二十八、意思疎通、不可
「エヴァ様。お目覚めのお時間ですよ」
ピエレットの優しい呼びかけに、ベッドで横たわるエヴァリストが答えることはなく、目覚める様子もない。
「エヴァ様。わたくし、手順を間違えてしまったのでしょうか」
そして、孔雀のぬいぐるみに語り掛けるも、こちらからの返事も無い。
孔雀の瞳は、変わらず美しく輝いているものの、あの日を境にその明度は元の明るさに戻った。
「エヴァ様」
あの日。
デュルフェ公爵夫妻が借り受けて来たペンダントを、ピエレットは使った。
事前に、アダン子爵令嬢の自供記録も見せてもらい、ペンダントをどう使うかの確認もした。
「エヴァ様」
しかし、得た知識の通りにペンダントを使ったにも関わらず、エヴァリストが目覚めることは無かった。
『やはり、あの娘が言っていることは、世迷い言なのでしょう。犯行時、実際に使ったのは、薬か何かと思われます』
『何の薬を用いたのか、そちらの聞き取りも強化しましょう。ご子息の無念は、必ず我らが晴らします』
王城から派遣され、ペンダントの使用を監視していた騎士や役人はそう結論付け、ペンダントを回収して戻って行った。
「何よ。無念を晴らす、って。エヴァ様はこんなにお元気なのに。ただ少し、お寝坊さんなだけだわ・・・ね?エヴァ様」
強気に呟いてみるも、ピエレットは知っている。
エヴァリストは、実際にこのペンダントで害された。
それなのに、そのペンダントで目覚めることがない。
『バルケリー伯爵令嬢。失敗と決めつけるのは尚早だ。自分を責めるのはやめなさい』
『そうよ、ピエレット。誰がやったとしても、この結果だったと思うもの。エヴァリストの意を汲んで、重い役目を背負ってくれてありがとう』
目覚めないエヴァリストに焦り、自身を責めるピエレットに、しかしピエレットと同じくエヴァリストの身に何が起こったのか、実際に孔雀のぬいぐるみに仮住まいしていたエヴァリストから聞いていた公爵夫妻は、不安を押し隠すようにそう言った。
『ピエレット。私たちに出来るのは、これまで通りデュルフェ公爵子息を手厚く見守ることだけだ』
『ピエレット。貴女はひとりではないと、忘れないでね』
そして、そう言ってピエレットを抱き締めてくれた両親。
「エヴァ様。わたくしは、果報者ですね。素敵な両親が、四人もいるのですもの」
疲労を隠せない笑みを浮かべ、孔雀のぬいぐるみの瞳を覗き込んでも、返る言葉は何もない。
美しくも無機質に輝くその瞳を見ていると、エヴァリストが仮住まいをしていたあの頃の明度は、エヴァリストの命そのものだったようにピエレットには思えて来る。
「もう、エヴァ様ではなく、ぴぃちゃん、なのですね。では、エヴァ様の魂は、どちらへ行ってしまわれたのでしょう」
ぎゅ、と孔雀のぬいぐるみを抱き締め、ピエレットは眠るエヴァリストの傍に跪いた。
寝顔さえ凛々しいエヴァリストの、その固く閉ざされた瞳を見つめていると、嫌な予感に胸が塞がり、知らず涙が溢れ、零れ落ちるのを止められない。
「エヴァ様。もしもの時は、わたくしも連れて行ってくださいませね?いえ。駄目だとおっしゃられても、付いて行きますので」
そう言ってピエレットは、かつてエヴァリストから贈られたそれを手に取った。
『なっ。馬鹿な事を言うなレッティ!ああ、くそ!どうして俺は、目を開けられない?声を出せない?それに体全体、手足も首もまったく動かせないのは何故だ!前回は、孔雀のぬいぐるみに入り込んだがために動けないのだと、解明したつもりでいたのだが・・・ん?もしや、またも何か他の物に入り込んだわけではないだろうな?』
暗い場所で焦って瞳を開けようとするも叶わず、身じろぎさえできないままに、エヴァリストはただピエレットの声だけを聞く。
『レッティ!俺は大丈夫だ。大丈夫だから、泣かないでくれ。きちんと食事をして、眠って・・ああ!俺の甲斐性無し!根性で何とかしてみせろ!レッティを泣かせるな!』
ピエレットが孔雀のぬいぐるみにペンダントを押し当てた時、確かにそこから浮遊する感覚を覚えた。
そして見えた、自分の体に嬉々として入ったはずなのに、どうしてこのような状況になっているのか。
『レッティ!すぐに意識を取り戻すから、もう少し待て!なっ。そんな物騒な物、とっとと仕舞え!』
万が一の時には、と護身用の短剣を取り出したピエレットに、エヴァリストは本気で焦りの心の声をあげた。
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