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【第四話】



「蒼結!」



 忙しい足音を立て、海羽が駆け寄ってくる。私は腕に抱えたままだったトロフィーに目を落とし、慎重にその造形を確認していく。台座に傷はない。そこに彫られた金色の本も無事だ。


 海羽を見ると、深海を纏う海碧の目が大きく見開かれている。やっぱり大事だったよね、と思い、安心させるために私は明るく笑った。



「ほら、良かったね。無事だよ」



 キッチンの明かりを背に海羽の表情は翳っていた。普段の穏やかな雰囲気からは考えられないほど荒々しい手つきで、海羽は私の腕を掴む。


 そのまま海羽は私の手から自分のトロフィーを奪い取り、元の位置に置いた。それから有無を言わさず腕を引かれ、先程まで座っていたソファにかなりの力で投げ出される。



「ちょっと、海羽!」



 衝撃で、ソファが床と擦れる音がする。柔らかな革の上でどうにか姿勢を保ちつつ、ようやく抗議の声を上げた。あまりにも急過ぎる行動に頭が追いつかない。


 こんなことをされる意味が分からず、文句の一つでも言ってやろうと目の前の男を見上げる。しかし、その瞬間。



「どう、したの……?」



 このときの私の声は、情けないほどに掠れたものだっただろう。遠くの明かりだけが、仄かに私達を照らす。瞳はいつになく憂いに濁っており、寄せられた眉根がなぜか痛々しい。強張っているのに弱々しい、そんな表情を海羽がしていて。


 私が呆気に取られているうちに、噛み締められた唇が不意に開かれる。刹那、躊躇うような吐息。



「今日の晩飯は、天ぷらだったな」


「……え?」


「同じものを、食ってるんだ。お前の肉と血は、少し違えば、俺のもんだったかもしれねえ」



 そう言いつつ、海羽は私の右目の下を親指でなぞった。すると、微かな痛みが頬に走る。思わず顔を顰めると、瞬時に海羽の手は私から離れた。


 薄闇の中、その親指の腹は鮮やかな紅で汚れている。頬を触ると、指先には軽く濡れた感触。どうやら、トロフィーを捕まえるときに少し切ったらしい。さっき海羽が硬直していた理由はこれか、と納得する。今もその海碧の瞳は静かになにかを訝っているようで、私はただ呆然とそれを見つめていた。

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