死体処理の聖女は結界から追放されるらしい
エミー・シュリンプは右腕を上げ魔物の死体に手をかざす。手からは美しい光の粒が舞う。すると足のやけに長い巨人は、光を帯びやがて骨だけの姿になった。
聖女は何も言わず、その場に土を掘りだす。これはわずかに残る魔物の臭いで仲間を呼び出すのを防ぐ必要な処置であるが、エミーの背後に従う八人もの護衛が穴掘りという重労働を手伝うことはない。それは貴族の子息である護衛が土などという汚れたものを嫌悪するが故であり、そこまでして身分の低いエミーを助ける気がないというのが本質にある。上司であるラノウスがいた頃はこんな采配ミスはなかったのにな。8人も使っといて、全員非協力的なんてもはや嫌がらせだろう。いや、普通に考えて嫌がらせか。
「ラノウス、どこいったんだろう。生きてるといいな」
小さくため息を吐く。追い討ちをかけるように民衆からのひそひそ声が聞こえる。
「あら、魔物退治もできない死体処理係が相変わらず男を侍らせているよ」
はあ。聞き慣れた悪口に、人って自分のこと話してると意外と遠い距離の話も聞き取れるよななどと無駄なことを考える。
聖女は本来魔物を即死させる魔力を持つのだが、エミーはなぜだか生きている魔物を殺すことは出来ず、死体を浄化させるという力しかなかった。それゆえ一時的ではあるが魔物から命を守るために護衛を依頼しており、もともと悪かった世間からの評判を更に下げることととなった。いつもは護衛をしてくれているカイルがケガをして絶対安静になっているのでいたしかたないことではあるのだが。
「あんなのが聖女様だなんて、聖女の人手が足りていればうちの旦那が死ぬことはなかったのに」
言い返したい言葉は沢山ある。だが、エミーは何も言わず次の仕事へ向かう。話しても理解してくれる気もしなかったし、その言葉が民衆の本音であると知っていたからだ。
自分でも、自分が聖女でなければ良かったと思っている。
聖フリーク王国は結界に覆われた伝統ある王権国家である。いつの時代においても結界内には、5人の聖女が出現し、外界からの侵入を阻む結界の維持と稀に結界内に侵攻してきた魔物の討伐を担う。広大な結界であるが故に結界は時に弱り、結界の一部が弱るのは致し方ない事だ。だが、最近それがあまりにも多いのだ。
以前は国全体でも一か月に一度程度だった魔物の襲撃が日に一度まで増えている。聖女が5人しかいない以上、騎士団も命を賭して討伐を行っているが如何せん人手が足りなかった。
「はやくあの無能聖女死んでくれよ」
この言葉はこの頃日に何度か聞く。任務が可能な聖女は同時代に5人しか存在しない。だが、私のせいでその大事な枠が埋まってしまっている。
「聖女を殺害するものには恐ろしい天罰が降りかかる。」という伝承のおかげで今日まで生きているが、明日殺されても仕方がないとは思っている。
深夜になって、ようやく聖女の住処である神殿へ帰宅する。無能聖女でも、聖女である以上外泊は避けるべきなので無理矢理にでも帰宅するようにする。
「今日はカイルのお見舞いやめとくかぁ」
疲れすぎて独り言を呟くと神殿の裏門が勢いよく開く。すると、中からは包帯の上から護衛のジャケットを羽織っただけの人影が飛びだす。
「なにしてるの!絶対安静でしょ」
カイルだ。すると包帯まみれの腕はそのまま私の口を塞ぎ草むらに押し倒す。
「聞け、王家からの圧力で明日お前の結界外への追放が決まった。」
驚いて固まる。まさかそのようなことになるとは。今まで何年も黙認してきたくせにら国民の不満の解消のため、一番立場の弱い私を利用するらしい。
「卑怯な」
聖女を殺すことはできないが、殺すように仕向けるのはありなのか。結界の外には魔物の巣があり、魔物の数は結界内とは比べものにならないほど多い。魔物も倒せない小娘は速攻殺されるだろうな。
それに一度結界に出たら二度と戻ることはできないと言われている。
「だから、僕と逃げよう」
カイルが髪とおそろいの金の瞳をこちらにまっすぐ向ける。
