なんかし始めなければ、僕らはあんな地獄経験しなくてもよかったのだ。
直接ボコボコにしてやる。
強く拳を握りしめた。
最初に行ったA対Eの戦いは、勝ったほうは決勝へ進める。
対して他の4クラスは2度勝たねば決勝へ進めない。
6クラスなので当然だし、公平なくじ引きの結果なのだが、やはり少し申し訳ない。
試合中、ずっとそんな事を思っていた。
でも、アイツと話して考えが変わった。
「どうしたんですか? そんなニコニコして。」
後ろから声を掛けられる。この声はセティだ。
振り返りもせず答える。
「……別に、なんでもないわよ。」
「そうですか。あ、始まりましたよ! F対Dの試合。」
「そうね。……応援してあげなくちゃ。」
不思議そうな顔でセティが見てくる。
「やっぱり、何かありました?」
「だから、何も無いって。」
そう、特に何かあったわけじゃない。
ただ、学年1位……パルウァ・ペクタスである私直々に、あの調子に乗ったバカを叩かないといけないと。
そう思っただけだ。
だから……
「もしも負けたら、晩飯奢って貰いましょ。」
もしも他の奴に負けるなんてことがあれば、ただじゃおかない。
「ヒャッハー!!」
「おい待て待て! 何アイツ怖すぎだろ!!」
準決勝。
今度は相手が先攻なので、作戦通りアムニスの魔法で洗脳しようとしたところ、その前に先手を打たれてしまった。
相手が全員、急に様子がおかしくなったと思ったら狂ったように好戦的になる。いわばバーサーカーだ。
何がなんだかわからないままアムニス含め、うちのクラスが半分程当てられてしまった。
何よりも拙いのは、当てられた全員が負傷者として参加不能になってしまった事だ。当然外野にもいけない。
とんでもないゴリ押しだがこれがかなりキツい。
「狂戦士化の魔法ですか。」
ポツリとエフティシアが呟く。
そのまんまだなおい。
「効能は?」
「理性と引き換えに身体能力を強化する魔法ですわ。所詮は同年代が使った魔法、効果時間はそこまで無いはずです。」
後ろで低く鈍い音が響く。
こんな会話をしてる間にも、3人持ってかれていた。
真後ろから、人が投げたとは思えない速度でボールが飛んでくる。
振り返らずにキャッチして、そのまま軽く投げた。
先程より更に速いボールは、当たってしまった奴を吹き飛ばした。魔法による治療がなければ、全治2ヶ月ってところだろうか。
「散々相手のスポーツマンシップを疑っときながら、貴方も大概ですわね……」
呆れた様な視線を向けてくるエフティシア。
別にいいだろ! 相手だってやってんだから!!
「ヴァァァァア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「さて……どうするよ。」
安牌は時間制限を狙うとかだろうか。あとは相手の自滅を狙うか、完全に拘束してしまうか。
真正面から飛んできたボールを殴り返す。
圧力でねじ曲がったボールが空気を裂いて進み、相手を蹴散らす。
「……あの、思ったんですけど……貴方一人でやったほうが速いんじゃなくって?」
「え?」
考えもしなかったが……確かに、目の前のバーサーカー達が束になったって僕の身体能力には勝てないだろうし、他全員が守りに徹すれば少なくとも、次の試合にはでられるだろう。
…………。
「ちょ、おま……天才か!?」
「逆に今迄これを思いつかなかっことも、これが1番良い策としか言えないことも、バカみたいですわね。」
……暗に僕の事ディスってる?
「……なら、決まりだな。」
一歩前に歩み出た。
その瞬間には、眼前まで飛んできたボールを手にしている。
「さて……蹂躙だ。」
ピピーッと、試合終了を知らせるホイッスルの音が耳を打つ。
未だに、バカみたいな策だと思う。
1人に任せて、あとは皆結界と防御呪文で耐え凌ぐなんて……そんなの、策とも言えない。
でも……それでも、最後に立っていたのは、彼だった。
その策を実行したその瞬間から、私達にボールが向かってくることすらなかった。
いや、正確には私達を狙ったボールも全て、彼が取ってしまった。
彼に、守られていた。
「全く、準備運動にすらならなかったな。」
自信に満ちたその表情で、その声で、その彼はそんな事を言ったのだった。
「全く……スポーツマンシップの欠片もありませんわね……」
「まあよくやったわよ。準優勝なんて。」
「今から決勝戦するんだろうが。何勝った気でいやがる。」
互いの陣地をわかつ境界線の前に立って、顔を突き合わせる。
互いに自信気な表情だ。
「あら、勝ったも同然でしょ? AとFなのよ。やらなくても分かるでしょ。」
「いやいや、さっぱりだな。」
「やっぱりFのバカにはわからないのね。私は学年1位だから。」
ププッと、煽るように笑う。
このバカは単純だから、こんな安い挑発にだって乗ってくるだろう。
「なんだとおいこの野郎。絶対泣かす。」
思った通り、顔を歪めて鼻根に皺を作っている。
「そろそろ始めるぞー!」
丁度、柊先生の声が響いた。
「それじゃ、負けても泣かないでね。」
「お前は泣いてもいいぞ。僕には関係ないからな。」
互いに背を向けて自分達の立ち位置に戻る。
見慣れた風景が広がる。
大丈夫。考えた作戦は全部頭に入ってる。私、というかルティが考えた作戦だ。信頼できる。
見上げると、雨雲が近づいているのが見えた。
作戦通りだ。
さて、宣言通りボコボコにしてあげましょう。
ガキ共の球技大会。その決勝戦が始まろうとしていた。
足を組んでパイプ椅子に座り、扇子片手にその様子を見ていた。
「それだと、端から見たらただのおっさんだよ。」
真上から、学園長が、降ってくる。
降ってくる、という表現が一番当てはまるのだ。こんな登場が出来るのはこの人くらいだろう。
「やめてくださいよ、学園長。」
これでも俺は――柊真冬は、生徒の前では熱血教師を振る舞っているのだ。本当に表面だけだが。
それなのに、おっさんなんて言われちゃたまらない。それに俺はまだ36だ、おっさんなんて歳じゃない。
「いや、36は十分おっさんだからね。」
「……ナチュラルに心読んでくるのやめません?」
ホントやめて欲しい。吃驚するじゃないか。
「嘘つき。」
「そりゃ俺は大人ですから。」
ふふふ、と笑いながら何処かへと行ってしまう学園長。
あの人は、今年度に入ってから、本当に楽しそうだ。何かあったのだろうが、それは俺には分かりかねる。分かりたくもないが。
ようやく始めようかと思い、腰を上げる。
すると、何時ぞやの問題児が誰かと話している。確か、学年1位の生徒だ。
……全くこれだからガキは。
「そろそろ始めるぞー!」
さて、今回もあのガキは問題を起こすのだろうか。
既に手遅れな気もするが……
はぁ。と溜め息をつく。
どうしても先を憂いてしまう、今日はそんな日だった。