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八、ミスリード







「ピエレット様、ごきげんよう」


「ごきげんよう、アンナ様」


「お久しぶりですわ、ピエレット様」


「ええ。エレーナ様。本当に」


 にこやかに令嬢達と挨拶を交わしながら、ピエレットは内心でため息を吐いていた。




 張り切って、早速エヴァ様に隣国第三王子殿下の件をお尋ねしに行くつもりだったのに、まさかのお茶会でした。


 まあ、お茶会のこと、すっかり失念していた私が悪いのですけれど。


 それに、いくらお許しいただいているとはいえ、緊急事態でもないのに、当日の朝にお伺いする旨をご連絡というのは、やはり失礼よね。


 それこそ、突撃令嬢となってしまうわ。




 婚約する前より、ピエレットは、いつでもエヴァリストを訪ねて良いと言われている。


 もちろん、そのような不躾な事をしたことはないが、その朝に訪ねると連絡をくれればいい、とデュルフェ公爵家からも正式な許しを貰ってもいる。


 しかし今回のことで、貴族の上下関係の礼節は守るべきとピエレットは改めて思った。




 ルシール王女殿下のご婚約者様に秘密のお子が、というお話に浮足立って、後先考えずに行動しようとしてしまったわ。


 気を付けなければ。


 相手は、公爵家、公爵令息なのですもの。




「・・・それでね。ルシール王女殿下には、密かに想う方がいらっしゃるとか」


「ええ。わたくしも、聞いたことがありますわ」


 内心は猛烈に反省しつつ、表面にこやかにカップを傾けていれば、聞こえて来るのは令嬢達のそんな噂話。




 え?


 ルシール王女殿下に、密かに想う方がいらっしゃる?


 それは初耳ですけれど、その方って、エヴァ様の恋敵ということなのではありませんこと?




 ルシール王女には婚約者がいるので、エヴァリストがルシール王女を想うのならば、公に婚約しているそちらこそが恋敵と認識しそうなものだが、ピエレットのなかで浮気者の隣国第三王子など既にして論外。


 ルシール王女が想う相手、つまりはルシール王女を幸せにできる者こそ、エヴァリストにとって真の恋敵となり得る、とピエレットはぴくぴくと耳を動かして、情報収集に努める。


「ルシール王女殿下。何でも、ご婚約者である隣国の第三王子殿下とは、あまりうまくいっていらっしゃらないとか」


「まあ。でも、隣国の第三王子殿下は、あまり良いお話をお聞きしませんものね」


 


 本当よね。


 ルシール王女殿下とご婚約されてからも、色々な女性と浮名を流されて。


 国同士で結ばれた婚約だというのに、隣国の第三王子殿下は責任というものを感じてはいらっしゃらないのかしら。


 それにもし、秘密のお子様のことが本当なら、ルシール王女殿下はご苦労なさるに違いないわ。


 お子をお生みになったという子爵令嬢のお(いえ)は、権力をとても欲する方々のようですし。


 ・・・・・ん?


 あら。


 でも、もしもその秘密のお子様の事が事実で、それを知らしめることが出来たら、ルシール王女殿下は晴れて隣国第三王子殿下から解放されるということなのではないかしら。




「ピエレット様。デュルフェ公爵令息から、ルシール王女殿下のことで、何かお話を聞いていたりなさいませんか?」


 そうなれば流石に、と思っていると、同じテーブルに着くアンナが、窺うようにピエレットに聞いて来た。


 アンナが聞きたいのは、ルシール王女と隣国の第三王子の件に関してのことだろうと推測できる。


 しかしここで、ピエレットが聞いたことを話すわけにはいかない。


 なのでピエレットは、にこりと笑って軌道を外す。


「エヴァリスト様は、ルシール王女殿下を大切にお思いですから」


「ええ。それは承知しておりますわ。それで、ピエレット様に何かお話しなされたりは?」


 焦れるように前のめりに尋ねられ、ピエレットは周りの令嬢達も興味に輝く目で自分を見ていることに気が付く。


「それは、色々お話しくださいますけれど」


「色々とは、どのような?ルシール王女殿下の想い人のことなどは?」


 ルシール王女と第三王子の件をエヴァリストから聞いているか、というだけにしては令嬢たちの自分へ向ける目が、と首を傾げていたピエレットは、その言葉でぴんと来た。




 あ!


