STAGE Ⅰ―7
定期試験まであと少し。そんなある日の事だった。
僕は放課後、図書室にいた。というか最近は毎日ここへ来ている。
何をしているのかというと、魔法についての本を読み耽っていた。
パルウァに教えてもらったのだが、ここの定期試験は筆記試験と実技試験があるらしい。
筆記試験の方は、他の学校と何ら変わらない普通の物だが、実技試験の方は魔法の完成度を見る試験と、もう一つランダムで決まる試験があるそうでコレが通称試練と呼ばれる、班で受ける試験らしい。
そして、その実技試験の内要の前者。魔法の完成度をみる試験だが、どうやら3つ程魔法をみるらしい。
そして、僕は未だに魔力感知しか魔法を扱えない。
それだってお粗末なものだ。使いこなしている人は他人の魔力量だってみられるらしい。
体内の魔力を感知する魔法の筈だろ。教えはどうなってんだ教えは。
魔法一つしか使えないので零点ですは避けたいので、大急ぎで僕でも使えそうな魔法を探している訳だ。
図書室の本には、魔法についての本もかなりあるのでこうして探しているわけだが、なかなか僕でも使える初級呪文が無かった。
「お〜ん……」
いつものように本と睨めっこしていると、肩に手を置かれる。
「なあお前さ、いつもその本読んでるよな。」
少し襟足の長い綺麗な金髪、幼さの残る端正な顔立ち。身長は僕と同じか少し高いぐらい。
振り向くと、全く知らない男がいた。
いや、全く知らないわけじゃないな。僕はコイツを知っている。少しだが……
アルゲオ・ジョグラトル。3年生、図書委員。
放課後は基本図書室で仕事しているのでこのくらいの情報は知っていた。
「いや、そうだけど……」
「敬語。」
彼は、暫くトイレに籠る羽目になった。
「成程な。ならお前、図書委員入れば?」
「は?」
帰ってきた先輩には、取り敢えず事情を説明した。そしたら、こんな突拍子も無い事を言われてしまった。
いや別に意図が理解できないわけじゃない。
大方、人手が欲しいのだろう。3年生、受験生である先輩が毎日いるとなれば、相当人手が足りていないのだろう。
図書委員になれば本は借り放題なので、僕にとっても悪い話ではない。
僕が言いたいのは別のことだ。
「先輩、もう募集期間過ぎてるぞ。」
そう、この学園には委員の募集期間というのがあり、委員会への加入はその期間中しか出来ない。
「事実上の委員であってくれればいいから問題ないぞ。」
「えぇ……」
要はタダ働きである。
公式でないなら内申点は入らない。
「アットホームな場所だぞ。」
決め顔でサムズアップしてくる先輩。
それ、ブラック企業の勧誘でよく聞くやつだぞ。まあ人がいなさそうなので、本当にそうなのだろうが。
「ま、行くだけなら。」
僕がそう言うと、先輩はニカッと笑って、僕の手を引っ張って走り出した。
「じゃ、直ぐ行こうぜ!」
「え、今!?」
「思い立った日がなんちゃらって言うだろ!!」
思い立った日が吉日な。本当に受験生なのかあんた。
それにしたって今じゃなくてもいいだろう。
先輩に引っ張られるまま辿り着いたのは、1階の最奥の部屋。
ガラリと先輩が勢いよく扉を開けた。
「オッス!! 新入生連れてきたわ!」
中には男女1人ずつの2名がいて、先輩突然開かれた扉を見て固まっている。
「お前、遂に頭が…………」
茶髪マッシュの男が、悲しそうに呟く。
「失礼だな。」
「安心してくれ、お前の骨を拾ったら俺も追いかけるから……あの世でも二人一緒だ。」
重ッ。なんかいきなり入りたくなくなったんだけど……
「先輩よく見て下さい! ほんとに新入生来てますよ!」
「うえ、マジ?」
黒髪黒目の女に言われて、男の方がようやく僕に気付いた。
「……なんで?」
……気持ちはわかるぞ。募集期間過ぎてるのに来るとか頭おかしいよな。
それはそれとして本人前にして言うのはどうなんだよ。
「タダ働きするって。」
「まだ入るとは言ってねえよ。」
流石に口を挟まずにはいられない。
何勝手に入会させようとしてるんだアホ。
「まだ見学に来ただけだ。」
「そうか、だがまあチャンスではある。特にやることもないが、是非前向きに検討してくれ。」
特にやることもない?
