STAGE Ⅰ―5
あの後は、特に何事も無くテストは続いていった。
アムニスは精神系の魔法、ケヴァは火の元素魔法を使い難なく勝利していた。2人ともそういう魔法が得意らしい。
特にアムニスの精神系の魔法は、試合を一方的なものにしていた。
あいつマジでなんでFクラスにいるんだよ。
他にも、クルムとセティが1回戦から当たってしまって、セティがいつもと何ら変わらないニコニコ笑顔で、クルムをボコボコにしていたり等々。
余談だが、Cクラス以外はどの級長も順調に勝ち星を挙げているそうだ。……僕の知ったことじゃないな。
アムニス情報なので間違いないだろう。そもそも僕は各級長の顔を知らないので確かめようがないが。
そうやって幾度もの試合を終えて、残ったのは既に8人だけになる。勿論僕は勝ち進んでるぞ。
そんな時だった。
「残った奴らで乱戦? なんでそんな事に。」
唐突に決まったことらしい。なんでも、予想よりグラウンドの消耗が激しいらしい。
全く誰だそんなグラウンドを荒らしたやつは。
なんて思ってはいるが、拙いとは思ってない。むしろ、状況はいい方向に転がったかもしれなかった。
他の奴らの試合を観て、色んな奴らと戦ってきて、思ったことがある。
もっと色々な魔法を観てみたい――
どうしてか、やはり人間は自分に無いものに幻想を抱いてしまう生き物らしかった。
僕にとって魔法とは、一昨日まで御伽話の中だけの話だったのだ。
いつの間にか、試合の勝敗なんてものはどうだって良くなってしまったのだった。
結界はより広くより硬く設定されていて、本当に8人で乱戦させるらしい。
結界の端でハゲこと柊が、声を上げた。
「これまでとそこまでルールは変わらん! 優勝者には内申点に加点されるので頑張るように!」
優勝者だけかよ……
では、と。一呼吸置いて、何度も見た光景が、再び繰り返される。
「はじめッ!!」
その時だった。
空は黒く染め上げられ、地面は深い海に変わる。
「マズッ……!」
やばいと思った時には、手遅れだった。
海に大渦が生まれ、身体が引き寄せられていく。
泳げないので、ぷかぷか浮かんでいるしかない僕には抗う術なんてなかった。
僕だって人間だ。長時間呼吸ができなければ普通に死ねる。
ダメ押しのように、僕に向かって無数の魔法が飛んでくる。見上げると、7人丁度、空に浮かんでいる。
どうやら、僕はこれからリンチにされるらしい。
火球が、氷の礫が、真空の刃が、僕を傷つけて行く。超音速にも余裕で耐えちゃう僕のスーパーボディなので、そう簡単にやられる事はない。
が、それでも何も影響がないわけじゃない。その衝撃は、僕を海の底へと押しやる。
「綺麗だなぁ……」
無数に浮かぶ、輝く魔法を観て、僕は呑気にそんな事を呟くのだった。
ゆっくりと、意識が覚醒してくる。
「知らない天井だ……」
「……元気そうで何よりだ。」
「コテンパンにされたなぁ!」
豪快に笑っているケヴァ。
うるせえよおい。数秒前まで寝てたんだぞこっちは。
周囲を見渡してみる。
薬品棚に、白く清潔感のある壁と天井。僕は幾つか並べられたベッドの内の一つに寝かされている。
「保健室?」
「医務室だ。」
同じだろ。
「同じだろ。」
僕の思考と同じ様な事を口にするケヴァ。
良かった口にしないでおいて。理由は述べないことにする。
「まぁ、よくやったよ。他の選手の魔力殆ど持ってっちゃうんだから。」
「そうだぞ。そのせいで最後殴り合いになったんだから。」
「ちょっと待ってそんな事になってたの!? 凄い見てみたかった!」
魔法使い達の殴り合いとか、滅多に見られたもんじゃないぞ。
「いやまあ、あれはあれで観客は盛り上がったけど。結局教師陣が止めて、お前以外の全員が同率1位だってよ。」
「マジか……」
なにそれ酷い、抗議しようかな僕。
「……よくやったよ、お前は。」
「そうだな。俺達の中じゃ、1番戦績良かったからな!!」
産まれて初めてじゃなかろうか。慰められるなんて。
頬が緩むのを感じる。存外、それが嬉しいようだ。
「……帰るか。」
寮に戻ると、ロビーでパルウァ達と会った。
「遅いッ!!」
「開口一番それかよ。」
遅れてしまったのは事実なので、謝ろうとは思ってたのだが、これのせいでそんな気が失せてしまったじゃないか。
「ごめんなさい。パルウァちゃん、お腹空いて気が立ってるらしくて。」
「いやいい。僕も遅れちゃったからな。」
セティにフルボッコにされても通常運転のクルムに癒される。めっちゃええ子や、クルムちゃん。
「まあまあ。パルウァちゃんは1位だったんですし。」
セティも相変わらずニコニコしている。
ん?
