STAGE Ⅰ―12
梟の鳴き声が、暗い夜空に響く。
俺こと柴明宏は、魔法使いだ。それも、日本人有数の実力を持つと自負している。
幼い頃から努力と研鑽を積んで、遂にかのヴィレ・セカンド学園でAクラスに入る事が出来た。
魔法の知識だけじゃない。魔法の実力だってトップクラスだ。
入学時のテストは実技が無かったから1位にはなれなかったが、このテストで級長にはなってみせる。
そしていつか、学年1位になってみせるのだ。
だから、俺は他とは違う。特別なんだ。
なのになんで、俺は今膝を折っている?
「ジャァァァァァ!!」
奇声をあげてこちらに突っ込んできたのは、ほぼ全裸の男。
異常な身体能力で、こちらの攻撃も罠も、全部突破してくる。
男の突進を躱せず、モロにタックルされてしまう。
3メートル程吹っ飛ばされた後、木にぶつかって止まったらしい。
背中がヒリヒリする。
「原!! おい、しっかりしろ!!」
同じ班のメンバーが、何か言っている。
何を言ってるか分からないが、表情からして、いつものようなバカな事では無いだろう。
自分の腹部を見ると、何故だが真っ赤に染まっていた。……いや、俺は特別優秀だからこれが何故か知っている。
不思議と痛みはない。が、焼ける様に熱い。
「〜〜ッ! 〜〜〜!!」
あいつらが何か言っているが、やはりうまく聞き取れない。
やがて俺に向かって叫ぶのをやめて、敵に視線を飛ばした。
辞めとけよ。俺でも敵わなかったんだ、お前等じゃ手も足も出ねぇよ。
……あ〜あ。俺、死ぬんだ。こんなところで。
お袋と、約束したのにな。天国にも届くくらい、名を挙げるって。
やだなぁ。死にたくないなぁ。
結局あいつらは自分の戦いに夢中だから、誰にも看取られずに死んでいくんだな。俺。
こんな事なら、手ぇ出さなきゃ良かった。1回目の襲撃が上手く行って、Cクラスの奴から食料盗んで、調子乗ってたな。
欲に目がくらんで、奴らに手出して。
やらかしたな。
クソ。ムカついてきた。
なんであんな奴らが居るんだ、あんなの聞いてないぞ。
ッ!! はぁ〜。
もう悔しさで握り拳を作るのも出来ない程、血を流したらしい。
…………お袋の声が聞こえた。はっきり。
かと思えば、お迎えは昔飼ってた犬らしい。全く、主が死んだってのに尻尾振りやがって。
まいいや、案内してくれよ。
目を細めて、起き上がる。
意外とすんなり身体を起こせたな。もう何処も痛くねえや。
ワンワンうるせえな。今行くよ。
眩しいなぁ。あったけぇ陽の光に、包まれて…………
温水と話し込んでいると、いつの間にか太陽が昇っていた。
あるよね、こういうの。謎に昔の話してたらいつの間にか凄い時間経ってるの。
明るくなったせいか、アムニスとケヴァも起きてきて、4人で朝日を拝むことになった。
同様に、寝静まっていた気配が再び活動を始める。
そうやって僕達は、試練の2日目を迎えた。
『実は私、見たんだよね。先生達がこれからいく無人島の火山に、魔法陣を描いてるところ。』
ここにくる前。フェリーの甲板で温水が話していた。
四元素系の、火の魔法。それよりも『熱』に特化した、文字通り熱系魔法。
その中には、死火山を無理矢理活火山にして噴火させてしまう魔法もあるらしい。
恐らく、温水が見た魔法陣はそれが刻まれたものだろう。
魔法陣には多くの種類がある。魔法を発動する際の補助だったり、自動で魔法を発動させたり。
今回の場合は後者だろう。
魔石を組み込んで、設定された時間になれば、刻まれた魔法を自動で発動させる時限爆弾。
今思えば、パルウァ達には協力云々より、先にそっちを話しておくべきだったと後悔している。
温水が1週間前、遠視魔法の練習をしていた際に偶然見つけた魔法陣。
距離と比例して消費魔力が多くなるこの魔法では、一瞬しか見えないそうだ。見つけてすぐ魔力欠乏でぶっ倒れた温水は、詳しい場所も分からないらしい。
要は、無人島にあるいくつかの山のうち1つが、今日か明日には噴火する。というわけだ。
あの学園長のことなので、何かあると思っていたが、想像以上にハードでちょっとびっくりしてしまった。
「どうすっかな〜マジで。」
ケヴァの声が響く。
珍しく頭を動かしているらしい。知恵熱出されても困るので、取り敢えずアムニスが氷山の下敷きにする。
昨日取った食材が意外と余っているので、今日は4人で作戦会議だ。
「数時間耐え凌ぐ程度なら魔法でどうにか出来るんだけど、今日噴火されたら拙いよね。」
……魔法って火山が噴火しても数時間は身を守れるのか。
魔法ってすげぇ。
「耐えるんじゃなくて、空に逃げれば?」
アムニスの提案だ。
聞くところによれば、飛行魔法というのは、移動に多く魔力を持っていかれるだけでホバリングするだけなら、殆ど魔力を消費しないそうだ。
「お前天才かよ。」
「悪くない。」
他の2人もそれに賛成らしい。
「因みに俺は飛行魔法使えないぞ!」
ケヴァが自慢気に言う。
僕も人の事言えないが、自慢気に言うことじゃないぞ。
「残念だが私もだ。」
こちらも自慢気に言う温水。
ない胸を張ったってそんな変わらんぞ。
温水から強烈な視線を感じて、目を明後日の方向に向ける。
「雨が……降ってるな……」
「今日は晴天だが。」
どうしてこうも僕の周りは鋭い奴が多いのか。
「どうすんだよ、俺も使えないぞ。」
どうやら提案者も使えないらしい。
諦めて皆他の方法を模索しだす。
……あれ? 誰も僕に使えるかどうか聞かないの?