 もしかして、ルシール王女殿下が密かに想われているのは、エヴァ様ということ?


 それで皆様、エヴァ様の婚約者である私に。


 そう・・・ルシール王女殿下がエヴァ様を。


 知らなかったわ。


 ・・・あら?


 ちょっと待って。


 ルシール王女殿下は、エヴァ様のことを密かに想っていらっしゃる。


 そしてエヴァ様も、秘密の恋心をルシール王女殿下に抱いていらっしゃる。


 そうなると、エヴァ様とルシール王女殿下は密かに想い合っていらっしゃるということなのでは?


 おふたりは、相愛であることをご存じなのかしら?




「ピエレット様?」


 ピエレットがそこまで考えた時、周りの令嬢たちの圧が増した。


 待ちきれないと、その瞳がぎらぎらと輝いているのが恐ろしい。


「ああ。失礼をいたしました。振り返ってみても、エヴァリスト様からルシール王女殿下の想い人のことなど、伺ったことがないなと思いまして」


 まさか、おふたりは密かなる両想い、など口にするわけにもいかず、内心の動揺を見事に抑えると、ピエレットは、涼やかな笑みさえ浮かべて見せた。


「では、ピエレット様も、ルシール王女殿下の想い人はご存じないのですか?心当たりなどは?デュルフェ公爵令息のお言葉の端々から、何か察することなどございませんの?」


 ぐいぐいと詰め寄られ、瞬きもしない瞳で問い詰めるように言われ、ピエレットは胸が痛む。




 これは。


 分かっているのなら自分から身を引くべき、と言われているのかしら。


 まあ、そうよね。


 密かに想い合われているおふたりにとって、私は邪魔者でしかないもの。




「ええ。残念ながら、そのようなお話を伺ったことはございませんの」


 心のなかで繰り返し絶望の鐘が鳴るのを聞きながら、ピエレットは見事な笑みでそう答えた。








「うっうっ、ぴぃちゃん・・・私、エヴァ様に婚約解消されてしまうかもしれないの。だってね、エヴァ様が私と婚約したのって、真実心を傾けていらっしゃるルシール王女殿下が、隣国の第三王子殿下とご婚約なされているからでしょう?でももし、その婚約が無くなったら?お互いに、密かに想い合われて来たおふたりは、何の障害も無く結ばれることが出来るのよ。私という、エヴァ様の婚約者さえいなくなれば」


 ピエレットは伯爵家の娘。


 対するエヴァリストは公爵家の子息で、ルシール王女は紛うことなき王族。


 もしも王族と公爵家が縁を結ぶとなれば、伯爵家など発言さえ許されずに婚約は無かった事となるだろう。


 既に婚姻しているとなればまだしも、まだ婚約者でしかないのだから、王家や公爵家にとっては、建築途中の建物を壊して更地にするよりも簡単な処理に違いない。


『婚約破棄や解消では、レッティ・・・いや、バルゲリー伯爵令嬢に瑕疵がついてしまうから、この婚約は最初からなかったものとして、白紙としよう。ルシールも、君が傷つくことは望まないからね』


 そう、優しく言うエヴァリストさえ想像が出来て、ピエレットはぎゅうっと孔雀のぬいぐるみを抱き締めた。


「ぴぃちゃん・・・私、そんなの嫌。でも、それがエヴァ様のお幸せなら・・・うっうっ。嫌だけど、嫌だけどぉ・・・・わああん、ぴぃちゃああん・・・・!」


 そうなったら、自分の想い、意見など聞いてもらえるとも思えない。


 エヴァリストの幸せのためなら、と思わなくもない。


 けれど、そんなのは辛くて嫌だと、ピエレットはえぐえぐと泣き続けた。



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