「ちょっと待て。僕の事リンチにしたの、もしかしてお前?」
セティはさっき1位と言っていた。つまり……
「今気づいたのかお前。そうだぞ、全員でボコボコにして、1位になってやった。そん時魔力使いきったせいで、表彰台に登ったのはアイツだが。」
…………キレそう。
「しかしお前も、級長であるアタシら相手に頑張ったんだ。ちょっとは褒めてやる。」
「……お前、級長なの?」
「知らなかったんですか? パルウァちゃん、Aクラスの級長ですよ。」
僕の質問に、代わりに答えるセティとドヤ顔するパルウァ。
…………キレそう。
「……驚かないんだな。」
不思議そうにするパルウァ。
「なんか……疲れた。吃驚する気力もねえ。」
そう言って部屋に戻ろうとする僕。
その手をパルウァが掴んでくる。
「いや、どこ行くんだよお前。」
「へ?」
はぁ。と、大きなため息をつくパルウァ。
「じゃあお前、なんでアタシらここにいるんだよ。」
「……煽るため?」
「ちっげーよ!!」
僕の手を掴んだまま歩き出した。
「『今日はパーッとやる』だそうです!」
混乱する僕に、クルムが、眩しくなるような笑顔で告げてくるのだった。
寮を出て、歩く事数時間。既に日は落ちきっている。
3人に連れてこられたところは、こんな時間だと言うのに、人の活気が凄かった。
西洋風の建築物が多く立ち並ぶ、街だろうか。
その一角、大きな酒場の様に見える。
「え? 何処ここ。」
「酒場。」
酒場だった。
「……いやいや、未成年だからな。」
「流石にお酒は飲みませんよ。それとも、飲みたかったんですか〜?」
煽るように言ってくるセティ。
「いや、そうじゃないけどよ。」
「グダグダ言ってないで早く行くわよ。」
「えぇ……」
尻込みする僕を置いて入っていってしまう3人。
こういうのは苦手なんだかな。
……覚悟を決めて、入店する。
思った通り、居酒屋みたいな雰囲気だ。強いアルコールの匂い。
既に、3人は席についてしまっている。
僕も同じ様に座ると、丁度お通しとお冷が運ばれて来た。
パルウァが水の入ったグラスを掲げて言った。
「それじゃあ、入学を祝しまして――」
「カンパーイ!!」
「ちょ、邪魔すんじゃ無いわよ!」
いいところをセティに取られてしまうパルウァ。
僕とクルムは顔を見合わせ、苦笑してしまう。
今度は、僕はグラスを掲げた。
「しっかり決めろよな。……乾杯。」
言って、中の水を飲み干した。
「「乾杯!」」
クルムとセティも同じ様に水を飲む。
今夜はどうやら、長くなりそうだった。
翌朝。僕は憂鬱な気分で、学園長室までやってきていた。例の講習だ。
あいつらには身体強化の魔法で通したが、ただ一人、学園長は僕がそんなの使えない事を知っている。
前と同じ様にノックして、返事が返ってきて、中に入る。
前と同じ様に、学園長は変わらない笑みでいる。
セティも、いつもニコニコしているが、学園長とはまるで違う。
コイツのは、相手に恐怖を与えるための笑顔だ。
「それじゃあ、早速始めようか。」
さて……どうしよう。
結論から言おう。
何もなかった。
「昨日今日といい、お前なんかずっと顔色優れないけど……」
アムニスにもツッコまれてしまった。
あきらかにおかしい。
生徒達をみてれば、あれが大事なのはよくわかる。それを学園長がみていない訳が無い。
少なくとも結果ぐらいは知っているはずだ。
それが、ノータッチ。
知られていたんじゃないかと、ふと思ってしまう。
「……はぁ。」
「どうしたお前。」
思わず溜息だって漏れてしまう。
「……警戒、しとかなくちゃなぁ……」
「え? ……え?」
漠然と、考える。
聞く気の起きない授業を受けながら、今日を怠惰に消費していくのだった。