【第九話】
「だから、一番近くにいる私くらいは、海羽のことを優先したくて」
高一のとき、海羽を見つけた。興味本位で声を掛けて、海羽が書いた物語に惹かれて。同じ物語でもまったく違うものを書く私とは、何もかもが違う。
そして、そんな彼は、家柄に縛られていた。今まで、海羽が傍にいなければ降り掛からなかった苦難だって数え切れないほどあった。おそらく、逆も同様に。
それでも私は、海羽に声を掛けたあの瞬間を一度も後悔したことがない。彼の家柄にばかり目を向ける世間に、なにも思わないわけじゃない。嫌味ったらしい周りの声が、刺さらないわけじゃない。
それでも私がここに居れるのは、私の夢を馬鹿にせずに傍に居続けてくれる海羽がいたからだ。一緒に笑われたって隣に立ち続けてくれる海羽がいたからだ。
「海羽のことが、大切だよ」
息を吐く。ふと、情けない笑みが溢れた。
「一緒に住み始めて、良かったなって思ってたんだよ? 自分がしたいこと、随分と素直に言えるようになったな〜って。……でもね」
一口分けて欲しい。これを食べて欲しい。私は、その一つ一つが嬉しかった。幼少期からおそらく隠さざるを得なかった、我儘にも満たない欲求。
たとえそれが私の前だけだとしても、それを表に出すことができるようになったのかと、そう思っていた。……思っていた、のに。
「それも全部、海羽が私のことを思っての行動だったなら」
海羽の我儘ではなく、私に向いていた感情なのだとしたら。同居すること自体、私に向いた感情からくるものだったとしたら。私が一番嫌っていたことを、私はずっと、この人に。
「私はずっと、海羽のことを……」
「……それは、違う」
私の言葉を遮るように海羽が声を上げる。蒼結、と澄んだ声が私の名前を呼んだ。