【第五話】
「この血も、本当は俺に流れていたもんかもしれねえだろ。……それだけじゃない」
海羽は唄うように声を紡ぐ。両手で私の頬を包み込み、親指で目の下の皮膚を軽く引っ張る。冷たい海羽の表情は、なぜか少し焦っているようにも見えた。
「蒼結の目を作っているものは、少し違えば俺の視界を担ったはずだろ。蒼結の手を作っているそれは、もしかすれば俺の一部になっていたかもしれねえ」
キッチンの明かりだけが取り残された薄暗い部屋。不明瞭な視界の中、私はただ海羽だけを見つめている。彼の言葉を、なぜか今は止めてはいけないような気がした。戯言だと遮るには、あまりにも悲痛な声色をしていたから。
「俺の落ち度だ。……足りなかった」
頭の中にある複数の点が線で繋がったときのように、私は目を見開く。なにかを試みていたかのような口ぶりに先程の海羽の言葉が重なる。そして事あるごとに私に食べ物をねだってきた海羽の姿と、あの日分からなかった答え。
____蒼結が、自分を大切に出来るように。
まさか、やたら同じ物を食べたがったのは。
「分かってくれ」
喉の奥から絞り出すような切なげな声に思考を戻される。頬にあてられていた手は、いつの間にか私の肩を掴んでいる。正面にある表情は翳っていた。
そこに宿る海碧は、異様な煌めきを放っている。それは、逃がさないというような鋭利で容赦のない視線にも、どうすればいいか分からないと訴えかける迷子の目にも見えた。
「蒼結」
私の名前を呼ぶその唇は、震えていた。
「大事、なんだ。分かるか?」
聞き分けのない子供を宥めるかのようにそう言った海羽の迫力にぞくりと肌が粟立つ。思わず後退りするが、ソファの背もたれがそれを阻んだ。海羽は私を逃してはくれない。