非常に不服である。いやまあ使えないけども。
4人で頭を悩ませている時、樹の下が騒がしくなった。
疑問に思って下を覗く。
唖然とした。うちの生徒が何かに襲われているのだが、襲っている奴が異常だ。
なんというか、原始人なのだ。
葉◯ぱ隊みたいな格好したガチムチのおっさんが、男子生徒数人をボッコボコにしている。
男子生徒側も必死に抵抗しているが、全てあしらわれている。
「おい!!」
咄嗟に動いたのはケヴァだった。
次いで僕と温水も、慌てて助けに入る。
下に降りると、男子生徒が2人、ボロボロの状態で目を見開いた。
安堵した顔をして……そして、僕を見て絶望した様な顔をしやがった。
1人は気絶してやがる。
「失礼だなお前ら。僕のこのハンサムフェイスが見えんのか。」
「別にハンサムではないでしょ。」
「「キェェェェェェアァァァァァァシャァべッタァァァァァァァ!!」」
そうか。僕は、映画で見るようなハンサムでは無かったのか……
クソぉ、イケメンが憎いぃ!!
ガックリと、膝をついた。
男子生徒2人が何か叫んだが、僕の耳には入らない。
「えぇ……そんな事で落ち込まないでよ。それより大事な事あるでしょ。」
温水がフォローを入れてくるが、お前だからな僕に真実を突きつけたのは。
事実陳列罪だ。れっきとした犯罪である。
「じゃあなんだよ。顔より大事なのって……」
「めんどくさ。」
めんどくさ!? フォロー入れてくれるんじゃないのか!?
抗議の声を上げようとした。
が、やっぱり辞めた。それよりやる事があったからだ。
咄嗟に動いて、温水に迫った刃を弾いた。拳で。
別に本気であんなやりとりをしてた訳じゃない。ただのおふざけだ。だから決して、ショックなんて受けてないのだ。
別にブスとは言われてないのでセーフである。
「……ガガッ!? ……ゴァーーッ!!」
おっさんが痰吐く時の声を出す葉◯ぱ隊。
え? 遠回しに僕の顔面痰みたいとか言われてる? チョーショック。朝食前だけに……
温水の視線がヤバい。もうすっごくヤバい。
「へっ!! 人間前一匹やるぐらい朝メシ前だぜ!!」
言ったのは僕じゃない。ケヴァだ。
温水の視線はケヴァへ向かう。
「何してんだよ。お前等。」
頭上から、アムニスの声が聞こえた。
次の瞬間。葉◯ぱ隊に向かって数多の石礫が飛んでいく。
防御魔法でも使わない限り、普通は死んでしまう様な攻撃だ。
だが、その攻撃全て、目の前の男は避けきった。
アムニスが目を細める。
「そ、そうだ! ソイツ、何の魔法使ったって普通に対処してきて!!」
気絶してない方の男子生徒が叫ぶ。
その発言を聞いて、思わず頬が緩む。
「成程な。お前こっち側か。」
別に対抗心を燃やした訳じゃない。こいつが僕に及ばないのは、さっきのでお見通しだ。
じゃあ何故、僕が笑みを浮かべているのか。
「お前ら、俺だけでやらせてくれ。」
前に聞いたことがある。
――人を殴るとストレス発散になる。by学園長。
「サンドバッグにしてやるぜ!!」
「あんた、キャラ変わってない? ……変わってないわね。」
後ろで温水が何か言ったが、そんなの無視して、男に突っ込んでいく。
男は戸惑っていたようだが、僕から敵意を向けられて、覚悟を決めた。
そうして、始まりのゴングは鳴り響くのだった。
葉◯ぱ隊:青い子犬がマスコットなテレビ局で放送されていた番組より