体勢ばかりに気がいき、気づいていなかったがどうやらカイルは大きな鞄を抱えていて背中には武器まで背負っている。
カイルが音を立てずにゆっくりと起き上がる。私の指で頬を撫でながらまっすぐ私の返答を待つ。
「ねえ、お願い」
カイルが私の左手を掴む。私は自由な方の右手を持ち上げる。
バシン
勢いよくカイルの頬を叩く。カイルが頬を抑えながら信じられないとでも言いたげにこちらを睨む。美形の涙目はそれだけで破壊力があるが、怯むわけにはいかない。
「あんた、情報源は?」
「情報は確かだよ。結界の聖女様が教えてくれたし」
私はため息をつく。案の定だ。
「だったら尚更いけない。姉さんが私を逃したと知られたら、迷惑をかける。」
姉さん、4人の聖女たちは皆思慮深く、思いやりが深い。こんな私ですら、必要としてくれ妹のように可愛がってくれた。
「それにそもそも、王都から逃げてどこに行くの?」
「それは、、森とか?」
案の定、突発的なものであったといえど、あまりにも杜撰な計画だ。サバイバル能力のない小娘と騎士が森で完全に自給自足など不可能だ。仮に村に住むとしても、得体の知れない人を受け入れるとは思えない。
「地獄だよ。カイルも私も」
「そんなのどうでもいい」
カイルが手を強引に手繰り寄せる。
「カイルにはできるだけ楽に生きて欲しいから」
カイルが目を吊り上げる。
「エミーがいないと幸せになれないよ。だから、お願い」
お願い、そう何度も繰り返す。普段、なんでもいいばかりであまり希望を口にださないカイルらしくない。
「ごめんね、ありがとう。」
カイルの手を解き1人裏口へ向かう。彼に言った通り、カイルには苦しんでほしくない。好きなものを食べ、温かい布団で眠ってほしい。少なくとも結界外の魔境なんかに連れてはいけない。
それは紛れもない本心だ。だが、裏口の冷たいドアノブを触ったとき、ほんのすこしだけカイルと別れるのは嫌だと思ってしまった。
出発式は清々しい晴れやかな日だった。
出発もとい追放は、『魔物討伐の旅』という目的が掲げられた。姉さんたちにはなぜ戻ってきたと散々怒られた。カイルは流石に愛想を尽かしたらしくあれ以来姿を現さない。王家の体裁のためか、見送りの従者の持つ大きなリュックにはいっぱいに荷物が詰め込まれており笑ってしまった。
その様子を見ていて見送りの従者が困惑したみたいに固まる。
「だってこれから死にに行くのに面白いでしょ」
私は実に晴々しい気分だった。
「次の聖女様は魔力の多くて、有能な方だといいな。私みたいな目に遭わないで欲しいし」
長々とした宰相の言葉を聞き流しながら1人でつらつらと話をしていた。死ぬのが怖かったし、誰かと話すのが最後だというのが信じたくなかったからだ。
従者は私と話す気はないらしか、大きな白いローブのフードまでしっかり被って、黙っている。ただそこにいるだけで最後の会話の相手に選ばれた従者は不憫だが、許してほしい。
いよいよ出発らしい。けたたましいファンファーレと気色の悪い歓声が、聖女に最後の矜持を見せろと脅す。
「聞いてくれてありがとう」
荷物を受け取り、結界に片足を突っ込む。その時だった。
「その荷物重いでしょ。僕が持つよ」
従者が荷物ごと足を突っ込んだことで勢いでフードめくれ金の髪が見えた。歓声が悲鳴に変わる。国民にとって結界から私以外がでるのは大惨事である。
「カイル、何してるの。え」
私は半ばパニックになりながら、カイルを結界内に戻そうと叫ぶ。
「もう遅いよ」
私の手を握る。
「一緒に苦しもう」
カイルは穏やかに笑う。カイルを巻き込んでしまった絶望感が込み上げる。でも、その結界から出る瞬間、幸せだと思った。
長くなりそうなのでここで断念。カイルはかなり強く、聖女は精神が強いのでたぶん生き延びます。ちなみに結界内は聖女が出て行ったあといくつかの要因でそれなりに荒れます。魔物に襲われる件数が増えるなど。いわゆるざまぁですね。いつか続きをかいてあげ直すかも、