【第三話】
「明日、やっぱり打ち合わせは中止だって」
リビングへの扉を開けながら、ソファに座ったままの海羽にそう声をかける。一本の映画を見終わった直後に鳴ったスマートフォンの着信は、仕事相手からのものだった。
「そうみてえだな。今、連絡来た」
窓からは切り裂くような高い風の音が聴こえてくる。今夜から明日にかけては嵐だと、今朝の天気予報がそう言っていた。
暗闇に少し慣れた目で机の上のデジタル時計を見る。日付が変わるまであと数分といったところか。テーブルの上に並んだグラスを手に取ろうと立ち上がる。だが、行動を読んでいたのか、先に海羽の手にグラスは攫われてしまう。
「ここを片付けてから寝るか」
そう悪戯っぽく笑った海羽に、言おうとした台詞まで奪われてしまった。一緒にいると似てくる、なんて言葉は案外本当なのかもしれない。
「じゃあ、私はテーブル拭くね」
顔を見合わせて、もう一度二人で笑い合ってから、キッチンに向かう。
つくづく、絆されていると思う。二人で同じことをするのが当たり前になって、昔よりお互いのことが分かってきて。私は海羽のことを尊重したいと思うし、きっと海羽だってそう思ってくれている。
そんなぬるま湯のような温かい信頼感の中で、揺らぐものなんて一つもないような気がしていた。いや、実際そうだった。お互いへの信頼は揺らがない。揺れていたのは、強欲になって余った分。少し侵食気味になってしまった、その気持ちの在り方だ。
綻びが露呈するのは、いつだって突然だ。そう、すっかり忘れてしまっていた。この充実した日々を、日常と思ってしまっていたから。
今日は嵐の夜だった。キッチンの明かりをつけ、水道の蛇口を捻ろうとした、そのとき。ガタン、と静かな部屋に音が響いた。二人して、同時に音の鳴った方向へ顔を向ける。目視するよりも先に、数日前がたついた棚について二人で話していたことを思い出した。
思った通り、キッチンに近い壁、目にした棚は右側だけ金具が外れたように傾いている。ぬいぐるみは滑り落ち、丸みのあるそれは、左下の棚に置かれていたトロフィーにぶつかって。
「……っ!」
理解するよりも先に、身体が動いていた。床を蹴り、落下するそれを両手に抱き抱えると、一筋の光が頬を掠める。ほっとしたのも束の間、勢いを殺せずに壁に激突した。咄嗟に背を壁に向けるも、強い衝撃に息が詰まる。