【第八話】
乱暴な雨音が耳を覆う。このままでは駄目だ。綺麗に整えて、それから海羽に見せなければ。もう二度と、溢れ落ちてしまわぬように。
その場から立ち去ろうと玄関に足を向ける。頭を冷やさなければ。とにかく、一人で。
しかし、御空の指が私の腕をそっと掴む。簡単に振りほどくことのできるその柔い拘束に、私は自然と足を止めてしまう。
「……やっぱり、駄目だな。俺は」
海羽はまた、困ったように自嘲した。
「いつも、やり方を間違える。悪い」
落ち着いた声色に、後ろを振り返る。焦っていた心が段々と静まっていくのを感じた。
「なあ、蒼結」
優しく私の名前を呼ぶ。なにも、そんな顔をさせたかったわけじゃない。私なりに海羽のことを考えてきたつもりだ。だけど今はもう、海羽をどう大事にすればいいか分からない。
「話を、しないか」
私は小さく頷く。悪いようにはならないだろうという確信だけはあった。海羽が、私を引き留めてくれたから。外の嵐の気配とは裏腹に、それは酷く穏やかな時間だった。
「さっきは、悪かった」
ふと落とされた謝罪。いつだって、海羽の言葉は、どれも心からのものだった。
「……蒼結、が」
躊躇うようにそう言った後、ぎこちなく、それでも丁寧に海羽は言葉を紡いでいく。
「蒼結が大切にしている俺と同じになれば、お前も自分を大事にしてくれるかと思ったんだよ。……だが、頬に負った怪我にも気付かずに俺のトロフィーを抱えて笑っている蒼結を見て、悔しくなっちまった」
そう告げられたその言葉は、染み渡るように私の中で響いている。海羽には、自由でいて欲しい。その為なら、海羽なりに私と向き合ってきたことを否定できるはずもない。
「私からも。……本当に、ごめんなさい」
互いが謝れば、喧嘩はそこで終わりだ。ただ、私達には仲直りの先が必要だった。海羽が持っているものだけでなく、私が海羽に向けているものまで、彼はきちんと理解していた。
海羽から向けられている気持ちの深度、自分が抱いている厄介さを、私は知ったばかりなのに。
「私は、海羽と違って、伝えたいことは上手く言えないけど」
もう一度自分に問いかける。何を言うべきか。自分は海羽に対してどう思っていて、海羽にどうして欲しいのか。ちゃんと、考える。
「……優しいよね、海羽って」
口から滑り落ちたのはやはり拙い言葉だった。構わず私は言葉を続ける。きっと海羽なら、私の言いたいことを理解してくれるから。なぜか、そんな確信があった。