【第七話】
けれど、一緒にいる時間が増えて、我儘が増えたと思っていた。ルームシェアも、食べ物のことも、あれがしたい、これがしたい、と海羽が自分から言い出すことが私は嬉しかった。
やっと、ちゃんと自分の声を拾えるようになったのか、と。海羽が少し欲深くなって、私は喜んでいたというのに。
____それも全部、私のためだったって言うの?
海羽の目を見る。その小指をそっと握った。
「あのね、あれだって海羽の一部なんだよ!? それを蔑ろにするのは、私が絶対に許さない!」
声が、震えていた。さっき、海羽が私に言ったことと同じ言葉。なにもかもに、苛立っていた。己の情けなさに反吐が出そうだった。
『これ、初めてもらった賞なんだよな』
ここに住み始めたとき、海羽はそう言ってあのトロフィーだけを実家から持ってきた。海羽が幼い頃のことは詳しく知らない。大変な苦労があったことを想像することしか、私にはできないから。
けれど、あんなにも穏やかな顔でトロフィーを持つことができるくらいに海羽は、その苦労すらも慈しんでいた。なのに、私の前ではその重要な過去をあんなものと言ってしまえるのが、どうしても赦せなかった。
海羽が大切だ。なによりも。昔からそうだ、ちゃんと自分の気持ちを自覚しているくせに、他に優先させるものばかりを抱えて。
私の相棒は誰よりも優しい人なのだ。それならせめて、私だけは海羽のことを一番に大切にしたい、と。ずっと、ずっと、そう思っていたのに。
「なんで……!」
ふと、切羽詰まったような声がこの濁り切った空気を切り裂く。海羽の顔が、歪んでいた。
「なんで、蒼結がそんな顔をするんだ」
悲痛なまでのその問いかけに、渇いた笑いが溢れる。今私がどんな顔をしているか、それはこの世界中で海羽にしか知り得ないことだというのに。
思わぬ形で露呈した感情の、どこから手を付けていいのかが分からない。海羽の頬を撫でる。
ごめん、と一言謝ってから立ち上がる。これは、一種の事故のようなものだ。ずっとお互いに抱えていた想いが交わって、それが違えてしまっただけ。
海羽が悪いわけじゃない。これはきっと、必然的なものだった。それでも、彼の心に傷をつけてしまったことは事実だから。