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三十、幕引き



 




『ああ・・・レッティ。可愛い。それに頬、やはり凄く柔らかくて・・・ん?』


「え、エヴァ様!?」


『あ』


 自分の指がピエレットの頬に触れているのを見て、感じたエヴァリストは、そのままぴたりと固まった。


「誰か!お医者様を呼んで!エヴァ様が!」


 そして響く、ピエレットの叫び声。


「エヴァ様。エヴァ様、分かりますか?ピエレットです!エヴァ様!」


「ああ・・・分かるよ、レッティ」


 開いた瞼が、はっきりとピエレットの姿を捉え、エヴァリストは、その頬に伝う涙をそっと指で拭った。


「エヴァ様」


「泣かせて・・待たせて、ごめん。レッティ」


「エヴァ様・・おかえりなさいませ」








「・・・初めてお目にかかります。ノレ伯爵家が嫡男、アルバンと申します」


 エヴァリストが目覚めて数日たったある日。


 その日、ピエレットとエヴァリストは、以前ふたりでお茶をした、騎士団と王城の境にあるあの庭園で、ルシール王女と共にお茶を楽しんでいた。


「レッティ。アルバンは、騎士としても優秀なんだ。それで、俺が幾度か面倒をみてやった、というわけだ」


「そうなのですね。エヴァ様も、騎士としても有能でいらっしゃいますものね」


 ルシール王女に招かれた茶会に、何故アルバンが同席しているのか分からないまま、ピエレットは淑女の微笑みでそう答える。


「いや、そういう意味ではなくて。俺は、ふたりの逢引の手助けをしてやった、と言っているんだ」


「逢引・・ですか?」


 きょとんとするピエレットに、エヴァリストがにやりと笑みを浮かべた。


「そうだ。アルバンこそが、ルシールが密かに想いを交わす相手、だからな」


「あ」


 エヴァリストの言葉に、ピエレットは、この方が、と思わず目を見開く。


「驚いたでしょう?名ばかりとはいえ、婚約者のいた身で」


 その驚きをそう捉え、眉を寄せて言うルシールに、ピエレットは大きく首を横に振った。


「いいえ、そこはまったく。ルシール王女殿下。改めまして、隣国の第三王子と縁が切れましたこと、お喜び申し上げます」


 婚約破棄をしてめでたいというのも可笑しいが、この場合はそれ以外の何物でもない、とこの国は今、ルシール王女の婚約破棄に沸いていた。 


「ありがとう。でも、そこは、ということは、何か他に、気がかりなことでもあるの?」


「いえ、それは」


「ルシール。レッティはな。ルシールの密かに想う相手が俺だと思っていたんだ。そして、俺も本当に想っているのはルシールだと」


「まあ。どうしてそんな誤解を?」


 そちらの方が驚きだと、思わず手にしていたカップを戻したルシールに、アルバンも同意だと頷く。


「デュルフェ公爵令息が、ご婚約者を溺愛していることは、騎士団でも、貴族の間でも有名です。殊に、ルシール殿下の好みをつぶさに伝える様子に、ご令嬢たちも諦めたという話をよく聞きます」


「あのね、アルバン。ピエレットは、そのことも知らなかったの。でもまさか、そんな誤解をしていたなんて」


 片手を頬に当てて言うルシールに、ピエレットは大きく頭を下げた。


「既に誤解は解けているとはいえ・・申し訳ありません。ルシール王女殿下」


「謝らなくていいわ。頭をあげてちょうだい。でもそれなら、邪魔なわたくしを隣国へ送ってしまえばいい、とは考えなかったの?」


 バルゲリー伯爵家からの情報、証拠が無ければ、隣国第三王子との婚約破棄は成らなかったと言うルシールに、ピエレットは、恥ずかしさに頬が染まるのを感じる。


「お恥ずかしながら、ルシール王女殿下のお幸せと、エヴァリスト様のお幸せを願いながらも、婚約を解消とされるのは辛いと思っておりました」


 そのピエレットの言葉に、エヴァリストが比喩でなく飛び上がった。


「は!?婚約解消!?」


「だ、だって、ルシール王女殿下が自由になられれば、エヴァ様も耐えることなく、と思ったのです」


「思うな!そんなこと。いいか、二度と婚約解消だの破棄だの言うなよ!?そんなこと言ったら、監禁するからな!?」


 物騒な言葉を吐きながら、エヴァリストはピエレットの目を覗き込み、手をぎゅっと握った。


 そんな必死な様子のエヴァリストを見慣れないアルバンは、微笑ましくふたりを見つめ、口を開く。


「時にデュルフェ公爵令息。お体の方は、もう完全によろしいのですか?可笑しな道具を使われて、長く意識が戻らなかったと聞いていますが」


「あ、ああ。体調は問題ない。騎士団の方へも、近く顔を出す」


 意識が戻ってからも、暫くは療養を余儀なくされ、筋肉もすっかり落ちてしまった、と嘆くエヴァリストに、ピエレットがそっと寄り添う。


「急ぐのは、駄目でございますよ?エヴァ様」


「分かっている」


「本当でしょうか。『もう大丈夫だ』と、幾度ベッドを抜け出そうとなされたことか」


 それはもう心配し、苦労しました、ときろりと睨むピエレットに、エヴァリストは降参だと両手を挙げた。


「本当に大丈夫だ。無茶はしない」


「でも、無理はなさる、と」


 確信をもって、ため息と共に言い切ったピエレットに、ルシールが心底おかしそうな笑い声をあげる。


「ふふ。エヴァリスト、一本取られたわね」


「本当に、お似合いのおふたりです」


 微笑むルシール王女を支えるように、アルバンが微笑み返す。


 そんなふたりの様子に、ピエレットは心があたたかくなるのを感じた。




 本当に仲がおよろしいのね。


 おふたりのご婚約の発表が、楽しみだわ。




 ノレ家の爵位は伯爵だが、その資産が潤沢であることは知られているし、何よりノレ家が手掛けた印刷業は、この国の発展に多いに貢献した。


 そのことを思えば、ノレ家を侯爵とし、ルシール王女を降嫁させるに何の問題もないだろう。


「レッティ?どうした?」


「とっても、幸せだと思いまして」


 大好きなエヴァリストの傍に居られること、見つめ合えること、こうして手を繋げること。


 真っすぐにエヴァリストの瞳を見つめ、ピエレットは、そのすべてに感謝した。



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