人手が足りないんじゃ無いのか?
「なあ、なんでコレが一人で働いてるんだ?」
隣のアルゲオを指して言う。
「ああ。そいつが自分から仕事やっちゃうんだよ。おかげで俺等はいつも暇してる。人手が少ないし、助かってはいるんだが。」
「…………」
絶句してしまう。
わかるわけねえだろ。なんで自分追い込んでんだよアホ。受験生だろあんた。
「まあ、気持ちは分りますよ……」
女の方が肩に手をおいて、同情してくる。
これについては考えたら負けだと。そう判断して遂に僕は理解を諦めた。
「俺は3年のヴァル・エタース。こっちは2年のウーノ・ウェルパだ。何はともあれ、宜しく。」
そう言って右手を差し出してくるヴェル。
僕も右手を差し出して、握手する。
そんなこんなで、なんとも奇妙な縁が出来るのだった。
次の日の放課後。
ホームルームが終わると同時にアルゲオが教室に駆け込んできて、僕を図書室へ連れて行き図書委員用の腕章もつけてきた。
そんな事があり、僕は今日も図書室にいる。
今日は図書委員として。
「図書委員って何するんだ?」
僕を図書室へ連れてきた後は、何もせず椅子に座って本を読んでいるだけのアルゲオに声を掛ける。
「って言われても、図書委員ってあんまり仕事ないしな。」
じゃああんたはいつも何やってるんだよ。
なんて言えば流石に怒られるので口を噤む。怒られないギリギリを見極めるのは得意分野である。
「まあ今日はお客さん居そうだし、教えてやるよ。」
「客? いつも居ないのに何を――」
直後、少しの床の揺れと聞き慣れた声を感知した。
「ああ……」
「な。」
納得できてしまった。
アルゲオが自慢気な顔をしている。殴りてえ。
次の瞬間、扉が勢いよく開かれる。
「おいおいおい! お前図書委員やんの!?」
そこにいたのは、面白いものを見つけた子供のような、そんな笑顔をしているケヴァとアムニスだった。
絶対、揶揄いに来たよな。なんて、そんな事を考える僕の横で、アルゲオが淡々とした声で告げた。
「図書室ではお静かに。」
あれから、一応僕がタダ働きをすることになった訳を説明はした。
「大変そうだな。」
意外にも、返ってきた反応は淡白だった。
乗り込んできたのお前らだよね? なんか僕の話がつまらないみたいになってて解せないんだけど。
「はぁ。そんな事よりお前、一緒に定期試験受ける班決まってるか?」
アムニスが呆れた様な溜め息をついて言う。
ちょっと、僕じゃなくてケヴァに呆れたんだよな? 信じるからな?
「そっちが本命か。」
「本当はホームルームが終わったらその場で話そうと思ってたんだがな。」
アムニスがチラリとアルゲオの方を見る。
「いや〜悪いね。」
視線に気づいたのか、聞き耳をたてていたのかは知らないが、アルゲオが顔を上げて謝る。
反省の色は見えないが。
「それで、どうなんだ?」
「いや、いないから組むのは問題ない。つか、こっちからお願いしたいくらいだな。」
結局僕も組む相手は居なかったので、後々頼むつもりだったし、願ったり叶ったりである。
「じゃあ、後1人か。」
今決まっているのは僕、アムニス、ケヴァの3人なので、4人一組の班には1人足りない。
「ケヴァ、お前の友達で空いてるやついないの?」
「や、皆もう決まってるみたいなんだよな。」
詰みである。
僕らの中で一番顔が広いケヴァにも宛がないならどうしょうもない。
「大人しく、先生と組むしか無いのか……」
僕がそれを言った瞬間、その場の空気が凍りつく。
「それは、それだけは嫌だ……」
「どうにか、どうにか助かる術はないのか!」
アムニスもケヴァも頭を抱えてしまう。
そりゃ僕だって嫌だが、それしか無いんじゃなかろうか。
いうたって班で受けるのは試練だけなので、そこまで苦じゃない……いや、苦だな。
僕はどんなものか知らないが、教師と一緒の余り物というのは、多かれ少なかれ影響を及ぼす。
「「なんとしてでも、見つけなければ……」」
背後から呆れた様な視線を感じながらも、強く決心した僕らであった。