【第六話】
「蒼結の身体だ。俺のなによりも大切な、お前の一部だ。蒼結が大事に思っている俺の一部だったかもしれない、大事な身体だ」
その言葉に、なにかを理解する。つまり、海羽はずっと企んでいたのだろう。私と同じ物を食べて、私にも同じ物を食べさせて、二人の概念を広げるという馬鹿げた魂胆。
しかし、それを地道に本気でやってのけていた。なぜなら、私が海羽のことを大切に思っていることを自覚してしまっているから。
そう認識した瞬間、一気に胸の内が騒ついた。その中でも一番早く掴むことの出来た感情に戸惑ってしまう。あまりにも澱みのない目の前の男に、私は確かに怯えていた。
……怖い? 海羽が? そんなはずはない。私は海羽にあらゆることを赦している。では、なんなのだろう。この、言いようのない畏怖の念は。
「俺もお前も、もう同じなんだ」
分かるか、と。囁くように再度そう尋ねられる。私が大切だと、なんの躊躇もなく海羽は言う。それが、心からの言葉だと分かってしまう。それこそ、私が私を雑に扱うことを許せないほどに、海羽は。
重い感情を向けられているのは、特に問題もなかった。ただ、そのせいで海羽自身が損なわれてしまいやしないかと、それだけが心配だった。
海羽には、海羽のために生きて欲しい。私は、海羽が大事だから。持て余した深みの行き場。互いに既に侵蝕されていてもなお、その扱い方が分からないでいる。
「あんなもんより、蒼結の方が___」
刹那、考えるよりも先に私は肩に置かれたままだった海羽の腕を握っていた。ハッと口を噤んだ海羽を、今度は下からじっと睨み上げる。いつの日か少し照れくさそうにあのトロフィーを棚に飾った海羽を思い出し、思わず唇を噛み締めた。
「……あんな、もの?」
低く掠れた声が出た。ゆっくりと海羽の腕を退かす。彼は静かに目を瞬いていた。その様子に、また苛立ちが募る。この人は分かっていない。なぜ、私がこんなにも怒っているのか。
「……ふざけないでよ!!!」
いつもとは違う荒々しい言葉で、そう叫ぶ。そして、海羽の細長い指に触れる。傷一つないその指を一本一本確かめていくように。
「海羽だって、なんにも分かってないじゃん……!」
分かっていない。まったくもって、なにも。聡明な海羽は、いつだって自分のしたいことを明確に理解できている。なのに、海羽は優しいから。自分がどう在るべきかも分かってしまうから。
だから、己の言葉をなかったことにするのだ。そして、海羽のそんなところが私は気に食わない。海羽はどうして、自分よりも他人を優先してしまうのか。