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五、ピエレットは、その暗黙の了解を知らない。







「ピエレット、待たせた」


 訓練を終え、身支度を整えたエヴァリストが急ぎ足で迎えに来た時、ピエレットは未だ夢見心地で訓練場を見つめていた。


「エヴァリスト様。お疲れ様でした。とっても、素敵でした」


 訓練中はもちろんのこと、訓練を終えた後にきちんと場を整える姿も素敵でした、と言うピエレットを、エヴァリストは眩しいような瞳で見つめる。


「騎士とは、武具や防具を大切にするのはもちろんのこと、訓練の場も大切に思うものなのだ」


「騎士の皆様にとって、大切な、神聖な場所なのですね」


 それは、こちらも心して見学しなくては、と神妙な顔で言うピエレットの手を、エヴァリストは嬉しそうにぎゅっと握った。


「ああ、そうだ。分かってくれて、とても嬉しい」 


「あの、エヴァリスト様?お昼を召し上がるのではないのですか?」


 その華奢な手を引き歩き出そうとするエヴァリストを、不思議そうに見あげるピエレットに、エヴァリストが微笑みを向ける。


「食事をするのに、もっと適した場所がある。折角ピエレットが来てくれたのだがら、もっと案内したい」


「それは、普段エヴァリスト様がお過ごしになっている場所を見られる、ということですか?」


「そうだ」


「嬉しいです!」


 途端、瞳を輝かせたピエレットは、エヴァリストと共に見学の場を出て、入口とは反対の方向へと歩き始めた。




 ここで、エヴァリスト様はいつも訓練をされているのね。


 こちら側の廊下の壁も重厚で、如何にも騎士団という感じがするわ。




「エヴァリスト様!」


「デュルフェ公爵令息様!」


 落ち着きが無い、と言われないよう気を付けつつも、物珍しく辺りを見ながら歩いていたピエレットは、姦しい声が聞こえた、と思った時には数人の令嬢に行く手を阻まれていた。




 え?


 今、どちらからお見えになりました?


 何というか、あっというまでした。


 皆様、動きがとてもお速いです。




「ピエレット。こちらだ。こちらに、ルシールが気に入っている場所がある」


 しかし、動じた様子もないエヴァリストは、彼女等など見えないかのようにするりと躱し、何事もなかったかのようにピエレットに笑顔で話しかける。


「まあ。ルシール王女殿下がですか?」


 そしてピエレットもまた、突如現れた令嬢たちよりも、エヴァリストの話の方に興味があるため、さっさと令嬢たちから視線を逸らして、エヴァリストを見あげた。




 ということは、ルシール王女殿下はこちらにいらしたことがある、ということですわよね。


 この言い方ですと、もちろんエヴァリスト様とご一緒なされたのでしょう。


 なんだか、妬けます。




「え。ちょっと皆様。今の、お聞きになりまして?」


「ええ。ルシール王女殿下お気に入りの場所、と確かに聞こえましたわ」


「もしかして、あの方をお連れになりますの?」


「デュルフェ公爵令息様。ご婚約されたとはいえ」


「これまで、騎士団にお招きになるのは、ルシール王女殿下だけでしたのに」


「あの場所までなんて」


 ひそひそと囁く声が、ピエレットの胸に痛い。


「ルシール気に入りの店で食事を共にするのもいいが、こうして騎士団でピエレットが用意してくれた物を食すのもいいな」


 そんなピエレットの気持ちを知らぬ風で、エヴァリストが満面の笑みで告げる。


「まあ。ルシール様お気に入りのお店にもお連れに?」


「それってつまり」


「なあ、ピエレット。今日は何を用意して来てくれたのだ?」


 令嬢達の囁きを何故か満足そうに聞き、エヴァリストがピエレットの瞳を覗き込む。


「え、あ。サンドイッチです」


 令嬢達の囁きとエヴァリストとルシールのことが気になっていたピエレットは、少し出遅れそう答えた。


「もしかして、あのルシール気に入りの店で共に食したからか?」


「はい」


 やけにルシールという名を強調するエヴァリストに内心で首を傾げながら、ピエレットはこくりと頷きを返す。


「して、サンドイッチの具材は何だ?」


「それは、先だってエヴァリスト様がお好みだとおっしゃっていた」


「あれか!そうか。益々楽しみだ。いや、ピエレットが俺のために用意してくれただけでも嬉しいのだが」


 ピエレットの言葉を奪うように喜びの声を発し、エヴァリストがピエレットの手をしっかりと握り歩いて行く。


「まあ。あれほどにしっかりと手を握られて」


「優しく微笑まれて」


「既に、ルシール王女殿下のお気に入りのお店にも行かれたようですし、あの仰りよう」


「ええ。そういうこと、なのでしょうね」


「そのうえ、ご自身のお好みまでお伝えとあっては」


 さわさわと、令嬢たちが囁く。


 その囁きに諦めが混じり、見つめて来る視線が、まるで春の終わりの気候のように生暖かいものになった、とピエレットが感じたその時。


「エヴァリスト様のお隣に、当然のように。そのうえ、手まで繋いで。たかが、伯爵家の娘が」




 え?




「ピエレット、前を向け。雑音など聞き流せ」


 たかが伯爵家。


 その言葉に思わず振り返りそうになったピエレットにそう囁き、エヴァリストは握った手を小さく揺すった。





ブクマ、評価、ありがとうございます。

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